「措置入院」精神病棟の日々(45)

2017/06/01

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「措置入院」精神病棟の日々(45)
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“シーチン”修一 2.0

ここ数日、忙しい日々が続いた。小生の3F隔離(隠れ?)小屋の軒(のき)のペンキ塗りは念願だっただけに、ふらつく足でハシゴに踏ん張り、あれこれ苦労しながらやれた。梅雨を控えているから近く二度塗りをする計画だ。

その屋根の雨水を屋上に放置してあった大きなプラ製ゴミ箱に溜める工夫もし、節水、節約にもなるだろう。その水を利用し20数年間で照明器具の上に積もったホコリなども洗って新品のようになった。

靖国神社で求めた日の丸は室内の隅に竿に吊ったままにしていたが、ちっとも目立たないので、洗濯して横に広げて東側の一番いい壁に掲揚した。その下は窓で、今は皇居、靖国神社のあたりの東北から日が昇るので、それを背景にした日の丸がとても美しい。朝焼けの際はとりわけ神々しく、いとをかし。

召集令状はまだかなあ。ヨボヨボ、ヨタヨタ、おまけに精神病の小生は、甲乙丙丁どころか最後の方の辛壬癸あたりだろうから、「出発は遂に訪れず」か。足手まといで多分出征もできないかもしれない。それならせめて生体実験かドナーで役に立ちたいが、胃袋なし、肝臓は肝炎一歩手前、心肺機能もダメ・・・“心配機能”で家族を悩ませる能力はあるが、これは使いようがない。

戦国時代までは庶民も戦争に参加できた、油商人の斎藤道三、百姓の秀吉、武蔵も参戦し出世する機会があった。江戸時代は武家の者しか参戦できなかった。ローマ帝国は参政権=兵役+納税=一人前だったから、世界中でも大昔からそうだったろう。

江戸時代の農工商は下級国民、武士は上級国民だったから、長州藩が下級国民を募って奇兵隊(正規軍ではないという意味)を創ったのは革命だった。戦争は刀槍の時代ではなく、銃砲の時代になっていたから、生白くて貴族化した武士より日焼けし筋肉の発達した農工商出身者の方がむしろ強かったろう。新撰組の多くは農工商出身だった。

戦争=悲惨=悪というのはGHQの洗脳によるところが大きい。マックの占領政策の基本は「日本を二度と戦争できない国」にすることだった。ところが歴史は戦争によって創られてきた。戦争が新しい秩序をもたらすのだ。ボス猿が決まることで猿山は安定し、縄張りも大きくなる。

米国のマケイン上院議員によると「戦争にはすべてがある」。喜怒哀楽、愛と憎しみ、好意と敵意、生と死、幸福と不幸、名誉と恥辱、真実と虚偽、飽食と飢餓・・・家族同胞のために男は敵を攻め、女は敵から子/家庭を守る、これが男女の本質なのではないか。

戦争する権利、参戦権は武士、庶民を含めて誰にでもある。自衛権は自然権であり、あらゆる法律、条約を上回る。ハーグ陸戦規定は捕虜や民間人を無差別に殺してはいけないと書いてあるが、それをやってパクスアメリカーナが確立された。勝つためには米国のみならず世界中が無差別大量虐殺をしかねない、日本も含めて。

戦争は大昔から何でもありの大喧嘩、殺し合いだから、急所を蹴るのも騙すのも当たり前、冷酷非情なものである、が、勝ちさえすれば官軍、正義だ。勝てないまでも敗けないことが肝心で、敗けると復活までに2世代、3世代かかる。

日本を見よ、「傭兵に頼る国は亡びる」と書いたマキャベリもビックリ、自国の防衛を戦勝国の米国に頼っている。一方、狡猾で一党独裁の、あのソ連でさえ、冷戦に敗けて一流国から転落した。

戦争はないに越したことはないが、マルクスが書いているように戦争は「外交、交際、交流、コミュニケーションの一形態、Verkehrだ」、毛沢東は「戦争は血が出る外交、外交は血が出ない戦争」と言い、米国独立戦争で米国は英国にこう宣言した、「戦時にあっては敵、平時にあっては友、これが当たり前の国際関係だ、米英はそういう関係でありたい」と。

小生は多少料理には自信があるから前線で料理してバイクで、あるいは徒歩で岡持を兵士に届けるのだ。「死んでも岡持を離しませんでした」、修身の教科書に載せてくれ。

料理は結構、力仕事だから小生には「戦場のXマス」ディナーは体力的に無理かもしれない(日露戦争で休戦日は双方の将兵が酒と肴を持ち寄って“宴会”をしていた(わが軍は戦意も食糧も十分だ、という一種のプロパガンダだが)。

食糧と言えば、先の週末は子・孫が全員集合、12人で3食を2回ほど楽しむから、板長の小生は毎食ご馳走を作った後はルンバのごとく電池切れ、ベッドに横たわって充電するのである。戦場に快適なベッドがあるはずもないから、せいぜい後方支援しかできないかもしれない、ジャガイモの皮むき、カットとか・・・

力仕事ゼロ、快適ベッドで寝放題、もちろん三食昼寝付き、体が鈍(なま)るばかりの病棟日記から。

【2016/12/3】*5時起床、夜中に2回しか起きなかったし、快眠だったが、6:30まで点灯は禁止、ベッドにいないとダメだしされるから、明るいトイレで用足しと読書。下痢の心配はなさそうだ。

入院してから初めて寝返りを打ったようで、掛け布団が90度回転していた。体力はだいぶ回復してきたようだ。“令夫人”に「廊下での運動もバカにできないですよ」と言ったせいなのか、彼女はここ数日、よく歩いているが、ちょっとやり過ぎのような・・・手抜きができないのも一種のビョーキだろう。

ところで性善説と性悪説があり、小生は後者である。人間は社会的動物で、一人一人の個体では弱いから、群れるしかない。

群れは共同利益社会で、縄張りは皆で防衛、皆で拡張するしかない。運命共同体として、愛や友情、戦友・同胞意識はおのずと育まれるから、その点では性善説でもある。

ところが縄張りや雌をめぐって他の群との戦いも常に付きまとう。生き残るためには敵を憎み殺さなければならない、情け容赦なく。激しい憎悪がなければとてもできない。

野生ライオンの雄の寿命はとても短い(雌の半分の5年ほどらしい)。戦って勝っても自分も手傷を負い、それが化膿して命を縮めるようだ。それでも雌と子は困らない、強い雄の群に入るからだが、残酷な話だ。

人間はhalf good、half bad、愛憎相半ばする存在で、「愛」と「憎」、「善」と「悪」、「創造」と「破壊」の間を行ったり来たりする。殺人事件の多くは家族や知人に殺されているが、親愛の情がある日、殺意に変わる。米国独立戦争宣言で、外交は「戦時にあっては敵、平時にあっては友」とはまことによく言ったものである。

フランスでは来年の大統領選挙にオランドは立候補しないそうだが、支持率5%ではどうしようもない。欧州リベラルはイスラム難民モドキの民族大移動を歓迎して大ひんしゅくを買い、退潮著しいという。

保守派同士の接戦で、もしかしたら“極右”とマスコミ(ほとんどがアカ)から嫌われているFN(国民戦線)党首ルペンが選ばれるかもしれない。ドイツでは同じく“極右”とされているAfD(ドイツのための選択肢)が政権に就くかもしれない。夢想や理想ではなく、現実の危機、リアルを見据えた政権が望ましい。(つづく)2017/6/1






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創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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