国際情勢

JOG Wing 国際派日本人のための情報ファイル

政治・経済・外交・社会・文化などの分野において「元気な日本」を作るためのオピニオン誌です。

全て表示する >

JOG Wing(Melma!) No.0332 ジュラルミンの鳩

2001/05/04

 _/          _/  _/                      ジュラルミンの鳩
 _/          _/      _/_/_/      _/_/_/                   宝辺矢太郎
_/    _/    _/  _/  _/    _/  _/    _/    
 _/  _/  _/    _/  _/    _/  _/    _/      H13.05.04 4,203部
  _/  _/      _/  _/    _/    _/_/_/        JOG Wing No.0332
                                 _/     国際派日本人の情報ファイル
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/   _/_/     _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 

     山口県は柳井市の山懐、伊陸といふ村落の片隅に、平成11
    年秋、一つの石碑が建ち、その裏にはかう誌されてゐる。
    
         昭和二十年七月二十八日碑の後方八百米共同墓地の下に
        米空軍爆撃機B24が墜落した搭乗員九名中二名は現在も
        生存してゐる六名は広島へ送られ原爆で死亡した 残る一
        名は小屋ケ谷に落下して死亡 戦後遺骨となって発見され
        た この兵士達もまた国に殉じたのである
        
     私は目を疑った。靖国神社には冷淡なこの国にあって、かつ
    ての敵国の兵士を慰霊せんとした人たちが身近にゐたとは。

     その日、沖縄の読谷飛行場から飛び立ったB24「ロンサム
    レディ号」は、呉軍港に停泊中の軍艦榛名を攻撃したとき、高
    射砲で燃料タンクを射貫かれ、搭乗員九人は順次パラシュート
    で脱出、無人となった機は伊陸まで飛び、墜落、大破した。静
    かな農村を襲った晴天の霹靂の大騒動であつた。降り立った米
    兵に息子の仇と、猟銃で撃とうとして逆に撃たれた人もゐた、
    腫を射抜かれて歩行困難な米兵の手当をした女性もゐた、岩徳
    線の列車に乗り込み、英和辞典を片手に中学生に話しかけたが、
    通報され捕まった米兵もゐたり等、捕虜が連行された柳井警察
    署は黒山の人だかりであったと言ふ。

     その後、広島に連行された捕虜たちは厳しい尋問を受けたが、
    カートライト機長は更に束京に移された。ほんのささいなこと
    が彼らの生と死を分けた。そして運命の八月六日が来たのであ
    る。

     カートライト機長は再び祖国の地を踏んだ。戦後テキサス州
    の大学教授となり、昭和五十八年に来日の際、広島を訪れた折
    は、感情的には耐へ難いものであったと述懐してゐる。

     昭和六十年、定年間近に控へた柳井市在住の村中啓一氏は、
    機長の生存を新聞の記事で知った。村中氏は件の機(と後で分
    かったことだが)が落ちてゆくのを呉湾で目撃し、復員後、山
    と積まれたスクラップのかけらを拾ひ、大切に保存されたので
    ある。そして「戦争といふ苦難を乗り越え、日米間の友好の絆
    に」と、その残骸をカートライト氏に届けた。亡き戦友の思ひ
    出になる物の何一つとてないカートライト氏は感激した。その
    ジュラルミンの破片は鳩の形をしてゐた。その後地元住民も爆
    撃機の破片で作った鍋等を送り「戦争に使はれた爆撃機の破片
    が平和の道具になった」と同大学の博物館に展示されてゐる。

     伊陸の地元の有志は「戦争の記録を残さう」と寄付を募り、
    昨年「平和の碑」を建立した。村中氏の呼びかけにカートライ
    ト氏は広島で被爆死した同僚を慰霊するため、家族ら四人と来
    日した。広島でも有志によって九人の若き旧敵国人を刻んだ小
    さなレリーフが作られ、某金融機関〈亡くなった場所〉の玄関
    に人知れず掲げられてある。

     同胞の冥福を祈る氏の慰霊の旅の終着点は伊陸である。百人
    余りの村人に迎へられ「WELCOME」と書かれた横断幕を
    目にした氏は、その全く予期してゐなかった歓迎ぶりに感激し、
    「記念の石碑まで建てて戴き、皆さんの贈り物と友情は忘れま
    せん」と目を潤ますのであった。

     このやうに元敵国兵士に注ぐ我が同抱たちのやさしさは、世
    界に通用するヒューマニズムとして誇って良いと思ふ。それだ
    けに、祖国日本を守るため生命を捧げた英霊を堂々と祀る姿勢
    の定まらない政府が、国際常識に惇ると陰で冷笑されてゐるこ
    とを殊更残念に思ふ。「この兵士達もまた」と石碑に刻んだ人
    たちはわが同胞も国に殉じたことを忘れてはゐない。国民が挙
    って慰霊に向かふ日の到来が待たれるのである。
    
       (国民文化研究会「国民同胞」平成12年6月号より転載)
    
購読申込・既刊閲覧: http://come.to/jogwing Mail: jog@y7.net
購読解除: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/quit_jog.htm
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座 http://come.to/jog 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:1999-03-10  
最終発行日:  
発行周期:3回/週  
Score!: 90 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。