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真実発信!ぶっけんのDM説法・ホッ法華経(毎年1月開始版)

法華経の全28品を毎月28回(1日から28日)、毎月同じ日付に合わせて毎朝1品ずつDM説法をお届けします。
私ぶっけんの法華経DM説法は、即ちDMのDはDay、MはMoonを意味します。
<毎年1月1日開始12月28日終了版>

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4月28日号 便を得る者なからしむべし 【普賢菩薩勧発品第二十八】(十四〜二十行)

2018/04/28

4月28日号 便を得る者なからしむべし 【普賢菩薩勧発品第二十八】(十四〜二十行)
 
 
★★ きょうのヒント!
 
その1:
 
普賢菩薩は、釈迦が四法の成就についての指南をした後に、どうして薬王菩薩の判断と同じように自らは修
行する者たちを魔や鬼の外敵から守護すると宣言したのでしょう?
   
その2:
 
普賢が魔の便りを撤廃させると意気込むのは、修行者の身にとって魔や鬼から邪魔立てを受けることが最大
で無上の苦しみということでしょうか?
   
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
   
■第4-28日 Vol.112
  
 便を得る者なからしむべし
 
 【普賢菩薩勧発品第二十八】(十四〜二十行)
   
■■今日の一偈一句
  
 
 爾の時に普賢菩薩、佛に白して言さく、世尊、後の五百歳濁惡世の中に於て、其れ是の經典を受持するこ
 
 
 とあらん者は、我當に守護して其の衰患を除き、安穩なることを得せしめ、伺い求むるに其の便を得る者
 
 
 なからしむべし。若しは魔、若しは魔子、若しは魔女、若しは魔民、若しは魔に著せられたる者、若しは
 
 
 夜叉、若しは羅刹、若しは鳩槃荼、若しは毘舍闍、若しは吉蔗、若しは富單那、若しは韋陀羅等の諸 の
 
 
 人を惱す者、皆便を得ざらん。
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
__________________
 
■■■  今 日 の 解 読 ! (苦)
__________________
   
その時すぐに普賢菩薩は、佛に白して言さく、世尊、如来滅して後の五百歳の濁悪世(じょくあくせ)の中
 
に於て、その頃にこの経典を受持する者があれば、我は必ず守護してその者のの衰患(すいげん:杖木や毒
 
薬)を除き、安穩なることを得せしめ、その者の弱みに憑け入ろうとする者が無いようにしてみせます。た
 
とえば魔、若しくは魔子、若しくは魔女、若しくは魔民、若しくは魔に取り憑かれたる者、若しくは夜叉、
 
若しくは羅刹、若しくは鳩槃荼、若しくは毘舍闍(びしゃじゃ:餓鬼の一種)、若しくは吉蔗、若しくは富
 
單那、若しくは韋陀羅(いだら:吸血鬼)等の諸々の人を悩ます者は、皆憑け入ることができなくなるでし
   
ょう。
 
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
__________________
 
■■■■ 今 日 の 振 返 り !(脱)
__________________
 
第4期目の法華経全28品をお読みいただきありがとうございました。
   
そして、毎日毎日の連続でお疲れ様でした。
   
明日から月末間はお休みです。又、来月1日から再び最初の序品第一から始まります。
   
それまで、どうぞごゆっくりとお休みください。
   
ところでこの1ヶ月間は、とても考えさせられることが多かったようです。
   
それは、そもそも釈迦は自ら勇猛であるとも言ってますが、本来は魔軍と正式に戦ったことがあるのかとい
う、ちょっとした疑問に駆られたものでした。
   
実は、世の中の魔群や鬼類とは、実際は天上界の神々や大王が支配しているということも今回は知ったので
すが、そもそも魔軍などと戦うということは天神や大王と戦う意味にもなると思えますね。
   
ですから、そもそもこの三界の世は欲界による支配なのであり、わざわざ魔や鬼類が世の中に同居している
わけは、諸天善神などからすれば、衆生を厳しく鍛えるため、この世の正しいきまりやルールに沿って生き
抜くことは常に苦しみがつきまとっているということを教えているのです。
   
ですから、釈迦もそれを心得、指導する立場ですから直接は戦ってはいないだろうと考えるのです。
   
しかし、それはまた、釈迦の立場はもうすでに戦うまでも無いくらい、退転などするはずも無い佛であるか
らです。
   
そういう釈迦を私たち凡夫が見習うならば、魔群などと戦わない方法は、やはり釈迦の指南する四法に安住
することなのでしょう。
   
そして、四法を成就するということは、最終的に戦ってあげるということなのです。実にこれは言うなれば
方便なのです。
   
しかし、この方便は魔軍などが受け止める意味であり、戦いという方便を実施する修行者は、すでに一佛乗
の段階に入ったと言えるのです。
   
それはなぜか? 一佛乗とは所詮、戦う心が私たち衆生の本心であり、最終的に本心でこそこの世の衆生は
完全に救われるのです。
   
 
最後に・・
   
戦うことは衆生の本来の義務なのであり、それは権利として戦うよりも容易いことではないはずなのです。
   
それが、勇猛であり、精進であるという釈迦の指南なのでしょう。義務としての戦い方を教えてくれるこの
法華経に今月も最大の感謝で閉めたいと思います。
   
 
それではまた来月から・・・・。< ^0._.0^ >
  
   
今回も読んでいただき、誠にありがとうございました。
   
末永くご愛読いただけますよう、今後とも何とぞよろしくお願いいたします。   


   (追伸)
    
今月は、携帯電話が故障し、そして丁度第100号記念の16日午後になって3台あるパソコン・タブレッ
トが次々に動かなくなるという奇妙なハプニングが起こり、メルマガ発行が間に合わず、断念すべきかとも
思いました。
   
その上に風邪を併発し、医者へ行き3日3晩ほど動けなくなりました。
この最悪な事態に私は、すでに法華経に取り組む心を失いかけたようでした。
   
法華経を公表することが間違いなのではないだろうか?と、苦しみの中でもがき苦しんでいました。
死ぬほどの思いとは今回のようなことだと思いますが、ただひたすら今できることだけはする、つまり明日
には死んでいるかもしれないのだから・・・そんなことを考えながらも私はこの苦しみとの戦いに力なく敗
北を感じ、四法を念じました。そして、所詮この世は欲望が断然有利な世界なのです。そう素直に思えたら
、魔軍を支配している天神こそが直接魔群を左右できることを知りました。
   
そうなのです、たとえば、阿修羅と戦って勝ち取ったのは釈迦佛ではなく、帝釈天という天神だったのです
。実はそれを知るや不や私の夢の中に佛の偈が降りたようでした。すると、もがき苦しんだ風邪は途端に治
っていました。
そして翌日には法華経再始動出来、パソコンもとりあえずは使えるようになりました。
   
智識判断の過ちはとても恐ろしい経験でした。このように最初は間違っていても良い、勇気を持って挑めば
必ず解決がもたらされる。苦しみのどん底では精進のしようもなく、前に進むことはできません、ですから
、最後は自分自身の勇気なのです。誰の借り物でもない自分の勇気をさらけ出せばそれが欲界に正しく通じ
るのです。
欲界の天神と戦ってはいけない、その感謝の偈が佛から降りたのだと思いました。

    (ぶっけん成安田)
 
 ご予告: 1ヶ月間お疲れさまでした!全28品が終わりましたので、今月は末日までお休みです。また
      来月も宜しくお願いします。
 
  来月1日AM6時発行
 
〜 大乗經の無量義・教菩薩法・佛所護念を説く 〜
 
     【序品第一】(三十〜三十五行) 
 
 です。 乞うご期待! それではまたね^〜^   
   
   
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創刊日:2018-03-08  
最終発行日:  
発行周期:日刊、月々28回(1日から28日)  
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