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Wing-Mel No.1721 法家の中国、儒家の日本(人形)

2010/07/30

■■■■ JOG Wing ■■ 国際派日本人の情報ファイル ■■■■

                 法家の中国、儒家の日本
            −性善説の儒教は日本で根付いた−
                                                     人形
■■転送歓迎■■ No.1721 ■■ H22.07.30 ■■ 9,190 部 ■■



■1.儒家の欠点

 春秋戦国時代の中国で誕生し、日本でも孔孟の教えとして親しまれている儒教は、多くの道徳思想の例にもれず、やはり欠陥を抱えている。万能の思想など存在しないこと、それ自体はまったくもって当たり前のことだが、儒家の場合の欠陥とは何であろうか。

 私は性善説こそが儒家の最大の特徴であり、最大の利点であり、そして最大の欠点であると考える。

 荀子のように性悪説を唱えた儒家もいるが、儒教は基本的に性善説だ。礼記には、儒家思想を体現した「刑は大夫に上らず」という言葉がある。これの意味するところは

「道徳のある大夫には刑を与える必要は無い。刑を受ける前に自らを処せるからだ」

という思想である。ようするに、相手が信頼できること。これが儒教を実践する大前提となるのだ。


■2.日中国民性の違い

 では、実際の中国社会と日本社会はどうであろうか。

 中国はその歴史を見ればわかるように、幾多の内乱と異民族の侵入に悩まされ続けた国である。また、政治体制も皇帝を中心としていたが、末端の民衆にとって政府とは税金を納める地方政府であり、その関係性も希薄なものだった。

 その一番の原因は中国が国の概念を持たなかったことにある。彼らにあるのは天下の概念であり、天下という一つの世界に中華と夷狄が存在しているだけであった。こういった国家意識の欠如、厳しい内憂外患から、彼らの社会では、他人を信頼するという土壌は育たなかった。信頼できる範囲は地縁、血縁で結ばれた範囲に限られ、社会全体とか国家の同胞という意識は芽生えず、故に幾度となく分裂と統一を繰り返した。

 政治的要因だけでなく、食料生産の面からも、これは助長された。いや、むしろ農業のありかたが政治体制を決定づけたのかもしれない。

 南方では稲作が行われているが、中原と呼ばれた黄河流域では基本的に畑作牧畜の文化であった。畑作牧畜とは家族単位が基盤で、自然を利用する文化であった。中国へ幾度となく侵入した更に北方に住む遊牧民族の場合、この傾向はより顕著だ。

 世界四大文明と呼ばれる文明に共通する、大河の流れる乾燥地での文化は基本的にこの傾向を持つ。よって、地中海を通じてオリエントの影響を受けたヨーロッパにも言えるがこれらの文化圏は非常に個人主義的である。

 一方、日本はというと、天皇制を長きに渡って維持し、国家体制もある意味、閉鎖的と言えるほど、纏まっていた。また、日本は長江流域の稲作漁労の文化の影響を強く受けた地域でもある。

 稲作文化は村単位が基盤で、集団行動を重視する文化であった。また、村の一致を重視し、極端が嫌われ、村八分にならないよう、各人が過剰な言動を自粛する習慣が生まれた。更に、自然は豊かな恵みをもたらす味方であると同時に、災害をもたらす敵でもあった。
 この自然と共存していくためには村人同士が連携して物事に臨む必要があり、「言わなくても伝わる」という信頼を前提においた文化が生まれた。


■3.儒家思想の受容

 では、これらの文化の違いは儒教の受容にいかなる影響をもたらしたであろうか。

 そもそも儒教は覇権を各国が争う春秋戦国時代に完成した政治思想である。富国強兵のために国を上手くまとめられなかった場合、その国は隣国に呑み込まれていった。

 このような状況下で儒教は家族道徳を重視することで国を纏めることを説いた。これは、前述のように中国では血縁の絆が残っていたからと思われる。家族、宗族の輪を広げて国族の連帯を作り、国を纏めるという同様の発想は孫文にも見られる。

 しかし、生き抜く知恵として根付いた個人主義の壁は重く、儒家の教えは王朝が正統性を粉飾するためにしかならなかった。実態は「強者による威圧で成り立った表向きは穏健な関係」を道徳的だと主張する姿勢は、過去も現在も中国の対外政策の基本である。

 では、日本ではというと、集団を重視し、平和ボケとまで形容されるほど他人を信頼する文化に儒教はしっかりと根付いた。
「刑は士人に及ばず」の弊害として、責任を取らない体質を生んだにはせよ、江戸幕府の例を挙げるまでもなく、国内の統治は非常に上手くいっていた。


■4.法家の教え

 現代中国において、儒家的道徳を持たない人がいないわけではない。しかし、集団として見た場合、中国よりも日本にこそ儒家の教えは合致した。以外に思われるかもしれないが、実は中国語には「自粛」の語はない。遊川和郎氏の「強欲社会主義」から引用すると、[p131]

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ふと考えてみると「自粛」という日本語は中国語に正確には訳せない(辞書では「自我約束」「自己克制」などの訳例が載っているがニュアンスはまったく異なる。文脈から見ると「自律」(自らを律する)が近い概念と思われる)。なぜなら中国社会には日本で言う「自粛」の概念が存在しないからである。中国人から見れば「不祥事で活動を自粛」「賞与の自主返納」といった日本人の行動は理解不能だろう。
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 このように、「自粛」の語を持たない中国人と、「謙遜」を美徳とする日本人とでは儒教の受け入れられ方が180度違ったのだ。

 では、中国自身に合致する思想を中国人は持ち得なかったのだろうか。いや、私は法家こそが中国人に合致する思想だと考える。公正公平を重視し、恣意的な政策を嫌い、法を厳格に施行する法家は中国にもっとも合致する思想であろう。この思想は同じく個人主義のヨーロッパで生まれた社会契約説とも通じるところがある。

 結論として、私たち日本人が儒教の欠点も理解したうえで、儒教を学ぶのは大いに結構である。しかし、この思想の源流だからと、中国人との関係に儒家的道徳関係を期待してはいけない。前述のように、儒家的道徳を持つ人がいないわけではないが、儒教は個人主義の文化とはそこまで相性が良いわけではなく、彼らに最も合っているのは法家だからである。

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