国際情勢

JOG Wing 国際派日本人のための情報ファイル

政治・経済・外交・社会・文化などの分野において「元気な日本」を作るためのオピニオン誌です。

全て表示する >

JOG Wing No.0140 by CLICK INCOME

2000/03/11


 _/          _/  _/                      日本の「公」と「私」
 _/          _/      _/_/_/      _/_/_/   第4回 明治における「公と私」
_/    _/    _/  _/  _/    _/  _/    _/    
 _/  _/  _/    _/  _/    _/  _/    _/      H12.03.10 3,045部
  _/  _/      _/  _/    _/    _/_/_/        JOG Wing No.0140
                                 _/     国際派日本人の情報ファイル
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/   _/_/     _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 

      第1回 公は「大きい家」 
      第2回 「公の体現者」 
      第3回 「天皇と公民」の来歴
    ★ 第4回 明治における「公と私」 
      第5回 「公」を衰弱させる憲法
      第6回 「私民社会」の危機
      第7回 21世紀へのメッセージ
      第8回 地球的視野の公民教育を

◆「万機公論に決すべし」

     明治維新によって、「天皇と公民」の国家が再構築されまし
    た。それは、幕末に発展した国体論を受け、また衆議公論に基
    いて、近代国家を建設したものでした。

     政治の御一新に当たり、明治天皇が大方針を打ち出したのが、
    五箇条の御誓文です。それは天皇が天地神明に誓いを立て、そ
    れを国民に発表したものでした。

     一、広ク会議ヲ興シ、万機公論ニ決スベシ。
     一、上下心ヲ一ニシテ、盛ンニ経綸ヲ行フベシ。(以下略)

     第一には、「万機公論に決すべし」とあり、衆議公論に基い
    た政治を行うことが、打ち出されています。第二には、「上下
    (しょうか)心を一にして」とあり、国民が心を一つにして進
    むことが呼びかけられています。

     ここには、「天皇と公民」が一つになって新しい国づくりを
    していくことが、打ち出されています。

     また、明治天皇は、御誓文と同日、御宸翰(ごしんかん)を
    出されました。宸翰とは天皇直筆の文書です。そこには次のよ
    うな意味のことが記されています。

         「今回の御一新にあたり、国民の中で一人でもその所を
        得ない者がいれば、それはすべて私の責任であるから、今
        日からは自らが身を挺し、心志を苦しめ,困難の真っ先に
        立ち、歴代の天皇の事績を踏まえて治績に勤めてこそ、は
        じめて天職を奉じて億兆の君である地位にそむかない、そ
        のように行う」

     すべての人が「所を得る」ような状態をめざし、全責任を担
    う。天皇の決意は、崇高です。まさに「公」の体現者としての
    天皇の姿と言えましょう。ここには天皇が国民を「おおみたか
    ら」と呼んで、大切にしてきたわが国の伝統が生きています。
    それは今日の「基本的人権の尊重」という考えにも通じるもの
    だと、私は思うのです。

     御誓文と御宸翰に示されたもの、それが日本の近代民主主義
    の始まりでした。また、それは「天皇と公民」の新たな出発で
    した。

◆廃藩置県〜「私」を超えた武士たち

     廃藩置県は、西洋でいえば領主の身分を廃止して土地を取り
    上げ、明日から平民にするといった大変革でした。ヨーロッパ
    ではこのような変革は、流血の革命を通してしか不可能でした。
    ところが日本では、明治政府が一片の通知を出しただけで、そ
    の大事業を一日にして実現してしまったのです。しかもそれは、
    ほとんど無血の革命でした。当時欧州ではこのことに驚き、ロ
    ンドンの新聞が大々的に取り上げています。

     廃藩置県を達成し得たのは、「公」の精神でした。明治新政
    府の課題は、一日も早く近代国家を建設にして、欧米列強に支
    配されないようにすることでした。ところがそれを成し遂げる
    資金がありません。資金の調達には、各藩の徴税権を中央政府
    に集約するない。そこで、廃藩置県が断行されたのです。それ
    は、特権階級だった武士は、禄を失うことを意味します。

     当時の国際情勢の中で、日本が独立を保つには、自分のこと
    より国のことを考えるべきだ、「公」のために「私」の特権を
    放棄しなければならない、と武士は考えたのです。これが無血
    に近い状態で大改革を行い得た理由です。

     幕末から維新にいたる武士の行動は、「私」を超えて「公」
    に尽くす公共的な精神が貫かれています。

◆「国=家」を「知らす」

     さて、明治において、日本人は「国(くに)」を言い表すの
    に、「国家」という語を使いました。欧米のステート(stat
    e)やネイション(nation)の系統の言葉に当てて、使ったの
    が「国家」です。これは、西洋の国家とは全く違った概念です。
    「国家」とは「国=家」であり、家族的共同体としての国です。
    つまり、「大きい家」としての「公(おおやけ)」です。この
    一語にも、日本の「公と私」が見事に表されていると思います。

     わが国は、明治時代に欧米の法思想を採り入れて、西洋以外
    で初めての近代成文憲法を制定しました。帝国憲法は、わが国
    の国体を、法規に明文化したものと言えましょう。憲法は、欽
    定憲法として発布されました。

       第一条 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス

       第四条 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ
           條規ニ依リ之ヲ行フ

     帝国憲法は、天皇に統治大権があるとして、その下に、立憲
    君主制の民主主義国家が樹立されました。君主主権の民主主義
    国家です。この国家は、単に近代西洋的な法治国家をめざすも
    のではなく、わが国古来の倫理道徳に基く道義国家を目指すも
    のでした。

     憲法第一条の「統治」とは「知らす」の意味とされます。起
    草者の井上毅によると、「『知らす』は、『領有』や『支配』
    を意味する『うしはく』と区別された言葉であり、端的に『神
    意を知る』という意味だとされる。ここからさらに転じて、民
    の暮らしぶりを『知る』といった意味を獲得するようにもなっ
    た」とされます。(8)

     私は、「知らす」は、わが国の祭政一致の国柄をよく表して
    いると思います。「知らす」とは、「神意を知り、また民の実
    情を知って、国を治める」という意味と理解されます。「神意
    を知る」とは、身を清め、祭事を行って、神に祈り、神の道に
    そうように努めることでしょう。一方、民の実情を知るには、
    民の心を「知ら」なければなりません。心を寄せて、心が通じ
    合うように努めなければなりません。それによって、「天皇と
    公民」の間に、親子的な感情が共有され、一大家族的な共同体
    が形成されるでしょう。

     「知らす」とは、このようにして、祭政一致の「まつりご
    と」(祭事=政治)を行うことではないかと思います。

     第四条における、天皇は「元首」であって「統治権を総覧」
    するという規定も、「知らす」の概念に基く、天皇の権能と理
    解すべきでしょう。ここには、武力や法による権力的な支配で
    はなく、道義による家族的な共同互助の関係をめざすという、
    わが国の国家理想が存在すると思います。

◆教育勅語に説かれた「公」

     その道義の面は、明治天皇が発布した「教育勅語」によく表
    されています。「教育勅語」には、「天皇と公民」が共に修め
    るべき徳目が挙げられています。中心は、敬神崇祖の精神に基
    く、君に忠、親に孝という忠孝です。その中ほどの段は次のよ
    うになっています。

     まず「父母ニ孝ニ 兄弟ニ友ニ 夫婦相和シ」と家族的な、
    いわば「私」的な徳目が示されます。続いて「朋友相信ジ 恭
    倹己レヲ持シ 博愛衆ニ及ボシ」というように、社会から人類
    へとその徳目は広がります。「博愛」という言葉は、ここから
    一般化します。

     そのうえで、次に「公」に関する徳目が挙げられます。「学
    ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ 徳器ヲ成就シ 進ンデ公益
    ヲ広メ 世務ヲ開キ」。ここに人格を高め、「公益」を広める
    ことがあります。続いて「常ニ国憲ヲ重ジ国法ニ遵ヒ」とやは
    り、「公」に関わる心得があります。

     そして、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ  以テ天壌無窮ノ皇
    運ヲ扶翼スベシ」と続きます。国防のような国家の一大事には、
    「公」に尽くすことの大切さが示されています。それは、日
    清・日露戦争という国家・民族の存亡の危機において、日本人
    が天皇を中心として一致団結したことに現れています。

     今日、勅語のこの一節をもって、勅語の全体を否定するよう
    な意見が一部にあります。しかし、当時の厳しい国際環境の中
    で、私たちの祖先が強い団結力を発揮することなく、ロシアと
    の戦争に敗れていたら、わが国はどうなっていたでしょうか。

     国家と自己、皇室と国民の運命は、一体だったのです。

     教育勅語の最後は、次のように結ばれています。

        「朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶
        幾フ」

     その大意は、「私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教え
    の道を胸に抱いて、立派な徳を見につけてゆきたいと、心から
    念願するものであります」という主旨であると思います。この
    一行に見られるように、教育勅語は、天皇が国民に命令するも
    のではなく、共に実践しようと親しく呼びかけるものでした。

     この一行には、「天皇と公民」の関係は、支配ー服従の権力
    的な関係ではなく、一大家族的な共同互助の関係をめざすもの
    であったことが、よく表れています。また、天皇の権威が、古
    来、強権的威圧的なものではなく、自然と仰ぎ、和合をもたら
    すようなものであったことは、この一行にも表れていると思い
    ます。

     私は、明治における「五箇条の御誓文と御宸翰」「帝国憲法
    と教育勅語」は、日本の国体と、それに基く「公と私」の構造
    と倫理を、新たに表現したものと、思います。また、そこには、
    第2回でふれた聖徳太子の理想が脈々と生き続けているとも言
    えるでしょう。

     次回は、戦後憲法における「公と私」について考えてみたい
    と思います。

参考資料
(8)坂本多加雄著「歴史教育を考える」(PHP新書)

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    ほそかわ・かずひこの<オピニオン・プラザ>
    http://www.simcommunity.com/sc/jog/khosokawa
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
■編集長・伊勢雅臣より■

   五箇条の御誓文と御宸翰、廃藩置県、帝国憲法、教育勅語と、
  明治日本の躍進の陰に、ひとすじの「公の精神」が流れているこ
  とを、あざやかに示していただきました。平成日本の再建も、ま
  たこの「公の精神」の復活が鍵でしょう。

購読申込・既刊閲覧: http://come.to/jogwing Mail: jog@y7.net
購読解除: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/quit_jog.htm
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座 http://come.to/jog 
JOG Town: 自分のホームページを無料で
    http://www.simcommunity.com/sc/jog/jog_master/main


規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:1999-03-10  
最終発行日:  
発行周期:3回/週  
Score!: 89 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。