「措置入院」精神病棟の日々(41)

2017/05/20

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「措置入院」精神病棟の日々(41)
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“シーチン”修一 2.0

外国旅行の一番の楽しみは「エーッ、こんなのありかよ!?」といった(カルチャー)ショックだろう。歳をとると「ふーん、まあこんなもんか」とセンサーが劣化してあまり感激しなくなるから、外国旅行は若いうちにした方がいい、ロバが馬になるのは稀だけれど。

小生は旅行業界の記者だったから外国旅行の機会が結構多かった。忙しかったので外国取材はできるだけ避けたが、行かざるを得ないことは年に何回かはある。今でも覚えているショックは――

*米国:中西部アリゾナ州の原野(dessert)では視界の360度が地平線だった。丘もないし山もない。ウワーッ・・・なんという広さだ、と思わず大地にひれ伏した。

西海岸のセレブの街ビバリーヒルズ。一歩裏通りはゴミだらけ。false front (建物を立派に見せるための見せかけの正面外観)とはこのことか、自治体の金欠病と住民のモラルの低さに辟易した。

「人はきれいなところにゴミは捨てない、汚いところに捨てる(だからいつもきれいにしている)」とディズニーランドの広報担当者が言っていたことは本当だ。「破れ窓理論」と今では言うそうで、破れ窓を放置すると街がどんどん汚くなるのだ。

*フランス:パリジェンヌのファッションは十人十色どころか100人100色で、「どうだ!」と個性を競っている。さすがに個人主義の国だと驚いた。

日本の女性は流行を追いかけるから100人1色。今は正月の酢だこのような真っ赤な口紅をして、鉄筋工のような太いズボンをはいている。個性ではなく同調が好きなのだ、「あまり目立ちたくない」と。

*スペイン:強烈な陽射しと強烈な陰影に圧倒される。変哲もない真昼の道を犬が歩いている、犬と路面と建物が浴びている日射し、そしてその真っ黒な影・・・それは小生にとって初めての体験であり、芸術そのものだった。

ガウディ、ピカソ、ミロ、ダリといった型破りな芸術家が生まれるのもうなづける。

ピカソはわが街の近くに生まれた岡本かの子の長男、太郎にも強烈な影響を与え、太郎は「ピカソを超える」を目標としていた。「俺の父親は一平だ、絶対一平だ」と悩みっぱなしだった可哀そうな太郎は確かに「超えた」。悩んだ分超えすぎて陰影が濃くなったのは、小生にとっては残念だ。かの子は罪作り。

*台湾:南部を旅行すると、そこには小生が幼かったころの日本の農村の原風景があった。台湾は日本だったのである。郷愁たっぷり。人に「もう一度行きたい国は?」と問われると、迷わずに「台湾」と答えたものだったが、それから40年、都市化は進んでいるだろうから、あの原風景はもうないのだろう、淋しいことだ。

こんなことを思ったのは「シュリーマン旅行記 清国・日本」を読んだからだ。彼は日本に強烈なショックを覚え、それをしっかりと記している。幕末の江戸の「生」を、生々しく記録している。そこには茫然自失している生のシュリーマンがいて、小生もその場にタイムスリップした思いだった。

訳者の石井和子氏の恩師、木村尚三郎・東大名誉教授の解説も大変優れている(木村先生は小生の師でもある)。

<「現代のシナと日本」という本書の原題通り、本書は幕末から明治に向かおうとする転換期日本、黎明期近代日本と同時代の中国についての、生き証人による記録である。世の中が明治に変わる三年前、一九六五年六月一日から七月四日までの一ヵ月間が、シュリーマンの日本滞在期間であった。

短期間にもかかわらずというより、短期間だからこそ彼は天才的な理解力とともに、日本の社会の本質、時代の特質を鋭く見据え、抉り出すことができたといえよう>

確かに小生がアリゾナの荒蕪地に1か月もいたら360度の地平線を気に掛けることもなくなり、「デザートの生き物たち」とかいった記事を書くために毎日サソリやヘビの採集のために地面ばかりを見つめていたろう。大地にひれ伏すような感動は小生がごく短期の「通りすがりの異邦人」だったからだ。

シュリーマンが一番驚き、目まいするほどショックを受けたのは、信仰の場、礼拝の場である神社仏閣と周囲が「観光地」、テーマパークになっており、しかも娼婦(花魁)の絵が飾られ、千社札がいっぱい貼られ、拝まれていることだった。茫然自失・・・キリスト教的価値観からすれば「インクレダブル!何なんだ、これは」と絶句するしかない。

今の小生は「当時、花魁は国民的大スター、憧れの的、落語の『紺屋高尾』などが今でも当時の人気を伝えている」と知っているが、それを知らないから彼は混浴でビックリし、浅草寺で凄まじいカルチャーショックを受け、とどめを刺されたのだ。

「シュリーマンは、ある国の言葉を覚え、書き、話すのに六週間もあれば十分だった」と石井氏は解説しているが、この語学の天才はビジネスの天才でもあり考古学の天才でもあった。シュリーマンの日本評は「キリスト教的価値観からすれば遅れているが、日本には蒸気機関以外は何でもあり、工芸品は世界最高レベルだ」というものだった、そう、不思議の国にはナンデモアリス。

小生がよく言う「知的好奇心」「知的興奮」とは以上のようなこと。日本はこの世の楽園(に一番近い国)で、プリンセス真子様、昭恵夫人、小生のカミサンまでも咲き乱れておるで、小生のように矩を超えて発狂したようなキチ○イでも退屈はしないし、大事にされる。まったくいい国である。

今朝は措置入院の還付金があるそうなので生まれて初めて個人番号カードを使い、ドキドキウロウロしながらコンビニで住民票を取得した。還付金といい、優しいオネエサンが忙しいのに操作を手伝ってくれるなんぞ、もしかしたら小生は知らないうちに天国まで昇っちゃったのではないか。

精神病棟での小生の心理検査「SCT/文章完成法テスト」の続きから小生の妄言(「 」内)を今日も座興にお届けします。

16:金「はほどほどあればいい。『欲少なく足るを知りて分に安んずる』まずは物欲を削ぎ落とすことだ」

17:私の野心「というか妄想は中華独裁帝国を倒し、7つ以上からなる自由主義連邦共和国にすることだ」

18:妻「は物静かな方がいい。私が読書をしている側で妻は編み物をし、『いい一日だったな』『本当にいい日よりでした』それでいい」

19:私の気持「は概ね理解されない。エジソン、ワット、ゲイツ、ジョブズ・・・変人からイノベーションは生まれる」

20:私の健康「は50代から劣化が進んでいる。60歳までにやるべきことはやったから、長生きに興味はない。医者にはいかない」

21:私が残念なのは「『連帯を求めるも孤立を恐れず』の気概であっても同志がいないことだ。奇人変人と思われているのだろう」

22:大部分の時間を「書き物、読書、家にいるときは+家事で過ごしている。まあ私にとって最良の晩年だ」

23:結婚「しない生涯未婚は男50%、女40%あたりだ。戦後に家制度が壊され、家、家庭への執着が希薄になった」

24:調子のよい時「は頭が躁状態になり、不調の時はネタ探しで読書したり散歩したり。刺激を与えると脳が活性化する」

25:どうしても私は「『話す人』ではなく『書く人』『聞く人』である。25年間の記者生活でそうなった。今さら変えられない」

26:家の人は「健常者で女だから、やたらと話しかけるが、私は挨拶以外は苦手だ。寡黙は悪になってしまったのか?」

27:私が羨ましいのは「トト(愛犬、2015年末に17歳で逝く)で、家族の誰からも愛され、癒しを提供してくれた。間もなく3回忌だ」

28:年をとった時「、つまりリタイア後、何をして過ごすかを40代の頃に書いたが、手術後の体力の衰えをまったく予想していなかった」

29:私が努力しているのは「『一日一歩前進』。半歩でも10センチでも、たとえ1センチでもいい。一日一善みたいな小さなことだけれど」

30:私が忘れられないのは「皇軍兵士だった父の忍耐強さだ。寒い、暑い、痛い、苦しい・・・泣き言を一言も口にしなかった」
        ・・・
以上で検査結果報告は終わりだが、心理検査が終わったところで病気が治ったわけではない。悩ましい日々は続くのである。一度発狂、一生発狂・・・5月は東京場所か、ハッキヨイ・・・発狂用意と言われているような・・・(つづく)2017/5/20



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創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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