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7月25日号 二人の福、正等にして異なることなけん【観世音菩薩普門品第二十五】(三十六〜四十二行)

2018/07/25

7月25日号 二人の福、正等にして異なることなけん【観世音菩薩普門品第二十五】(三十六〜四十二行)
 
★★ きょうのヒント!
 
その1:
 
観世音菩薩の名號を受持する功徳は、例えば隨喜功徳品第十八で釈迦が弥勒菩薩へ比較に用いて説いた衆生
一人一人に阿羅漢果を得させる大施主の功徳と同じだということでしょうか?
 
その2:
 
言われた通りの難しい苦労を行なうことも、言われた通りの楽で簡単な方法を行なうことも同じ結果を生ず
るという教えなのでしょうか?
 
その3:
 
「百千万億劫に於ても窮め盡くすべからず」とは、難しく考えすぎてはいけないという意味でしょうか?
 
その4:
 
無量無辺の福徳とは、多さ無限で、かつ広さ無限という、つまり量と面積などの種類の違う両方の福徳とい
う意味でもあるのでしょうか?
 
その5:
 
功徳と福徳は違うのでしょうか?
 
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
■第7-25日 Vol.193
 
 二人の福、正等にして異なることなけん
 
  【観世音菩薩普門品第二十五】(三十六〜四十二行)
 
■■今日の一偈一句
 
 
 無盡意、若し人あつて六十二億恒河沙の菩薩の名字を受持し、復形を盡くすまで飲食・衣服・臥具・醫藥
 
 
 を供養せん。汝が意に於て云何、是の善男子・善女人の功徳多しや不や。無盡意の言さく、甚だ多し、世
 
 
 尊。佛の言わく、若し復人あつて觀世音菩薩の名號を受持し、乃至一時も禮拝し供養せん。是の二人の福
 
 
 、正等にして異なることなけん、百千萬億劫に於ても窮め盡くすべからず。無盡意、觀世音菩薩の名號を
 
 
 受持せば、是の如き無量無邊の福徳の利を得ん。
 
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■  今 日 の 解 読 !  (苦)
___________________
 
無盡意菩薩よ、もしある人がいて六十二億恒河沙の数の菩薩の名前を受持し、また形を尽くすまで飲食物・
 
衣服・臥具・医薬をもって供養したとしよう。汝が心に正直に答えてみよ、この善男子・善女人の功徳は多
 
いだろうかそうでもないだろうか。無盡意の答えは、甚だに多いに違いありません、世尊様。それに対し佛
 
の申すには、もしまたある人がいて觀世音菩薩の名號を受持し、しばらく一時も禮拝し供養したとしよう。
 
この二人の福は、正等にして異なることはない、百千萬億劫に於てもこれが本当かどうかを見極め尽くすこ
 
となどしてはいけない。無盡意、觀世音菩薩の名號を受持せば、このような無量無辺の福徳の利を得るのだ
 

  
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■■ 今 日 の 振 返 り !(脱)
___________________
 
前回、この観世音菩薩とは今や過去の風物詩となって廃ってしまっているようだと私は話しましたね。
いつもその疑問が解けず、その確かな意味が何であるか気がかりでした。
 
観世音菩薩の名號だけ唱えればそれだけでいつでもどこにいてもすぐにも救われるという現代のインターネ
ット情報が瞬時に世界を行き交うこのスピード社会にこそ、とてもマッチした、なくてはならない観世音信
仰であるはずに思えても通常なのでしょうが、それがどうして逆にその影を急激に潜めていったのでしょう

 
実は、その意味がどうやら今日はじめて解かり出したのです!
それは何かと言うと、今日学んだ無量と無辺の関係がヒントだったのです。
これは、ある人の無量の功徳と、またある人の無辺の功徳とが正等に合わされてこそ、はじめて無量無辺の
福徳となれるのです。
 
つまりこの両者の平等なままに合流がなされてこそ福徳の達成なのです。
また、この逆に現代のようにだんだん地域のお寺の運営が衰えていき、その檀家とお寺との平等性やお互い
の関わりが薄れていくことが、次第と観世音菩薩は理解をしてもらえないことに一番ヘソを曲げやすい性質
のようで、たとえ重要なときであってもさっさと振り向きもせず立ち去って行ってしまうのでしょう。
 
ところで、今日の観世音菩薩普門品の今後の品末辺りのシーンに、観世音菩薩のことを教えてもらった無盡
意菩薩が感激し、自分の首にかけていた宝石の首輪をその場にいた観世音菩薩へ友好にと与えようとしよう
としましたが、最初は受け取ってもらえず、どうしても衆生のことを思いやるつもりでと勧めても、それで
も観世音菩薩は自身へのプレゼントとしてではなく、一旦受け取ったその首輪を二つに分けて一方は釈迦牟
尼佛へ、もう一方は多宝佛塔へと宛がいに奉る意外な場面があります。
 
これを最初、私は、この観世音菩薩の行為に対し、だいぶツンツンとした見栄っ張りでプライドが高くて、
お金次第の世の中を嫌っているようにしか思えなかったのです
が、確かにそれにはもっと深い意味があって、檀家と寺院の平等関係を示したものだったようであるとはサ
ッパリ思いもよらなかったことです。
  
     
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。
 
末永くご愛読いただけますよう、また明日発行の「真実発信!ぶっけんのDM説法・ホッ法華経」
を何とぞよろしくお願いいたします。
 
 (ぶっけん成安田)
 
 
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  次  回  ご  予  告
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  明26日AM6時発行の
『真実発信!ぶっけんのDM説法・ホッ法華経』は、
 
 〜 爾の時に羅刹女等あり 〜
 
 【陀羅尼品第二十六】(四十二〜五十行)
 
 です。
  
  乞うご期待! それではまたね^〜^
  
  
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創刊日:2018-03-08  
最終発行日:  
発行周期:日刊、月々28回(1日から28日)  
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