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「措置入院」精神病棟の日々(14)

2017/03/08

「措置入院」精神病棟の日々(14)
“シーチン”修一 2.0

3/7は父母の墓参り。供花を買いに行ったカミサンが興奮して言うには、花屋の奥さんが昨秋10月、小生が大暴れしたころに、かなりの早産ながら初産で、女児は4か月で5キロにまで無事育ったという。旦那は52歳、奥さんは42歳、「もう無理なのかなあ」と小生も思っていたから、カミサンも大喜びだった。

墓参りは、3/9が父、その次の10日が母の祥月命日だからだ。「お前(お前様=旦那)百まで、わしゃ(私は)九十九まで」と言うが、母が父の後を追ったような形だ。命日は1回で済むから、それは父母の恩なのかもしれない。

帰り際に庫裏へ寄ってご住職にお布施(10万円)を手渡した。

「今日は両親の命日でお参りに来ました。いろいろお世話になっておりますので、心ばかりではございますが、どうぞお納めください」「これはこれはご奇特なことで、ありがとうございます。おや、修一さん、杖をお使いか」「はい、退院したばかりですので・・・今度は私がお世話になりますのでよろしくお願いいたします」「はははは、ご冗談を」

「あの・・・領収書をいただきたいのですが・・・」「ああ・・・お布施には領収書は出ないのですよ」「はい、それなら結構です」

なるほど、宗教は所得を捕捉されないビジネスなのだ。なるほど「坊主丸儲け」とはこのことか・・・だから皆やりたがるわけだな。実際は寺院経営は難しく、特に過疎地では無住の寺が増えていると聞く。

小生は「心の道標(みちしるべ)」教団の開祖ながら財務に疎いというか、まったく興味がないから収入ゼロ、さらに愛犬が亡くなってからは信徒ゼロという状態のままだ。ま、気楽でいいけれど・・・

大体が小生が「霊言」で儲けたところで物欲なし、買い物嫌い、モノが増えるのを恐れるという性格だから使い道はないし、すでに閻魔様のウェイティングリストに載っているし・・・もちろん地獄行きの片道切符だ。ヘルジャックし、悪党どもの上に君臨しよう。

ご住職は予期せぬお布施に今まで見たこともない笑顔を見せていたが、氏は先代の長男で、「子供の頃は寺の子、寺の子と呼ばれ、家業が大嫌いだった」そうだ。永らくビジネスマンをしていたが、結局、家業を継いだ。サラリーマンよりはマシかと思ったのかもしれない。

ご住職は街の人口増を追い風に墓苑の拡張や庫裏の建て替えもし、なかなかのやり手のようだ。財務にもかなり通じるようになったろう。お経も随分上達した。あとは人間を学ぶことだ。さすれば重厚な顔つきになるだろう。「私は意志が強いんです、だからタバコはやめません」なんて軽薄な冗談を言っている場合じゃない。

この世はワルがいっぱいいる。おだてられいい気になっていると「バブルこけて高転び」になりかねない。「人間を学ぶ」とは人間を知る、己を知る、社会を知ることだ。小生はようやく己のバカさ加減を知り始めたばかりだから偉そうなことは言えやしないが・・・

帰路に花屋の旦那に「おめでとう。赤ちゃんが二十歳(はたち)になるまでは頑張らないとね」と声を掛けると、顔を赤らめ、「・・・71歳まで・・・うーん、頑張ります!」と凛々しく、かつ、うれしそうにほほ笑んだ。お祝いに花を贈るわけにもいかないし・・・カミサンが可愛い服を探してくるに違いない。

さてさて Back to the past 晩秋の病棟日記に戻ろう。

【2016/11/13】人生は概ねサプライズに満ちている。凪のような日々はいつまでも続きはしないと覚悟しておいた方がいいだろう。小生も65歳で措置入院だなんてまったく想定外だった。

消防官の息子は秋の異動で現場から事務職に移った。肉体労働から一転し、建物などの消防設備点検、指導、許認可などの頭脳/事務労働になったが、関連法規なども勉強しなくてはならないし、報告書の書き方も覚えなくてはならないから、かなり忙しそうで、いささか消耗していた。小さい頃から体育会系だから事務は苦手なのだ。

戸建て住宅から高層マンション、高層ビルまで、新築物件は消防署のOKが出ないと稼働できない。消火器から警報器、スプリンクラー、給湯器、ボイラーなども点検するのだろうが、いずこの職場もギリギリの人数でやっているから、新人は1日でも早く戦力になることを期待される。新人にとって最初の3か月は試練だ。

小生の経験だと、3日、3週間、3か月は一番きつく、6か月でおおよその流れが分かり、3か月×4の1年でとりあえず仕事はできる。3年で1人前になり、6年でベテランだ。大体世間はそんなものだろう。

戦前は12歳で奉公へ出て、手元や下働きを経て18歳で一人前。その後は2年の兵役、さらに2年のお礼奉公を経、親方の支援を得て一本立ちとなる。昔から一人前とかベテランになるのは大変なのだ。

外野だからよくは知らないが、東急バスはかつては東急電鉄の社員が配属されていた。だから給料はいいのだが、バブルが崩壊してから赤字部門を本体から切り離す「分社化」が進み、東急バスの整備士をしていたYさんはなんとバス営業所副所長に移された。「給料分の仕事をしろ」ということだろう。

分社化後に新規採用された人の人件費は分社化前のほぼ半分。Yさんによると、以前はバス運転手で年収1000万円超の人はゴロゴロしていたそうだが、分社化後はせいぜい500万円。カミサンの知人(35歳ほど)が東急バスの運転手になったが、年収は450万円だったという。Yさんは電鉄社員として採用された身分だから年収は保証されていたが、新しい仕事は人事管理、勤務表作成、クレーム処理など。

30年間、整備士だったのだから、まったく青天の霹靂の仕事だ。リストラというか「嫌なら辞めたら」という肩叩きみたいなものだろう。

Yさんはどうにかこうにか踏ん張って3年ほどでそつなくこなせるようになったが、バス会社としては電鉄採用の高給取りを辞めさせたいから、イジメもどきの陰湿な肩叩きが続いていたようで、定年退職の1年前にYさんは突如、自己都合退職をしてしまった。忍耐の限界を超えたプレッシャーがあったのだろう。

奥さんに何の相談もないし(「お願いだからあと1年我慢して」と迫られるだけで、小生だって多分、相談しないだろう)、暫くは出勤を装っていたから、奥さんが知った時は後の祭り。定年退職なら退職金や年金、失業保険も満額だし、子会社への再雇用の機会もあったろうにと、奥さんは定年後の人生設計が狂って大いに嘆いていたが、最早諦めるしかない。

人生は爆発だ! サプライズだ! 想定外だ!

でも、Yさんが「ならぬ堪忍、するが堪忍」「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍」んでいたら、小生のように自殺や発狂に至ったかもしれない。「人間万事塞翁が馬」で、Yさん夫婦は今、孫の代わりに柴犬を連れて散歩し、穏やかに過ごしていると聞く。(つづく)2017/3/8






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創刊日:2017-02-04  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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