「措置入院」精神病棟の日々(66)

2017/10/21

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「措置入院」精神病棟の日々(66)
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“シーチン”修一 2.0

ああ、また迷惑メールか、と思ったら、な、な、なんと有難いことだろう、このシリーズに読者がいた!

<シーチン様:「頂門の一針」でシーチン様の連載を知りました。今は、直接メールで頂いています。

内容が人間味豊かで大変興味深く、なるほどと思うことがよくあります。読み返しやすくするために、全てWordに編集しています。64号で210頁になっています。

読者の反応が無いと書かれていますが、皆さんしっかりと読んでいると思います。私は戦前生まれなので、少し年長かと思いますが、昔のことは同じ実感があります。

シーチンさんの高い知性・IQもさることながら、知識も豊富で、読みながら、そうそう、その通りと妙に共感してしまいます。これからの号も楽しみにしています。

熱心な一読者より>

ビックリだ。「宇宙で緑の惑星を発見した思いです。感謝、感謝、神よ、心あらば“熱心な一読者”様に最大の祝福を!」と感謝を申し上げた。ブロガー冥利に尽きるなあ、木に登りたい気分だ。「木はどこかね?」

佐藤栄作総理の最後の退陣表明記者会見(1972/6/17)で覚えているのは「カメラはどこかね?」だった。

<テレビカメラはどこかね?テレビカメラ…。どこにNHKがいるとか、どこに何々いるとか、これをやっぱり言ってくれないかな。今日はそういう話だった。新聞記者の諸君とは話さないことにしてるんだ。

違うんですよ、僕は国民に直接話したい。新聞になると文字になると(真意が)違うからね。残念ながら…、そこで新聞を、さっきもいったように偏向的な新聞は嫌いなんだ。大嫌いなんだ。直接国民に話したい。やり直そうよ。(記者は)帰って下さい>(ウィキ)

昔は新聞は絶大な力、影響力があったが、今はあまりレスペクトされていないような気がする。部数自体も漸減傾向で、2017年上半期と2016年下半期を比べると全国紙は朝日の2.38%減を筆頭に軒並みダウンしている。

ネットに圧されている面もあるが、紙媒体自体が敬遠されていること、朝日の場合は左傾を嫌う人が増えていることも影響しているだろう。フェイクニュース、報道しない自由にウンザリしている人は多いのではないか。

理由はいろいろあるだろうが、新聞離れ(&書籍離れ)は欧米でも進んでおり、リカバリー策はないようだ。

記者という仕事はとても面白いが、かなり過酷な仕事で、今の若い人は売り手市場ということもあって以前ほどには魅力的とは感じないのかもしれない。高学歴で優秀な人材は他の業界へ行ってしまうのだろう。色に染まった癖のある記者ばかりだったりして。

パイ(市場)が縮小する一方だとシェア競争が激しくなるが、10/16の産経では阿比留瑠比ボナパルトが朝日新聞論説委員・坪井ゆづる、毎日新聞専門編集委員・倉重篤郎の実名を挙げて叩きまくっていた。曰く「国民に事実を伝えるという本来の役割を忘れ、放棄し、印象操作と『報道しない自由』を行使しての安倍たたきに没頭したかのようなメディアの現状こそ、国難そのものである」。

完璧にコケにされた朝日坪井と毎日倉重は反論するのかどうか。反論すれば自紙の読者に産経をPRすることになりかねないから「無視、相手にしない」ということになりそうだ。そうなるとボナパルトはさらに叩くから戦火は拡大し、産経読者は大喜びするのだろう。小生も楽しみだ。

朝日、毎日、東京(中日)、共同通信などは小生から見れば中共ファン、北朝鮮ファンのアカ、共産主義者だが、戦後は「共産主義」という言葉は敬遠され、社会主義とか社会民主主義、近年ではリベラル、自由主義という言葉に置き換えられている。

米国では戦後にアカ狩りの「マッカーシー旋風」が起きたが、共産主義信奉者は議会の調査委員会で「私は社会主義者、マルクス主義者であり、共産主義者ではありません」なんて詐欺師みたいな言い逃れをしていた(1953/7/14)。

この発言をしたのはレオ・ヒューバーマン(米「マンスリーレヴュー」誌編集者)で、その2か月前には講演でこうアジっていた。

<我々は緩慢な餓死、不安、貧乏をやめることができる。われわれは、生活を生きがいのあるものにするために、我々人民の必要とするすべてのものを生産し、分配することができる。一言で言えば、アメリカの高い生活水準を現実のものとすることができる。

しかしながらそれを可能にするのは一つの方法であり、それは資本主義に代えるに社会主義をもってすることである>

売春婦曰く「女郎とはあんまりよ、せめてお娼妓さんと言いなさい」(斎藤緑雨「あられ酒」)。これとそっくりで、表現を変えたところで本質は同じだ。共産主義は血を流し過ぎたために言葉自体も嫌われ、「このアカーっ! 違うだろ!」と罵倒された。

緑の党、民主社会主義(サンダース候補が言っていた)、民主党・・・どう表現しようが、「共産独裁支持のアカ」という本質は変わっていない。アカは表向きは善人を装っているが、暴力で敵を叩く志向・嗜好が昔から継承されている。

日本の保守派は概ね「国民の自由、民主、人権、法治」+愛国・安保・改革・規制緩和・自助あたりを基軸としている。一方で革新派は「自派=仲間の自由、民主、人権、法治」+反日・容共・保守(GHQの占領政策維持)・規制強化(利権の保護・拡大)・福祉(バラマキ)あたりが基軸だろう。

革新派は概ね共産主義的世界(国家、国境、人種、民族の否定=地球市民、一党独裁の肯定=中共・北を非難する革新派はまずいない)を目指しているように見える。独裁は武力・暴力による圧政だが、彼らは圧政する側(に居場所を求める人々)だから、圧政に反対することはない。むしろ圧政に加担する。

共産主義は暴力革命、プロレタリアート独裁(一党独裁)が「始めの一歩」で、「自分(たち)は正義である、反対する者、協力しない者は悪である、アカか白か、白や灰色は駆除する、アカがすべてだ」というのが初期設定になっている。

だから正義のためにはテロも強盗もOKで、スターリンはM(マネー)担当だった。銀行強盗である。親分のレーニンが指示したのだ。スターリンは脱獄の名人で、少なくとも3回はやった。4回目のお勤めの最中に1917年革命が起きてシャバに戻り、レーニンの右腕になった。

スターリンは生粋の武闘派であり、なおかつ頭も良かった(善人を装い騙し、非難する者は容赦なく殺した)から、レーニンは死の床で「スターリンは粗野だから・・・」と言うものの否定はできなかった。それどころか「これは民主主義じゃない、独裁じゃないか」と不平不満を唱える水兵を「虫を殺すように」に一緒に殺しまくった戦友なのだ(「クロンシュタットの反乱」)。

アカは宗教であり、ISなどイスラム過激派とまったく変わらない。スターリンは神学生で、学校でアカに染まった。ISも多くが神学校や神学サークルで洗脳されている。今やフランスの刑務所はイスラム教徒であふれ、過激派の温床になっている。まさに神学校。

アカは「止まれ」、緑(のオバサン)は「注意」、えんじ色が「進め」か。えんじ色は紅と紫を合わせた色でベニハナから作り、奥ゆかしい色、高貴な色と言われている。早稲田大学の校旗の色でもあり、学部ごとの色、紅・白・紫・緑を交ぜ合わせるとえんじ色になるそうだ。

えんじ色は近年では体育着としても利用され、「サツマイモ色」と言われたりするとか。自民党の党旗はこの色。なぜかは知らないが、一応は保守派大連合として生まれ、派閥といういろいろな色が交ざっているからかもしれない。

自民党は、中共ファンの二階、原発反対の純ちゃん、希望の党に行った方がいい聖子、聖人君子のような高村などなど一応は何でもありのGMS(総合スーパー)だ。ずいぶんアバウトだが、占領憲法を「とりあえずの間に合わせにはなる」という意味なのだろう、福田恆存は「当用憲法」と言っていた。

それに倣えば自民党は「当用保守党」で、多くの支持者は「野党に比べれば少しマシ、そこそこマシ、結構マシ」と思い、アカ、アカモドキにはうんざりでしているから、自民党に投票するしかない。

なおアカの尻尾がまだついていた小生が除染に利用した産経新聞の論壇誌「正論」は福田らの提案で生まれたものである。

18歳の小生はヒューバーマンに「感動した!」と手紙を書いたっけ。初心なネンネだった、慚愧、無残、まるでチボー家の次男坊のように。

♪飲めばやけに涙もろくなる こんな私 許してください 外は冬の雨まだやまぬ この胸を濡らすように

♪あの頃のわたしに戻って あなたに会いたい

今さら悔いてもしょうがない・・・

♪これもアカ あれもアカ たぶんアカ きっとアカ

泣いても始まらん、さあ今日も元気にアカ叩き、イザ! 発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2016/12/25】*「家族は俺に何を求めているのか? 俺はどうしたいのか? 思いやりとは何か」・・・Kへ手紙を書いた。

<ひとつ屋根の下で暮らしていても、自分は自分、他者は他者という個人主義で行きたい。家事は協力し、率先垂範、ヘルプを求められたらヘルプするという家族でありたい。便利で役立つ夫、父、ヂイヂでありたい。

これまで十分に愛され慕われてきたので、そこまでは望まない。今はただ、皆に迷惑をかけずに静かに晩年を送りたい>

*7:28、火災報知機が連日誤作動。「ピーピーピー、火事です、火事です。東病棟2階で火災が発生しました。急いで非難してください。ピーピーピー・・・」

狼少年だからもう誰も動じないが、規則なのだろう、看護助手がヘルメットをかぶり、消火器を持って東病棟へ向かった。職員も誰一人として「非難して」と言わない。

13:00から14:00、K来。彼女自身のキズがまだ癒えていないので年末年始の外泊はNOだった。彼女は精神的、肉体的にかなり疲れており、睡眠不足なのか、目が充血していた。

小生は少し会話ができるようになった。お互いに少しづつ歩み寄ってきた感じがする。

Kが帰った後にナースの“マンティス”から「入院から間もなく2か月だけれど、どんな感じなの?」と聞かれたので、「入院はいい機会になった。入院していなければ今頃は葬式になっていただろう」など、Kのことを含めて色々伝えた。

外泊NOについて“マンティス”は「正月でも病院では大したことはできないけれど」とのことだったが、雑煮とかが出るのかもしれない。

16:00、急性期病棟の患者で唯一正気の80過ぎの老婆が大きな抗議の声を上げた。見るとナンミョーが懲りもせずに勧誘しているのだ。ほんとにウザイ奴ら。仏罰を下すべし。(つづく)2017/10/21








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創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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