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JOG Wing 国際派日本人のための情報ファイル

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JOG Wing No.0179 by CLICK INCOME

2000/06/09

 _/          _/  _/                      杉原千畝の行為は国策に
 _/          _/      _/_/_/      _/_/_/    背いた個人的善行か?
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 _/  _/  _/    _/  _/    _/  _/    _/      H12.06.09 3,265部
 _/  _/      _/  _/    _/    _/_/_/        JOG Wing No.0179
                                 _/     国際派日本人の情報ファイル
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     伊勢雅臣です。JOG(138)に関し、2,3の読者の方々から、
    杉原千畝のユダヤ人救出の行為は、国策に沿ったものなのか、
    あるいは、国策に背いた個人的善行なのか、という点につき、
    ご質問、ご意見をいただきましたので、私の見解を以下に述べ
    ます。
    
     まず、JOG(012)「命のビザ、6千人のユダヤ人を救った日本
    人外交官」では、次のように書きました。
    
         敗戦後、日本に戻った杉原は、外務省を退職させられた。
        占領軍総司令部から各省の職員を減らすようにという命令
        が出ていたのだが、「やはり命令に背いてビザを出した事
        が問題にされているのか」とも思った。杉原は黙って外務
        省を去った。

     杉原千畝の妻、幸子さんの著書に基づいた記述です。この
    「命令に背いて」という所が、ポイントです。これを「ナチ
    ス・ドイツの同盟国として、日本もユダヤ人排斥を国策として
    おり、外務省が、ユダヤ人へのビザ発給を禁じたのに、杉原は
    その命令に背いた」というように解釈することは誤りです。
    
     JOG(138)でご紹介したヒレル・レビン教授は、杉原氏と外務
    省との電報のやりとりを直接調べて、書いています。その中に
    出てくる外務省の指示とは、ユダヤ人にビザ発給するな、とい
    うことではなく、正規の要件(所持金、最終目的地のビザ)を
    満たすものには、(人種にかかわらず)公正にビザを発給すべ
    き、というものでした。

     「命令に背いた」というのは、「正規の要件(所持金、最終
    目的地のビザ)」を満たさないユダヤ人にも、ビザを発給した
    という点なのです。
    
     これの傍証として、レビン教授の著書には40年から41年にか
    けて、12以上のヨーロッパの都市の日本領事館でユダヤ人へ
    のビザが発行されていたこと、そして杉原自体も、プラハへの
    転勤後、「さらに多くの」ビザを出した、とあります。ユダヤ
    人を差別せず、適切な要件を満たすならビザ発給をするという
    のが、日本政府の原則であり、それが各地で守られていたとい
    うことでしょう。

     この事は、JOG(138)でもご紹介した松岡外相の言葉からも窺
    えます。

         当時の外相、杉原の直接の上司だった松岡洋右はこう言
        っていた。「いかにも私はヒットラーと条約を締結した。
        しかし、私は反ユダヤ主義になるとは約束しなかった。こ
        れは私一人の考えではない。日本帝国全体の原則である。
        」[1,p171]

     さらに、JOG(086)で紹介した樋口季一郎少将は、2万人のユ
    ダヤ人を満州国で救い、ドイツのリッペントロップ外相から強
    硬な抗議が来ましたが、日本政府はそれを無視し、逆に樋口少
    将を参謀本部第2部長へ栄転させています。

     結論を言えば、人種平等は「日本帝国全体の原則」であり、
    ナチスのユダヤ人排斥は、原則的に受け入れられないものであ
    った。そして法治国家として許される限りの平等かつ、人道的
    な扱いでユダヤ人を救ったのです。ただ杉原氏が責任をとらさ
    れたとしたら、それは手続き上、認められる以上の措置をした
    という点にあるのでしょう。
    
     日本政府全体が、杉原氏のように既存のルールや法を無視し
    てまで、ユダヤ人保護をしたということではありません。それ
    は良くも悪しくも、厳格に法的手順を守ろうとする日本政府の
    姿勢なのです。日本政府は人種平等と、法治主義の原則を両立
    させたのです。
    
     1939年6月、ハンブルクからセントルイス号でアメリカに向
    かったユダヤ難民1128人は、ほとんどが正規の書類を持ち、ア
    メリカの親戚が経済的責任を負うと保障したが、一人として上
    陸できず、船はホロコーストの待つヨーロッパに戻る事になり
    ました。
    
     人種平等の原則も、法治主義の原則も守らなかったもアメリ
    カ政府に比べれば、当時の日本の方がはるかに「文明国」らし
    い振る舞いをしていたと言えましょう。

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創刊日:1999-03-10  
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