「措置入院」精神病棟の日々(58)

2017/08/14

================
「措置入院」精神病棟の日々(58)
================
“シーチン”修一 2.0

山本夏彦翁は「友達は生きている人だけではなく、故人とも友達になれる」と書き、二葉亭四迷から始まり、友達の友達は友達の“芋づる式”に斎藤緑雨などなどとも親しくなったという。

孤島暮らしのような静かな日々の中で、小生の新しい友達は雀だったが、ついに37羽にまで増えると「ウーン、ここは難民キャンプか」と困惑し始めた。可愛らしかったのが“芋づる式”で増殖し、いささかキモいような・・・

小生は無口だが、妄想か思考かは分からないものの、とにかく終日「考える人」で、脳ミソはいつもグルグル回っている。扇風機なら「中」「強」あたりだ。

で、この雀の群を眺めながら、「スズメ」というあだ名の女の子が登場する小説は何だったのかなー、とか思ったりする。

今朝は薄緑の塗料を作ろうとペンキを撹拌(かくはん)していたら、脳ミソの奥の奥の、ほとんど死蔵されていたようなメモリーの片隅から、友達だった江戸っ子が甦った。チャキチャキの神田ジェンヌで、シャイだけれど、酒が入ると饒舌になる。

神田ジェンヌの父上は塗師で、その業界では名人として知られており、国や自治体の仕事もしていた。お呼ばれしてご馳走になったが、お土産は中古ながら小型の冷蔵庫だった。「独立おめでとう、新しいオフィスには必要でしょうから。わが家で使っていたんですが、うちには小さすぎるから、良かったらどうぞ」

江戸っ子はシャイで、気前がいい。有難くいただき、後日に車で取りに行ったっけ。

お呼ばれの席で、神田ジェンヌはこんな話をした。

<NHKが父を取材しに来たことがあるのよ、業界の噂を聞いたんじゃない? で、仕事ぶりを取材したいって。

でね、父は塗料から作り始めたの、何時間もかけて。いつもは出来合いのものを使っているのにさあ、「100年たてば自家製塗料と市販の塗料とでははっきり違いが出てくるけど、100年生きている人はいないからなあ。今回はNHKの撮影で、まあ記録に残るから」って。

NHKは感心しながら取材していたけど、番組を見た人は「さすが名人、ここまでやるか!」って記憶したんじゃない、ホント、おかしいわよね>

寡黙な父上は娘の話にニコニコしながら大好きな寿司をつまみに冷えた吟醸酒を飲んでいた。東京原人、江戸っ子の職人、名人にはこんな人が多かったのではないか。

NHKのこの番組を見た人は「塗料から作るのか!いやはや名人とは凄いものだ」と思ったろうが、「事実・真実・実際・現実」と「報道」とは違う(ちょっと違う、かなり違う、まったく違う、正反対、やらせ・捏造・嘘)とはまず分からない、思わないし、制作現場でそういうこと(演出という名のインチキ、ヤラセ、曲解、悪意など)があるとはほとんど知らない。

報道、マスコミは事実、真実、公正とずれることがある(トランプが言い始めた“フェイクニュース”は国際語になりつつあるようで、大いに結構だ)から、それなりの読解力、猜疑心(裏読み)、報道しない権利、でっち上げなどを見抜く目利き=眼力(メディアリテラシー)が大事ということになる。

ところが残念なことに読者、視聴者の多くは「報道=(それなりの)真実」と思い込んでいる。中2坊主は半分子供だから騙されやすいのだ。人が良過ぎる、お人好し、初心、♪今夜しみじみ知らされた 男心の裏表(歌:バーブ佐竹)。報道の裏表。

馴染みの小料理屋で週刊新潮に連載して好評を博していたジャーナリストの友A君と飲んでいたら、A君がママさんに「この前テレビで紹介されていたけど、タレントと偶然出会うなんてスゴイ縁だね」と言った。ママ曰く――

「ああ、あれね、何日も前から“開店前に歩道に打ち水していたらぱったり(主役のタレントと)出会うということにしましょう”ってTV局から言われていたのよ」

海千山千のプロのジャーナリストもコロッと騙されるのだ。

東大法学部卒で毎日ションベン(キーを打ち間違えた)じゃなかった毎日新聞の売れっ子記者だった内藤国夫は「坪内寿夫 経営とはこうするんや」でワンマン経営者の坪内を神のごとく絶賛していたが、やがて坪内は墜落し、今では内藤も坪内もすっかり忘れられた。

ダイエーの中内功もワンマンでありながら世間と報道は持ち上げたが、結局は失墜した。中内に大マスコミの記者も心酔していたのだ。その全盛時に雑誌「経済界」(創業社長は「佐藤正忠“寄生虫”」と揶揄されることもあったから、ちょっと強面(こわもて)、総会屋、羽織ゴロのような趣があったのだろう)で営業をしていた先輩が、「中内は俺の目の前で部下に電話機を投げつけた」と言っていた。

(「正忠ならともかく、よりによって『経済界』の営業の野郎のアポなんか入れるんじゃねーよ」と秘書に八つ当たりしたのだろうが、電話機というのは尋常ではないね。尋常ではないからこそ価格破壊ができたのだが)

記者連中は中内の横暴な面をたとえ知っていても「報道しない自由」から、あるいは社の方針に沿う形で筆を曲げるのである。

(逆らえば降格処分や記事をボツにされるイジメに遭うことは最近の長谷川幸洋/東京・中日新聞論説委員の例がよく示している)。世間の裏のそんなイロハを中2坊主はまったく知らない。旦那が「朝日の購読を止める」と言ったら奥さん曰く「嫌よ、朝日はTV欄が充実しているから」。国民の多くはこのレベル。大学出てもロバはロバ。閑話休題。

昨日ヒーロー、今日ヒール、昨日ウィナー、今日ルーザー、昨日トップ、今日ボトム・・・諸行無常は世の常で、人も世間もずーっと同じということはない、「空しいものよ」と鴨長明は800年前に嘆息し籠居していた。

小生だってきれいごとでは済まない。米国大使館から仕事を貰い、その縁で英国政府、豪州ビクトリア州政府などからも仕事が入ってきたら、それまでの反米から一気に親米になり、自分で自分の人格を疑ったが(以来、自分で自分を常に疑っている)、世間とか商売に迎合はつきものだから、新聞にしろTVにしろ「千三つ」とは言わないまでも「話半分」「眉唾」ぐらいに思っていた方がいい。

大の男が女子供みたいに報道などを真に受けていると「人生を誤るぜ、牛尾でいいのかよ、少なくとも鶏頭を目指したいとは思わないのかよ」と、スピンオフやイノベーションが大好きで、「常にアグレッシブ、いつも前進」を肝に銘じていた小生はイヤミを言いたくなる。キチ○イなった今ではそんな資格はありゃあしないが・・・

子供の頃から「笑点」を見、老人になっても相変わらず見ている人がいるだろうが、オツムは中2のまま、まったく成長がない。学年雑誌の「中2コース」を老人になってもまだ読んでいるようなもので、小4から週刊新潮を愛読していた(スケベな「黒い報告書」を真っ先に読んでいた)小生もさすがに20代で卒業し、化学と地学と物理以外はまあまあ高2終了レベルのはなったが、永遠の中2なんて、「もうこれは・・・」と絶句するしかない。

500年前にマキャベリ曰く――

「民衆というものは、しばしば表面上の利益に幻惑されて、自分たちの破滅につながることさえ望むものだ。彼らから信頼されている人物が、彼らに事の真相を告げ、道を誤らないよう説得でもしなければ、この民衆の性向は国家に害を与え、重大な危険をもたらす源となる」

マスコミのほとんどは「フェイクニュースで民衆を騙し、国益を損なうよう扇動している」のだ。

残念ながら世間はいつの時代でもそういうものだから、小生のような規格外、異端児、キチ○イは遁世、厭世、隠棲、逼塞、蟄居し、黙り込んで雀を相手にし、有名なボストン絞殺魔を真似て「カワサキ工作魔」と自嘲しながら晩年を送るのである。

8/12、夕方から施餓鬼法要で、墓参り。お盆飾りは夕べやっておいた。13日はKの帰宅を待って娘たちと迎え火。14日は雨で工作(ま、作業療法ね、今は展望台を造っている)は休みだが、長男坊一家が来るので花散らし寿司と鶏唐揚げなどを作ることにしている。

長男には葬式用の写真を撮ってもらおう。夏休みで水遊び中の“マッチョ”プーチンもオッパイは垂れていた、歳には勝てない。小生はTシャツ、半ズボンでキーボードを叩いているか、右手に電動ドリル、左手に電動ノコを持っているところと、エプロン姿で包丁を持っているところを撮ったらどうだろう、狂気じみて、いかにも小生らしくはないか。

“発狂亭雀庵”の病棟日記。入院から1か月半だが、日記を改めて読み返すと、この日あたりから自分の関心が政治・経済・社会に向くようになってきた感じがする。今は「病棟編」で、その後は「政治・経済・社会編」「読書編」に続く予定だが、最近は睡眠中も脳ミソの停止ボタンが効かず、一時停止状態で、目覚めるとすぐにその続きになるという変な感じになってきた。

読書中に眠ると、起きるとすぐに、その次の行からパッと読みはじめる。以前から「どうしよう、どうすればいいか」という場面になると、「ま、脳ミソが勝手に考えてくれるだろう、実に便利だ」と楽観していたのだが、就寝前と目覚めの時の思考が直結しているというのはちょっと異常ではないか。

今服用している抗うつ剤の副作用には「興奮・錯乱」「うつ症状などのもともとある病気が悪化する危険性」があるそうだが、ナースがしょっちゅう「脳を休めなさい」と言っていたのは、脳ミソを酷使するとオーバーヒートするから気をつけろということだったのかもしれない。

次回の受診時にはカウンセラーとDr.に報告しておこう。

とにかくこの病気は完治しないから厄介だ。こう思った瞬間に小生の脳ミソは囲碁将棋ソフトのように解を求めてスイッチオンになってしまう・・・コナン・ドイルはホームズがコカインを常用している場面を書いていたが、阿片も同じく多幸感、快感をもたらす、元気になる。

ジャン・コクトーは「タバコの害はほとんどないが、阿片はタバコや酒よりさらにまし。阿片を喫んでいた方が体調が良かった」と書いている。

今の小生が「興奮・錯乱」状態なのかは分からないが、精神がのびのびと遊弋、高揚していることは確かだ。精神の向かう対象が専ら工作で、正気と狂気、現実と妄想が交錯していないだけマシだが、今日のように無理をせず、ノンビリ休みながらキーを打つのもいいものだ。とにかくちょっと脳ミソを休ませよう。

長くなったので病棟日記は次回へ。(つづく)2017/8/14









規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。