国際情勢

JOG Wing 国際派日本人のための情報ファイル

政治・経済・外交・社会・文化などの分野において「元気な日本」を作るためのオピニオン誌です。

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Wing-Mel No.423 民主主義を疑ふ (2)

2001/11/12

 _/          _/  _/                      民主主義を疑ふ (2)
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_/    _/    _/  _/  _/    _/  _/    _/                YoJirou
 _/  _/  _/    _/  _/    _/  _/    _/      H13.11.12 4,877部
 _/  _/      _/  _/    _/    _/_/_/         JOG Wing No.423
                                _/     国際派日本人の情報ファイル
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■人間の魂は平等化、平均化できるものではない■

■戦後の風物

     戦後の所謂「民主主義」の世の中にもやはり四季折々の風物
    はある。中でも「春闘」、「メーデー」は有名である。ひょつ
    とすると季語に入つてゐるかもしれない。また季語を問はぬ名
    物は「ストライキ」であり、「デモ」である。なんと情緒ある
    風物であることか!まさに「民主国家」の「民主国家」たる所
    以なのであらう。これらに共通した主張は表現はそれぞれ違っ
    てゐても、「民主主義」を護れであり、「金よこせ」である。
    護るべき「民主主義」とは一体如何なるものなのか。「民主主
    義」で思ひ出すのがロレンスである。ロレンスといへばチャタ
    レー裁判で日本でも有名になつた D.H.ロレンスのことで
    ある。彼を単なる好色作家と思つてゐる人がゐるとすれば大き
    な間違ひである。現代人の中で彼くらゐ真剣な一生を送つた人
    間はめつたにゐるものではない。

■ロレンスの見た「民主主義」

     そのロレンスがある手紙の中で次のやうなことを言つてゐる。

        「僕は民主主義といふものを見れば見るはど嫌ひになりま
        す。すべてが賃金と価格、電燈と水洗便所といふ卑俗な標
        準に引き下げられでしまふ。それ以外の何ものでもないの
        です」。

     これは彼が濠洲にしばらく滞在してゐた時(1922年)、
    義妹エルザに宛てて書いた書簡であるが、日本の現状を見て書
    いたのではないかと錯覚しさうである。ロレンスは続けて言ふ。

        「ここの生活くらゐ無(ナッシング)、無(ニヒツ)、無
        (ヌルルス)、無(ニエンテ)の生活はない。給料はよく、
        立派な靴を履き、女の子は皆絹の靴下をはいてゐる。二輪
        馬車に乗つたり、自動車を乗りまはしたりしてゐる。ここ
        の人間は、たえず何といふことなしに、無意味に動きまは
        つてゐる。すべてが全く空つぽで、ナッシングでむかつく
        くらゐである。生活はただ物質的、外面的になつて、内面
        の生活、内面の自己は消滅し、機械仕掛けの人形のやうに
        カタカタと歩きまはる。しかも、ここの人たちは誠実で、
        親切で、仕事にはきはめて有能であつて、外面の生活はま
        ことに気がおけない。がそれでおしまひ、その他は何もな
        いのである」。

        「この国の一流社会といへば商店経営者たちぐらゐのもの
        で、誰もが他の誰よりもえらいといふことがない。まこと
        にもつて民主的なのだが、全体がまるでなげやりな、だら
        しのない、根無しの、空つぽな感じで、夢のやうなところ
        がある」。

        「万事が出たとこ勝負で、じれつたがりやうもなく、どう
        でもよいといふ気持ちになる。皆がさうなのである。胸の
        底では、何もかもどうでもよい、自分の小さなエゴだけが
        大事なのである。本当に大事なものなどありはしないのだ。
        小さなものを後生大事してゐるのである。全くこの国は空
        つぽで、宗教とかさういつた人生に「内容」を与へるもの
        に欠けてゐる」。

■日本の現状

     およそ以上のやうなことをロレンスは書いてゐるが、これま
    さしく日本の現状ではないか。何もかもどうでもよい。投げや
    りで、出たとこ勝負。自分の小さなエゴだけが大事なのである。
    本当に大事なものなどありはしないのだ。人は機械仕掛けの動
    物のやうに無意味にカタカタと動きまはつてゐるだけである。
    これこそ守るべき「民主主義」の内容なのである。

     かういふと次のやうに反論する人が必ずゐると思ふ。吾々だ
    つて今の日本は下らないと思つてゐる。「民主主義」を護れと
    は言つてゐるが、吾々は現在の日本に真の「民主主義」、があ
    るとは全然考へてゐない。吾々は将来の日本を真の「民主主
    義」国家にするために、下らないものではあるが、現在の「民
    主主義」を護れと言つてゐるのである。真の「民主国家」は現
    在の日本のやうに下らないものではない。それはもつともつと
    素晴しいものなのだ、と。結構、結溝。ではその素晴らしき真
    の「民主主義」といふものを承りたいものである。

■民主主義の原理「平等」とは

     「民主主義」の最大の魅力となつてゐるものは何といっても
    人間は「平等」だといふ主張にあるといつてよいであらう。近
    ごろはこれくらゐ小学生といへども知つてゐる。なにせ「民主
    教育」を受けた「たのもしい」子供たちなのだから。「大人だ
    からといつてえらさうにするな。人間は皆平等なんだ。『天ハ
    人ノ上二人ヲ造ラズ、人ノ下二人ヲ造ラズ』だつて先生が言つ
    てたぞ」といふ具合である。大人の世界においても「人民の、
    人民による、人民のための云々」といひ、「支配するものも、
    支配されるものもなく云々」といひ、「貧富の差が全くなく云
    々」と色々に表現されるであらうが、要するに人間の平等化、
    平均化といふことである。この考えを最も端的に表してゐる文
    章が岩波新書に載つている。戦後日本の思想の貧困を如実に物
    語る文章である。その新書の題名は、「憲法を生かすもの」と
    いふのである。これは「エライ」「進歩的」先生方の日本国憲
    法擁護論を集めて載せたものである。その中に、エリート中の
    エリートを育てる東大のエライ先生宮沢俊義氏の「うまれによ
    る差別」といふ一文が収められてゐる。これはもと講演であり、
    講演の際は「憲法の原理としての平等」といふ題であつたさう
    だ。すごく難かしさうな題だが、読んでみるとこの「エライ」
    先生も、要するに先ほど例にあげた「民主教育」を受けた小学
    生と同じことが言ひたいやうである。先に小学生の言葉として
    あげた文の「大人」といふところを「天皇」といれかへれば、
    宮沢氏がこの講演で言つてゐることの要旨となるといつても過
    言ではなささうだ。かういつてしまつてはエライ先生に礼を失
    することになるので、もう少し真面目に扱はう。

■「真の」民主主義とは

     このセンセイは色々言葉を変へて、日本にはまだ真の「民主
    主義」すなはち真の「平等」はない。だからさうなるやうにみ
    んな努力しなければならないと言つてゐる。しかし、この世に
    世襲といふものが存在するかぎり、真の「平等」を実現するの
    は前途遼遠であるとも言つてゐる。ささやかな財産を子どもに
    残してやるのさへ、真の「平等」の妨げなるのださうだから、
    親子の情が人類から消滅しないかぎり真の「平等」は実現しな
    いものなのであらう。も少しこのセンセイのお話を聞いてみよ
    う。

        「近代のデモクラシーにおいては、自由とならんで平等と
        いうことをやかましくいいます。この場合の平等というの
        はどういうことをいうのでしょうか。この平等は、むろん
        この社会においてあらゆる差別の存在を認めないというの
        ではありません。人間がその『はたらき』に応じて差別さ
        れることは当然でしょう。ただ『うまれ』によつて差別す
        るのは不合理だとして、そうした差別を否定する。これが
        平等のねらいであるといっていいと思います。…『すべて
        の人間は平等に造られている』という言葉があります。こ
        れはこの社会のために立派な仕事をした人が、そういう仕
        事をしない人よりも、それに相応した違った扱いを受ける
        ことを否定するものではありません」(原文のまま)。

     この文は次のやうな意味だととられてもしかたがない。「私
    は他を蹴落として厳しい生存競争に勝ち残った、その『はたら
    き』によつて天下の東大教授になったのだから、他のぼんくら
    共とは差別して尊敬されるのは当然でせう」、と。そんなこと
    を言つたつもりは毛頭ないいはれても、センセイのこの理論か
    らすれば否定できない。この「エライ」先生の言はれる真の
    「民主主義」、すなはち真に「平等」な世の中といふのは、そ
    の裏に冷酷なる「不平等」をひそませた世界だともいへさうで
    ある。

■「平等」に潜む冷酷

     イソップ物語の中にキツネがツルを食事に招待する話がある
    のは周知のことであらう。キツネが平べったい皿にスープを平
    等についで、ツルに向かって、どうぞご自由にたらふく食べて
    ください、といふ話である。「民主主義」といふのはこの話と
    どこか似たところがある。なるほどスープは「平等」に与えら
    れてゐる。文句のつけやうがない。だが、飲めないやつが悪い
    のだ、といふ冷酷さがそこにはある。厳しい生存競争の世界で
    ある。この厳しい生存競争を嫌った平和的な吾々日本人の祖先
    の大いなる知恵が、皮肉なことに、宮沢氏が口をきはめてのの
    しつているところの「生まれによって君主が定まってゐる」と
    いふことなのである。この思想を二千年以上も持ち続け、実行
    してきたのは日本人だけなのである。

     このことに劣等感を持つ御仁がゐるのだから世の中は妙であ
    る。こんなことをいふと、今の日本では、こいつは右翼だとい
    ふことでケリがついてしまふことであらう。いつまでたっても
    小学生程度の根本概念から抜け出せない所以である。

■人間は「平均化」されるべきが原理

     話が多少横道にそれたやうであるが、「民主主義」とは、
    「人間は平等である」ではなく、「人間は平均化されるべきで
    ある」といふことだといつた方がより適切ではなからうか。実
    質はさうなのだから。ロレンスは民主主義の「平均の法則」(T
    he law of the Average)と言つている。(厳密にいへば、この
    言葉は米国の詩人ホイットマンが使ったものであつて、それを
    ロレンスが引用したものである)。

     先にも少し述べたやうに、ロレンスは深い洞察をもつて「民
    主主義」的根性といふものを死ぬまで糾弾し続けた人である。
    以後しばらくロレンスに従つて考へていかう。(必ずしもロレ
    ンスの言つたことそのままではない。ロレンスから暗示を受け
    て自分流に思索したところもある)。

     「平等」とは現代においては実質的に「平均」といふことを
    意妹するにすぎなくなつてしまつた。では平均とはいつたい何
    であらうか。それは全く抽象的なものであつて、「平均」的生
    き物などこの世に存在しえない。人間を「平等」化する、すな
    はち「平均」化するといふことは、人間を単なる物理的一単位
    に引き下げてしまふことである。物理的一単位たる「平均人
    間」とはいかなるものでらう。

     俎(まないた)の上にのせて調べてみよう。彼はまさしく怪
    物である。二本の足、二つの目、一つの鼻を持つてゐる。胃も
    性器も持つてゐる。彼は小さな有機体である。彼が一つの有機
    組織であるからには何か目的を持つてゐるのであらうか。もち
    ろん目的は持つてゐる。彼はロと胃を持つてゐるので食ふため
    に造られたのである。彼は足を持つているので歩くために造ら
    れたのであり、性器を持つているので怪物の種族を保つために
    造られたのである、等々。何と胸くその悪くなるやうな動物で
    あることか。いつたん人間の平等化(近代的意味での)、平均
    化といふことに手をつけたがさいご、この俎(まないた)の上
    の怪物となるまで行きつかずば止まないであらう。何となれば、
    人間の平等、平均化は止まるところを知らないからである。ま
    た、「平均」化といふことには精神の入り込む余地は皆無とい
    つてよいからである。個々の人間の魂は決して平均化できるも
    のではない。

【関連】
『民主主義を疑ふ (1)』 YoJirou JOG Wing No.420 (H13.11.05)
http://www.melma.com/mag/56/m00000256/a00000426.html

【参考】
 『民主主義・再考』(JOG No.213 H13.10.28)
http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=0367&FN=20011028001206

     JOG (213) (H13.10.28)で伊勢編集長が勧めておられる、
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