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Wing-Mel No.4民主主義を疑ふ (3)

2001/11/19

 _/          _/  _/                      民主主義を疑ふ (3)
 _/          _/      _/_/_/      _/_/_/   −ロレンスの民主主義批判を
_/    _/    _/  _/  _/    _/  _/    _/    めぐつて−  YoJirou
 _/  _/  _/    _/  _/    _/  _/    _/      H13.11.12 4,878部
 _/  _/      _/  _/    _/    _/_/_/         JOG Wing No.427
                                _/     国際派日本人の情報ファイル
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■民主主義国は最後には猥雑な存在と堕する運命を免れない■

■「民主主義」の底を流れる精神

     ここで、今いちど、「民主主義」といふものを世に広く行は
    れている皮相な政治論として論じるのでなく、もつと本質的な、
    底をどんより流れてゐる民主主義の精神をさぐつてみよう。

     かつての教義は「すべての人間は神から見れば平等だ」、で
    あつたのが、今日では、「すべての人間は人間から見て平等で
    あるべきだ」といふことになつてしまつたとロレンスは言ふ。
    この新しき教義は人の精神に陰惨な卑屈さをもたらした。人々
    は自分が到底なれないものに他の誰かがなり、自分を卓越し、
    光り輝きでもしないかとつねに戦々兢々たるありさまである。
    人々の心中ひそかに意を決してゐることは、その何人たるかを
    問はず他人をして<< 烈しく照る日のごとく >>輝かしめまいと
    いふことである。それによつて吾々自身の存在が影薄くなるの
    を怖れるからである。

■アポカリプス

     では、この陰惨で卑屈な教義のよつてきたる源はどこであら
    うか。ロレンスは遠くキリストの時代まで遡つて論じている。
    「民主主義」といふ西欧で発達した観念に振りまはされてゐる
    吾々としても、ロレンスに従つてその源泉までいつてみるのも
    無駄ではなからう。ロレンスのごく晩年の作に「アポカリプス
    論」(Apocalypse)といふ論文がある。(最近、筑摩書房から福
    田恆存氏の訳が出てゐるので是非一読を勧める。訳名は『現代
    人は愛しうるか』となつてゐる。筆者は本文を書くにあたつて
    福田氏の訳文を利用させていただくことをここで断つておく)。

     アポカリブスとは単に然示録のことであるが、この場合は特
    に新約聖書の最後に載つてゐるヨハネ黙示録のことをいつてゐ
    る。

     このアポカリプスの主題を簡単に説明すると、

     初代キリスト教時代、大いに栄えた大帝国ローマ、すなはち
    キリスト教徒を迫害して地上の淫楽に耽つてゐるローマはやが
    て滅亡するであらう。ローマが滅亡してから最後の審判が下る
    までの一千年の間(この間をミレニアムといふ)は、それまで
    ローマにいぢめられた聖徒たちが、かつて地上で栄えた俗人ど
    もを支配し統治する時代である。さうなれば選民たるキリスト
    教徒は王者としてこの世を統べ治らし、かつての暴君たちの首
    根つこに土足をかけることができるのだ。その時が来るまでは
    どんな業苦にもよく耐へ隠忍自重するやうに説き聞かせたもの
    である。もちろんアポカリプスは迫害の下で書かれたので、い
    たるところに隠喩が用ゐられてをり非常に難解な文である。

■「貴族主義者」「民主主義者」

     ここで「アポカリプス論」の主題に入るが、その前に説明を
    しておかう。ロレンスは「民主主義」に対して「貴族主義」と
    いふ言葉をよく用ゐる。ロレンスのいふのは家柄のことをいつ
    てゐるのではない。人間精神の型をいつてゐるのである。すな
    はち、「貴族主義」といふのは己れの魂の強さを信じてゐる人
    間のことである。魂の強さから出てくる大いなる優しさと穏和
    と没我の精神を持つた人間のことを貴族主義者(あるいは「強
    者」と言つてゐる)のである。それに対して民主主義者といふ
    のは、己れの弱さを感じてゐる人間のことである。民主主義者
    (「弱者」とも言つてゐる)からときおり期待しうるものは弱
    さからくる優しさと穏和にすぎない。それは似て非なるもので
    ある。しかし、それは特別のことであつて、通常彼らに感じら
    れるのは、片意地な硬さである、と言つてゐる。

     長くなるが分かりやすくするために具体的な例で説明しよう。
    一口に穏和といつても色々ある。自分が弱くさへなければ、自
    分に力さへあれば、どうしてこんな奴の前でおとなしさうに我
    慢なんかしてゐるものか、---今にみてゐろ、自分に力がつい
    たらへこましてやるから、といふやうなのがある。これは弱者
    の穏和である。あるいはかういふのは穏和といはず、卑屈とい
    つた方が適切かもしれない。これに対して強者の穏和といふの
    は、自分の前にうなだれてゐる卑劣漢をみてゐると、頭をたた
    き割つてやりたい気持ちに駆られる(たたき割る力も権力もあ
    る)。---だがそんなことをしてはならない。ここは何として
    も自分の力を抑へなければならない、さう思つてじつと我慢を
    する。

     前者のやうな人間の型をロレンス流にいへば民主主義者(あ
    るいは弱者)、後者のやうなのを貴族主義者(強者)といふの
    である。またロレンスは「権力」、「カ」(Power)といふ言葉
    をよく用ゐるが、これは彼独特の意味で用ゐてゐる。熟読して
    その真意をつかむことが大切である。権力といつても金を貯へ
    ることによつて生じるカでもなければ、官職につくことによつ
    て生じるカでもない。これらはロレソスの最も嫌つたところで
    ある。「真に偉大なるカ」を否定しようとするから、これら
    「劣悪なるカ」がはばをきかすやうになるのだと言つてゐる。
    ロレンスは、生き生きとした力強い生命力を人生に吹きこんで
    くれる人間を貴族と呼んでゐる。すなはち、人間と宇宙とのつ
    ながりに新鮮な生命力をそそぎこんで、人生に生気をみなぎら
    せてくれるやうな人間のことを言つてゐるのである。その一例
    としてロレンスはジュリアス・シーザーをあげてゐる。シーザ
    ーと対比するのは国情も大いに異なり適切ではないかもしれな
    いが、日本でいへば神武天皇といつたところである。かういふ
    人に備つた生気に満ちた偉大なるカ、それはわれわれの知りえ
    ない(from beyond)、未知の世界(unknown)からくる生まれ
    つき備つたカであると言つてゐるが、さういふカのことをロレ
    ンスは「権力」(Power)と言つてゐるのである。一般に使はれ
    る政治権力といふときの「権力」とは異なる。言葉の説明に手
    間取つたが、いよいよ「アポカリプス論」に入る。

■弱者の歪曲された優越意志

     アポカリブスの教へる「奥義、大いなるバビロン、地の淫婦
    らと憎むべき者との母」といふ戦慄すべき呪ひの言葉はいまや
    全世界にひびきわたつてゐる。その呪ひの対象は初代キリスト
    教時代には、キリスト教徒を迫害した大帝国ローマであり、現
    在においては、逸楽と淫行にふけるブルジョワジーといふこと
    になつた。かくしてアポカリプスは二千年の間、人々の支配欲
    と権力欲との支へとなつてきたと同時に、みづから不当に迫害
    されてゐると考へてゐる弱者の歪曲された優越意志と、その結
    果としての劣等意識とのあきらかな兆候を示すものであつた。
    宗教、倫理、政治、あらゆる方面における現代の風潮は、似非
    (えせ)謙遜、似非愛他主義を盾とする弱者が己れの強敵であ
    る世間的な権力と栄光の座に這ひのぼらうともくろんでゐるこ
    とである。弱者の支配といふのは、かの「ありとあらゆる強き
    自由の生活を打倒せよ」である。想ふだに陰惨きはまるものが
    ある。かうなつたのも、もとはといへばキリストが悪かったの
    だ。すなはち、彼はあまりに偉すぎたが故に、俗人に不可能な
    教へを説いたから無理が生じたのである、とロレンスは考える。

■人間本性の二つの側面

     十二使徒たちはキリストを崇拝したかつたのである。そし自
    分たちの首領とみなしたかつたのだ。しかるキリストは神の前
    にすべては平等であり、愛に区別のないことを説き彼らの支配
    者になることを拒絶した。この時キリストは人間本性に二つの
    側面があることを見落したのである。

     人間のうちには孤独と諦念と瞑想と自意識にふける純粋に個
    人的な面と、他人を支配し、その存在を左右し、あるいは英雄
    をみとめてそれに讃仰と忠節を捧げんとする集団的側面と、こ
    の二つの本性がある。諦念と瞑想と自意識の宗教はただ個人の
    ためのものである。このときすら完全な意味での個人のためと
    はいへないが、ともかくそれは人間本性の個人的側面を表現し
    てゐる。しかしながら人は己れの本性のほんの一部においての
    み個人たりうる。他の大きな領域においては、人は集団的存在
    である。社会の最下層はつねに非個人的であり、それ故に、そ
    こでは別の様式の宗教を探し求めてゐる。しかるにイエス ---
     いやイエスにかぎらず多くの聖人賢者たちは、つねに個人で
    あつた。純粋なる個人にとどまつてゐた。イエスは弟子たちの
    前にあつても、つねに孤独であつた。こころから彼らと交つた
    こともなければ、行動をともにしたことすらなかつた。みづか
    ら英雄をつくりあげ、その強きものから弱きものへと流れる権
    力の縦の流れにそつて自分を適当な位置に置き、英雄を讃仰す
    ることによつて自分みづから高揚感を覚え、自分のうちに英雄
    を感得する。この人間心理の集団的側面をあきらかにイエスは
    拒否したのである。この点ではイエスは弟子たちの期待にそむ
    いたのである。イエスは彼らの肉体的権力者たることをかたく
    拒絶した。とすればユダのごとき俗人 --- といふよりはあた
    りまへの世間人のうちにある権力渇望熱はみづから裏切られる
    のを感じてゐたとしても不思議はない。故に彼は裏切りをもつ
    て逆襲し、接吻をもつてイエスを売つた。それと同様にアポカ
    リプスは福音書に死の接吻を与へんがために新約のうちにまぎ
    れこんだのである、といふのがロレンスの主張である。

■言語に絶するほど見すぼらし卑小な存在

     人はひとりになつたときにのみ、はじめて真のキリスト教徒
    たりえ、仏教徒たりえ、プラトン主義者たりうる。他者と共に
    なると別々の水準が形づくられる。イエスにしても弟子の前に
    出たときは、一人の師であつたし、一人の貴族であることを免
    れえなかつた。人が二人三人と集まれば、殊にその際なにごと
    かを為しとげようと欲するならば、その瞬間ただちに権力が介
    入しきたり、かならずそのうちの一人が指導者となり師となる。
    これは絶対避けうるものではない。権力は厳として存在する。
    そしてこの事実は永遠に絶えぬであらう。現代民主主義国家に
    おいては素朴な権力的自我に対して、ただアナテマ!アナテ
    マ!(呪詛、破門)の叫びを浴せるばかりで、ひたすらあらゆ
    るカと主権とを射ち毀(こぼち)去り、群衆を貧しく、あくま
    で貧しく!陥れるばかりである。もつとも徹底した民主主義国
    家におけるほど -- 金銭の点ではともかく--- これほど生活に
    貧困をきはめてゐる国民はまづないといつてよからう。まつた
    くもつて徹底した貧しさである。権カは否定に遇へば衰頽の路
    を辿るほかはない。己れより偉大な人のうちの権力を否定すれ
    ば、自分自身がカを失ふことになるのだ。権力の絶滅は人間を
    言語に絶するほど見すぼらしい、剥奪された、卑小な、そして
    惨めな、屈辱的な存在に堕せしめる。英雄に讃仰と忠節を捧げ
    よ、さうすればきつと大きな愉悦が、一種の昂揚感といふべき
    ものが生まれ、強きものから弱きものの側へとカが移つて行く
    であらう。このとき、一人一人のうちにこの存在に相応じる焔
    (ほのほ)が燃え上る。だが、いまや人々は一種の怨恨をもつ
    て英雄の呼びかけに反抗するのだ。しかもかへつて、無知覚な、
    威圧的な風俗のカを振りまはす凡俗の呼びかけにしか耳を傾け
    ぬやうになるであらう --- がそれは悪なのだ。しかし、だか
    らこそ、なさけないほど劣等な、低劣でさへある政治家がみご
    とに成功を収めるのである、と。ロレンスのメスはまことに鋭
    い。

■弱いものいぢめとは権力の陰性的形式

     アポカリプス論も終りの二十三章にいたると、死も間近いロ
    レンスが言ふべきこと多くして、筆の進まぬじれつたさに苛立
    つているかのごとき逼迫感を感じる。それ程にロレンスの文章
    は性急になり、結論をほとんど箇条書きのやうにして読者の前
    にたたきつけてくる。

     公民として、集団的存在としては、人は己れの権力意識せ満
    足させることにおいて自己を充足させる。もし彼がいはゆる<<
    支配的国家>>の一つに属してゐるならば、その魂は己れが国の
    カ、すなはち国力を意識することにおいて充足させる。故に、
    自分の国が一種の教門政治を成して、いはば貴族主義的に栄光
    と権力の頂点に登りゆくなら、彼もまたその組織のうちに、そ
    れに応じて己れの地位を保持して、それだけますます自己充足
    を得るであらう。

     だが、これに反して、その国が強力ではあるが、民主主義国
    家であるといふ場合、人は、他人がその欲するところを行ふの
    を不断に干渉し妨害することによつて、自己のカを主張しよう
    とする妄念に憑かれ引きずりまはされざるを得ない。そこにお
    いては何人も他の人以上にことをなすのを禁じられてゐるから
    だ。かかる状態こそ、いはば不断の弱いものいぢめこそが、近
    代民主主義国家の実情なのである。

     民主主義においては、弱いものいぢめが権力にとつてかはる
    ことはまさに必然なのだ。弱いものいぢめとは権力の陰性的形
    式である。民主主義国は最後には猥雑な存在と堕する運命を免
    れない。それは相互に何の関係もない無数の断片から構成され
    てゐて、それらの断片はおのおの虚偽の全体性、虚偽の個人性
    を仮装してゐるのである。畢竟(ひっきょう)、近代の民主主
    義は、各自がそれぞれの全体性を主張してやまぬ無限の摩擦し
    合う部分からなつてゐるのだ。

     かういふ文章はカツとしないで冷静に読まなければいけない。
    さうしなければ、到底ロレンスの深い洞察は理解できぬ。

<続く>

【関連】
『民主主義を疑ふ (1)』 YoJirou JOG Wing No.420 (H13.11.05)
http://www.melma.com/mag/56/m00000256/a00000426.html
『民主主義を疑ふ (2)』 YoJirou JOG Wing No.423 (H13.11.12)
http://www.melma.com/mag/56/m00000256/a00000429.html

【参考】
 『民主主義・再考』(JOG No.213 H13.10.28)
http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=0367&FN=20011028001206

     JOG (213) (H13.10.28)で伊勢編集長が勧めておられる、
    長谷川三千子さんの「民主主義とは何なのか」(文春新書)は
    最新の名著です。是非読んでみられることをYoJirou 
    もお勧めします。

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