「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第十五章

2018/04/04

「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第十五章
“シーチン”修一 2.0

【措置入院」精神病棟の日々(106)】3/22は雪、その後に雨が止んだので彼岸の墓参り。2週間ほど前に、新住職Nさんからわが街のことを教えて欲しいと頼まれていたので、医学博士で郷土史家の沼尻幸吉先生の著作「わが町周辺の伝説と史話を尋ねて」を貸しておいたのだが、Nさんからとても喜ばれ、奥様も紹介してくれた。

Nさんは40歳前後、前住職と同様に企業勤めの経験があるのだろう、頭の回転が速く言語障害の小生の話をすぐに理解してくれるので助かった。ツーと言えばカーと返ってくるのでストレスにならないから大いに快適だ。

参拝の帰りにスーパーと銀行へも寄った。キャッシュで何億円もあったところで物欲がないから、明美ちゃん基金とか日本財団あたりへ寄付するのが妥当だろう。相続で子孫がもめるのは嫌なものである。

そういう人に私はなりたい・・・なーんて思うようになったらいいなと思うが、なまじ資産があるとずいぶんと悩ましいのではないか。街の金持ち連中(年間の慶弔費500万円以上だと一人前なのだとか)を見ていると、人が寄って来たら「金をせびられるのではないか」と不信感いっぱいで、人間不信とか、その反作用として傲慢、尊大、横柄とかになりやすく、いい人は余りいない感じがする。

これは、小生のただのヤッカミなのかどうか・・・小生はただの奇天烈で、治療費はタダ同然の寄生虫、その上に精神科(印籠だね、これが見えぬか!)に通院(多分「自閉スペクトラム症」)しているから、罪を犯しても「心神耗弱/喪失で罪一等を減ずる」、さらに天国のような医療刑務所行きだろうから、これは一種の特権階級だ。

(フランスで人肉を食べちゃった佐川君は無罪放免、座間の9人解体事件も食べていれば死刑はまず免れるだろう。悪事にやさしいニッポン、チャチャチャ、アホ丸出しやで)

「罪一等を減ずる」、恥知らずでもさすがにこれは後ろめたい気分ではある。だからいつも家族や国のために役立ちたいなあとは思っているが、もう時間がないし・・・戒名は「只野吉甲斐」あたりか。

万年塀修理で36キロの板を持ち上げたら椎間板をかなり痛めたようで、大人しく養生していればいいものを、多分「残り時間は少ないから、やり残さんようにさっさと終活せいよ」という思い込みとか、あるいは電波が走るのか、いささか狂気のごとく、多動児のごとく、片っ端から作業を進めていくようになってしまった。

まずは冬中、室内に取り込んだ50ほどの鉢植えを屋上に出して、素晴らしい庭にした。鉢植え置き場は5メートル四方だから、大きな箱庭みたいな感じ。室内にあるのは強い日射しを嫌う観葉植物だけで、部屋も模様替えしてすっかり、すっきり綺麗になった。

そうこうしているうちに桜が満開となり、子・孫と一緒に県立「東高根森林公園」へ。家から徒歩で20分ほどなのだが、急勾配の坂があるので車で連れて行ってもらった。10年ぶりかも知れず、よく手入れされており、以前は鬱蒼とし、いささかジメジメしていた谷地は、まるで絵のような美しさだった。

20〜30メートルのナラ、ケヤキ、クヌギ、ハンノキ、コブシ、ミズキ、サクラなどなど、新緑や花が陽光の中で春の訪れを喜んでいるようだった。

頂上の広くて平らな古代広場は弥生〜古墳時代にかけての竪穴住居跡で、孫たちは子犬のようにはしゃぎ回り、♪「この木なんの木」のモンキーポッド(通称レインツリー。ワイキキのクイーンカピオラニ公園にもある)のような、樹齢150〜200年の巨大なシラカシの木登りも楽しんでいた。

さらに歩を進めると市立「緑ヶ丘霊園」で、ここには樹齢100年ほどの桜が300本ほどもあり、頂上からは横浜市も望める。昔は元旦に日の出をみんなで拝んだ場所だ。

森林公園もずーっと行きたいところだったので、娘たちには「もう思い残すことはない」と言っておいた。4時間ほどの散策だったが、どうにか歩けたのは良かった。

森林公園でGETした枯れ枝を持ち帰って屋上フェンスに取り付け、そこに鉢植えを飾ったので、なんとなく英国風ガーデンになってきた感じがする。

屋上展望台の形は、元々が「1964東京五輪」の聖火台をイメージしていたのだが、新しい材料があったので追加工事をしているうちに、円柱形になった。ここにプリズムみたいな分光反射板を取り付けたら「ゲージツ作品」になり、街の人々が楽しんでくれるのじゃないかと思うのだが・・・

4歳女児の希望で小さな展望台も追加したが、彼女は冒険心が非常に旺盛で、用水路に置かれた巨大な石をジャンプして渡るという、大人もしない空恐ろしいことにチャレンジして、とりあえずは1トンの石にしがみついていた。ヒヤヒヤもので、膝を怪我しても泣かなかったのは大したものである。小生の突撃癖を引いているのではないか。将来はスキージャンプ、スノボの選手にでもなりそうだ。翼をつけて空を滑空するウイングスーツに凝るかも知れない。
https://www.youtube.com/watch?v=SxjBTS5bf7Q

あれこれ作業療法に夢中になっていたものだから腰は悪くなる一方で、ついにベッドに寝るのも起きるのも激痛で難しくなってきた。腕力でどうにか起きて床に立つまでに最低5分はかかり、晩年の母が這いつくばってトイレへ必死で行っていたのもよく理解できた。

尿意から5分も我慢はできやしないから、先日は床にポタポタと粗相をしてしまった。さすがにこれには「ちとまずいわな」と脳ミソをオンにして「傾向と対策」を考え、ベッドをリクライニングにしたら、1分で立ち上がれるようになった。

日々、「なるほど、老化とはこういうものか」と新たな発見があるが、発見して納得したから、それで何かが前進するかというと、全然何も進まない。ただ笑うだけ。「この際は笑うしかねーよなー」てな感じ。「老兵は死なず、ただ呼吸するだけ」なんて、どうも小生の性には合わんが、のう、じゃあ、どう老いるのがいいかというと、何だか「それを考え続けるのがあんたの道とか美学じゃないんかいな」と天の声が聞こえてくる感じがする。

さてさて、北朝鮮の金王朝(軍部+神輿の金北豚)は大スポンサーの上海閥=江沢民派の復活に一縷の望みをかけていたが、「もう上海閥は潰滅か、待っても期待できそうもない、この際だから習近平の軍門に下るしかない」と天の声が聞こえたのだろう、尻尾を巻き始めた。北の核は中共にとっても邪魔だから、「北の非核化」で欧米、韓国、日本を納得させ、制裁を緩める、ということになりそうではある。

ただ、非核化が完全に担保されるかどうかは怪しい、というか間違いなく反故にされるだろう。

そうさせないためには、国連/日米韓豪印による信託統治で、10〜20年かけて北を「普通の国」、すなわち資本主義市場経済の自由・民主・人権・法治の国にしなければならない。その見本、(米国を核とする)連合国にとっての成功例は日本なのだから、北の人民も軍部もエリート層も「Look East、普通の国にしよう」と納得するのではないか。

北は噛みつき犬から、ミニ日本のような大人しい、軟弱な、新興国になるかもしれない。

「日本はなくなり、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、裕福な、抜け目のない、或る経済大国が極東の一角に残るであろう・・・二十世紀は、勇敢な戦士だった日本人が卑屈な商人となり、卑屈なユダヤ人が勇敢な戦士になった世紀である」(三島由紀夫の最後の言葉)

ミニ日本なら中共も西風の防風林として有効だと納得するだろう。韓国も南北統一によるリスクを避けることができる。どうしても統一したいのなら20年後、30年後にすればいい。

日本にとってはまず拉致問題の解決が「北が取るべき始めの一歩」である。前号に続き、ジャーナリスト・加藤昭氏「総連の責任を問う 金正日の『日本人拉致指令書』全文公開!」から要約する。

<(北は拉致事件は「デッチアゲだ」などと否定してきたが)2002年9月17日の日朝首脳会談を契機にその態度はガラリと変わる。金正日が初めて日本人拉致と工作船の存在を認めたからだ。

(拉致は日本語教育とナリスマシのためだと金正日は言うが、金日成親子は、米国のベトナム戦争敗退、韓国の朴正煕暗殺により)70年代半ばから80年代前半にかけて「南を赤化統一するチャンス到来」と小躍りして本格的な日本人拉致工作に着手した。拉致は重大な国家事業であった。元工作員の証言によると朝鮮総連は相当数の拉致事件に関与した>(以上)

西郷翁曰く「外交に際しては『戦』の一字を忘れるな。この覚悟がなければ外交はただの商法会議所になってしまう」。毛沢東は「外交は血を流さない戦争、戦争は血を流す外交だ」と言っていた。

そういう覚悟のある外交官や政治家は、残念ながら非常に少ない。日本の外務省官僚は外交とは「高級ワインを飲んで楽しくおしゃべりするのがマナー、国益なんて野暮なことは言いっこなし、対立とか戦争なんてとんでもない」というのが戦後の伝統的な初期設定になっている。

小生は、それはわが国特有のものかと思っていたら、米国でも「国防総省から見ると、国務省は軟弱なヘタレ」なのだそうだ。軍事部門はリアルを常に見る、一方で国務省/外務省は相手の善意を見る、寄り添うから、毅然とした交渉がなかなかできない、多くの先進国では宥和的、いわゆるリベラル≒アカモドキ的である。戦争がなければすべてよし、という感じだ。

夏彦翁は「外交で話がつかなければ、昔は戦争で解決した。今は戦争がないから対立が長引く」と嘆息していた。

マキャベリは鴎外の紹介で日本でも名前は知られていたが、その内容とか思想は「謀略的で珍奇、一種の奇妙奇天烈な奇書、悪書、まともなインテリが読むべき本ではない」と忌避されていたのだろう、一般的に普及し始めたのは、クラウゼビッツの「戦争論」とか、地政学と同様にここ20、30年ほど前からのような気がする。

マキャベリは14世紀に彼が身をもって知った政治、軍事の「リアル」を研究し、君主=リーダーはいかにあるべきか、どう国家を動かすかなどについて、正・悪を越えて論じている。そのリアリズムは徹底しており、「兵士の楽しみ、褒美として掠奪もさせていい」とか「時に悪事をせざるを得なくなったときは電撃的にやるべきだ。あまりにも速いと人々の理解は追いつかないで、成功を称賛する声に雷同するようになる」「評判の良い君主より悪い君主の方が大事をなすことが多い」などなど。

リベラル≒アカモドキのようなインテリからすれば、直視できないような生々しいリアルが書かれており、インテリからすれば自分自身が「脳内お花畑のバカ」と存在、思想、価値観を全面否定されているようなものだから、マキャベリを徹底的に無視するしかなかったのだろう。

北による拉致を多くの学者、政治家、マスコミは無視した。そこには共産主義への親和性と、反日思想、国交正常化を優先すべきだという被害者への冷淡=ご都合主義というリベラルの腐った悪習がうかがわれる。

小生はキチ〇イではあるけれど腐臭はしていないと自負している。発狂亭“アイアンクロースープレックスホールド”雀庵の病棟日記から。

【2016/12/19】月曜、快晴。*(承前)自信喪失のリベラル≒アカモドキの逃避先は「自己批判=自虐=マゾ」なのだろう。「悪いのは日本だ、それを正せない自分たち日本人は原罪を負っている、百万遍謝罪してもしきれないほどの悪事をなしたのだから、血は血で償われるべきだ、もっともっと打って、殴って、蹴ってください」とばかりに地にひれ伏すのだ。

周囲の民族でタチが悪いのは半島人と支那人で、ほとんどがゴロツキ的なサド。「よっしゃー! 恨み晴らさでおくものか」とマゾを叩きまくって日々のうっぷん晴らし、ここに自虐妄想マゾと被害妄想サドの醜いコラボが成立し、束の間の心の安定を得るのだろう。いずれもリベラル発狂派、病膏肓、「アンタがすっきりするんなら、うちは耐えて見せますぅ」。キモい、キモすぎるで。

しかし「バックミラーを見てばかりのながら運転」ではポケGOあるいはスマホのように必ず事故る。彼らは邪教信者で、目が青く澄んじゃっている、信心に濁りはまったくない。関わるとろくなことにならないから、A2/Ad(接近阻止/領域拒否)で対応するのが最善策だ。(つづく)2018/4/4

















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創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
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