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ヨハネの黙示録

今は終末の時代です。ヨハネの黙示録の御言葉に心を留め、永遠の御国を受け継ぐ幸いな者となりましょう!

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ヨハネの黙示録 NO.18-2

2016/07/31

。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 これらのことを聞き、また見たのは私ヨハネである。私が聞き、また見たとき、
それらのことを示してくれた御使いの足もとに、ひれ伏して拝もうとした。する
と、彼は私に言った。「やめなさい。私は、あなたや、あなたの兄弟である預言
者たちや、この書のことばを堅く守る人々と同じしもべです。神を拝みなさい。」(8-9節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


聞く

 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。
そして彼らはわたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。
彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るよ
うなことはありません。(ヨハネ10:2-3)


 テレビや新聞、人々の声ばかり聞こえる世では、イエス様の御声が聞こえま
せん。ヨハネが、黙示録の啓示を、全ての聖徒のために受けた時は、獄中で
した。

 イエス様は、迫害によって、世の人々から離された状態の時や、サタンの使
いによる攻撃の時、実に、その所をパトモスとして、天の窓を開いて啓示を与
え、御言葉を聞かせて下さる、至聖所として下さるのです。

 聖霊様、それは、世から隔離された、新エルサレムです。イエス様は、聖霊
様の中で、世の声、自分の思いからも断絶した、その、至聖所で、語られるの
です。



見た

 そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。そ
れは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」
(ヨハネ9:39)

 聖霊様によって見る人々は、神の国の事柄を見る人々です。見えないキリ
ストを見る人々です。キリストと共に、全てを見る人々です。

 聖霊様の無い人々は、天の事柄が見えず、キリストが、ここにおられるの
に、見ることが出来ません。イエス様を知らないからです。



御使い

 そして言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。天が開けて、
神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたはいまに見ます。」
(ヨハネ1:51)


 イエス様は、天と地を結ぶ架け橋、神と人を結ぶ架け橋です。十字架の死、
復活、昇天、天の御座に着座され、今、聖霊様が、架け橋となっておられます。
聖霊様のおられるところに、キリストがおられ、天使たちがいて、守って下さい
ます。

 御使いは、被造物ですから、礼拝の対象ではありません。聖霊様の中にあ
る人々を守るために、遣わされる存在です。

 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあな
たの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」御
使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるため遣わ
されたのではありませんか。(ヘブル1:13-14)




あなたの兄弟

 しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはいけません。あなたがたの教師は
ただひとりしかなく、あなたがたはみな兄弟だからです。(マタイ23:8)

 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿に
あらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子
となられるためです。(ローマ8:28-29)


 イエス様は、彼を信じ、御言葉を守る人々の兄弟であり、復活によって、朽
ちない体に変えられた、復活の長子です。この、復活のかたちに、彼に聞き
従う人々は定められています。



 聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼ら
を兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます。「わたしは御名を、わたし
の兄弟たちに告げよう。教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」(ヘブル2:11-12)

 そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるた
め、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。
それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。主は、ご自身が試
みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできにな
るのです。(ヘブル2:17-18)




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、彼は私に言った。「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が
近づいているからである。不正を行なう者はますます不正を行ない、汚れた者
はますます汚れを行ないなさい。正しい者はいよいよ正しいことを行ない、聖
徒はいよいよ聖なるものとされなさい。」(10-11節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。



時が近づいている

 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物
とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶
滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル9:27)


 キリスト再臨までの、最後の一週(七年)が始まる、中東和平が、今年中か、
来年には締結する、と、多くの人々が感じていることが実現する、と、私も強く
感じています。

 前回の号を発行した日、7月15日でしたが、その数日前に、イエス様は、
7月15日から、世界が、リバイバルへと前進し、それは後戻りしない、と語ら
れました。この日、トルコのクーデターがあり、前日には、フランスで、トラック
による虐殺が起こりました。

 トルコの、クーデターの早期収束は、イエス様が、御言葉を発し、ひとこと、
こう語られたのです。


 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみ
な剣で滅びます。(マタイ26:52)



 リバイバルは、こうした、危機的時代へと突入するただ中で、世界中に広が
り、混乱の世のただ中で、唯一の、修復と平和、人々の永遠の救いへの道と
なるのです。そして、来るべき、大患難時代の中にあっても、神の圧倒的勝
利、魂の大収穫は続き、携挙の時となるのです。

 リバイバルの火、聖霊の火だけが、殺しの計画を立てていた人々の心にさ
えも働いて、悔い改めの恵みを与え、神の子と変えられ、神の国の、平和の
戦士と変えられる、という、神の奇跡を見るのです。




終わりの時は、人々が、はっきりと分けられる時です。

1 不正を行なう者はますます不正を行なう

 「不正を行なう」と訳されているギリシャ語は、害する、傷つける、とも訳され
ています。

 そして彼らは、地の草やすべての青草や、すべての木には害を加えないで、
ただ、額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡され
た。(黙示録9:4)


 人々を傷つける、殺す事件が頻発してきました。これは、聖霊を拒む世界に、
悪霊が、人々の心を捕らえ始めたゆえです。


 確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力
に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何
一つありません。(ルカ10:19)


 聖霊様に満たされ、キリストに従う人々は、害を受けることは無いばかりか、
聖霊様、という、安全な覆いの中に、人々を導き入れ、又、人々から悪霊を追
い出し、滅びから救い出すのです。



2 汚れた者はますます汚れを行う

 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみこ
とばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うこ
とができます。(ヤコブ1:21)


 同性愛者や、フリーセックス主義者は、汚れた者であり、ますます、それを
行ってゆくのは、終わりの時代のしるしです。彼らは、この世代で、人の国が
終わることの象徴です。この時代に、キリストが再臨し、キリストによる義人を
救い出されます。


 また、無節操な者たちの好色なふるまいによって悩まされていた義人ロトを
救い出されました。というのは、この義人は、彼らの間に住んでいましたが、
不法な行ないを見聞きして、日々その正しい心を痛めていたからです。
(2ペテロ2:7)



3 正しい者はいよいよ正しいことを行う


 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、
行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くため
に来たのです。」(マタイ9:13)


 全ての人は、神の前に罪人であり、自分自身が罪人であることを認め、イエ
ス様のところに来て悔い改め、キリストと共に死に、キリストと共に復活し、聖
霊様と共に歩むことにより、唯一正しいお方、キリストが働かれ、いよいよ、キ
リストに働いていただいて、キリストの正しさが、その人を占有するでしょう。自
分自身や、他の人間ではなく、イエス様を信じきっているからです。


 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始ま
り信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとお
りです。(ローマ1:17)

 すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あ
なたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ま
せてあげましたか。いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、
裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。また、いつ、私たちは、あなたの
ご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』すると、王
は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、
これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わ
たしにしたのです。』(マタイ25:37-40)




聖徒はいよいよ聖なるものとされる (聖別)


 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。な
ぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださる
からです。(ローマ8:27)

 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたが
たにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生き
た供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ローマ12:1)


1 真理による聖別

 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。(ヨハネ17:17)


2 御言葉による聖別

 いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことば
は、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国
を継がせることができるのです。(使徒20:32)

 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよ
めて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなもの
の何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立た
せるためです。(エペソ5:26-27)


3 キリストを信じる信仰による聖別

 それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返
らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとさ
れた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』(使徒26:18)


4 聖霊によって聖別される

 それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から
恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果た
しています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入
れられる供え物とするためです。(ローマ15:16)


5 イエス・キリストの御名と聖霊によって聖別される

 あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエ
ス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖な
る者とされ、義と認められたのです。(1コリント6:11)

 平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。
主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがた
の霊、たましい、からだが完全に守られますように。(1テサロニケ5:23)


6 キリストの十字架の贖いによる聖別

 このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられ
たことにより、私たちは聖なるものとされているのです。(ヘブル10:10)

 キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全う
されたのです。(ヘブル10:14)

 ですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の
外で苦しみを受けられました。ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身
に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。(ヘブル13:12-13)


7 聖徒によって聖別される

 なぜなら、信者でない夫は妻によって聖められており、また、信者でない妻
も信者の夫によって聖められているからです。そうでなかったら、あなたがた
の子どもは汚れているわけです。ところが、現に聖いのです。(1コリント7:14)




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるた
めに、わたしの報いを携えて来る。(12節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。




わたしはすぐに来る(7節、12節、20節の三回)

すぐに

1 御言葉に聞くことを、すぐにする

 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。
私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです。愛する兄弟たち。あな
たがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語る
にはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。人の怒りは、神の義を実現するも
のではありません。(ヤコブ1:18-20)


2 悔い改めた者に対する、神の祝福は、すぐに来る

 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで(すぐに)一番良い着物を
持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつ
をはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おう
ではないか。(ルカ15:22-23)


 悔い改めは、神の恵みです。悔い改めた者に与えられる神の恵みは、即刻、
その日、その時からです。神は、多くのプレゼントを用意して、罪人が悔い改
めて、父である神に帰るように、と、待っておられるのです。



3 悔い改めない者への、神からの叱責も、すぐに来る

 だから、悔い改めなさい。もしそうしないなら、わたしは、すぐにあなたのとこ
ろに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう。(黙示録2:16)




報いを携えて来る

1 迫害された者への報い

 わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪
口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおど
りなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前
に来た預言者たちも、そのように迫害されました。(マタイ5:11-5:12)


2 敵を愛し、迫害者の救いを祈る者への報い

 自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられ
るあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人に
も太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。
取税人でも、同じことをしているではありませんか。(マタイ5:44b-46)


3 預言者、義人を受け入れる者への報い

 預言者を預言者だというので受け入れる者は、預言者の受ける報いを受け
ます。また、義人を義人だということで受け入れる者は、義人の受ける報いを
受けます。(マタイ10:41)


4 キリストの弟子たちに対する態度への報い

 あなたがたがキリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲
ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません。これは確かなことです。
(マルコ9:41)


5 隠された善行、隠された祈りへの報い

 あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないよう
にしなさい。あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見
ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタイ6:3-4)

 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をし
めて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で
見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタイ6:6)




しわざに応じて ( 行いに応じて:新共同訳 )

 「しわざ」と訳されているギリシャ語は、「行い」「わざ」「みわざ」とも訳されて
います。

 すると彼らはイエスに言った。「私たちは、神のわざを行なうために、何をす
べきでしょうか。」イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者
を信じること、それが神のわざです。」 (ヨハネ6:28-29)

 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの
行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが
父のもとに行くからです。(ヨハネ14:12)


 イエス様を信じる、それ自体が神のわざであり、イエス様を信じ、聖霊様を
受ける時、イエス様よりも大きいわざを行なうのは、聖霊様は、十字架、陰府
への降下、復活、昇天を経て、幾倍にも増し加わった恵みと権威を帯びた、
見えないキリストだからです。


 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配
する権威を与えよう。(黙示録2:26)




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであ
り、終わりである。」(13節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。



最初の (プロトス)・・先に、第一に


 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加
えて、これらのものはすべて与えられます。(マタイ6:33)

 イエス様は、何よりも、誰よりも、第一にするべきお方です。



最後の (エシャトス)・・最後の、後の、終わりの

 わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、
わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせること
です。(ヨハネ6:39)

 あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのとき
に現わされるように用意されている救いをいただくのです。(1ペテロ1:5)


 人の国が終わる時、神の国が始まります。
 キリストのもとに来て、古い人が終わる時、神プラス人の、新しい、神・人生
が始まります。聖霊により、神の国に生まれ、神の子とされたからです。



初め (アルケー)・・初め、支配、主権

 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。こ
の方は、初めに神とともにおられた。(ヨハネ1:1-2)


 すべての初めのお方、全被造物の創造者、救いの創始者である、イエス・キ
リストは、全宇宙、全被造物、全世界の主権者です。


 キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。そ
してあなたがたは、キリストにあって、満ち満ちているのです。キリストはすべ
ての支配と権威のかしらです。(コロサイ2:9-10)


 主の主、王の王である、イエス様が、私たちの心に、王として宿る時、私た
ちの戦いは、人を殺す武器による戦いではなく、人々を滅びに導く、サタンと、
悪霊に対する戦いになります。聖霊様のご臨在と、賜物によって、人々をサタ
ンから解放し、永遠の救いへと、神の国へと入国させるのです。人を憎まず、
人々の心を操り、滅びに導くサタンとの戦いです。


 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界
の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。(エペソ6:12)



終わり (テロス)・・終わり、最後、行き着く所、結果


 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてない
ようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではあ
りません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震
が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。
そのとき、人々は、あなたがたを苦しいめに会わせ、殺します。また、わたし
の名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。また、そのと
きは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎み合います。また、にせ預言
者が多く起こって、多くの人々を惑わします。不法がはびこるので、多くの人た
ちの愛は冷たくなります。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。この御
国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、
終わりの日が来ます。(マタイ24:6・・・14)


 人々が、憎み合い、殺し合う時代に突入しています。けれども、新エルサレ
ムの住人、聖霊様によってキリストを心に宿す人々は、どのような中にあって
も、憎しみの中には入りません。そして、平和の福音、神の国の福音を全世
界に宣べ伝えてゆくのです。聖霊様は、人々の心を守り、新エルサレムの中
を歩ませ、天使たちの守りの中、爆発的な、神の国の入国者を得て、滅びゆ
く世から、人々を救い上げてゆくのです。


 その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実
を得たでしょうか。それらのものの行き着く所は死です。しかし今は、罪から解
放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠
のいのちです。(ローマ6:21-22)

 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見て
はいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜
びにおどっています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ている
からです。(1ペテロ1:8-9)


 聖霊様を心に歓迎し、新エルサレムの心を得る時、どのような中にあっても
平安があります。

 もし、あなたが、周囲の誰かを恐れたり、何かを恐れるなら、あなたは、恐
れを心に歓迎することになります。恐れは、聖霊様からのものではありません。

 憎しみや、妬みや、良くない思い、全て、聖霊様からのものでは無く、サタン
からのものです。サタンを心から追い出し、聖霊様を歓迎しなければなりません。

 お金が無くて、伝道が出来ないと思いますか?その時あなたは、不信仰を、
心に歓迎しています。聖霊様を心に迎える時、それは、サタンの嘘であること
を学びます。必要なことは、キリストの御声に聞き従うこと、それだけです。全
ての必要は、あなたの、神への従順に対して、神が備えるのです。

 危険だから、伝道できないと思いますか?その時あなたは、不従順を心に
歓迎しているのです。もちろん、新エルサレムの心が無ければ、それは、自殺
行為です。しかし、キリストが語られたならば、ただ従うのです。その時、あな
たは、あなたの思いや予想を遥かに超えて、聖霊様が、人々の心を開き、変
えるのを見るのです。

 イエス様こそ、全ての人の、行き着くべき所、永遠の命、神の国であり、そこ
に、全ての必要と天使たちの守りが、すでに用意されているのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通っ
て都にはいれるようになる者は、幸いである。犬ども、魔術を行なう者、不品
行の者、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行なう者はみな、外に出され
る。(14-15節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。



自分の着物を洗う

 そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです。」と言った。すると、彼は私に
こう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊
の血で洗って、白くしたのです。(黙示録7:14)


 キリストの花嫁となるために、神は、患難の時代を通します。それは、新エ
ルサレムの心に整えられ、キリストの血で完全に潔められ、花嫁に相応しい
者となるためです。

 新エルサレムを、いつ、いかなる時も心に選び取るならば、暗闇の大患難
時代の中でも、光の中を歩み続け、永遠の滅びから人々を救う、神の国の福
音、永遠の命への門を開き続け、携挙と共に、門の閉じられる瞬間まで、滅
びゆく人々の救いを祈るのです。



着物・・長い衣

1 偽善者の長い衣

 イエスはその教えの中でこう言われた。「律法学者たちには気をつけなさい。
彼らは、長い衣をまとって歩き回ったり、広場であいさつされたりすることが大
好きで、また会堂の上席や、宴会の上座が大好きです。また、やもめの家を
食いつぶし、見えを飾るために長い祈りをします。こういう人たちは人一倍き
びしい罰を受けるのです。」(マルコ12:38-40)

 偽善者とは、いつも、人の目に、本物らしく演出する、単なる演技者です。う
そを、いかに本物と見せるか、いかに人々をだまして、自分の意図する方向
に人々を導くか、それが彼らの仕事です。



2 悔い改めた者に、神の与える長い衣


 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、
この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさ
い。(ルカ15:22)

 神は、いつでも心を見ます。どのような罪人であったとしても、自分の罪を認
め、心から、神のところへと立ち返る人々の心を、神は、決してないがしろにし
ません。それどころか、最高の衣、イエス・キリストという、『神の義の衣』を着
せ、数々の天の祝福で満たしてくれます。その祝福は、いつも神と共に歩み、
罪を犯さなかった聖徒たちが嫉妬するほどです。

 嫉妬した聖徒たちは、その心こそ、キリストを十字架につけた罪であること
を認め、悔い改め、神の愛に立ち返るならば、神は、彼らから、『自己義』の
衣を脱がせ、『神の義』の衣を着せ、天の数々の祝福で満たしてくれるのです。


 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、
行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くため
に来たのです。」(マタイ9:13)



3 殉教者に、神の与える長い白い衣

 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたが
たと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々
の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。(黙示録6:11)


 
4 患難を通った聖徒たちに、神の与える長い白い衣

 その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だ
れにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に
持って、御座と小羊との前に立っていた。(黙示録7:9)

 そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです。」と言った。すると、彼は私に
こう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊
の血で洗って、白くしたのです。だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼
も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの
上に幕屋を張られるのです。(黙示録7:14-15)




いのちの木の実を食べる権利 (命の木に対する権利:新共同訳)

権利・・特権、権威、力

1 イエス様の権威

 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地
においても、いっさいの権威が与えられています。(マタイ28:18)


2 イエス・キリストの御名を信じた者の権威、特権

 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神
の子どもとされる特権をお与えになった。(ヨハネ1:12)


3 キリストの弟子の権威

 イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から
落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵の
あらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加え
るものは何一つありません。だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するか
らといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされて
いることを喜びなさい。」(ルカ10:18-20)


4 二人の証人の権威

 この人たちは、預言をしている期間は雨が降らないように天を閉じる力を
持っており、また、水を血に変え、そのうえ、思うままに、何度でも、あらゆる
災害をもって地を打つ力を持っている。(黙示録11:6)



5 勝利者の権威

 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配
する権威を与えよう。(黙示録2:26)

 また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう
権威が彼らに与えられた。(黙示録20:4)


6 キリストの花嫁の権威

 自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って
都にはいれるようになる者は、幸いである。(黙22:14)







 また、十二の門は十二の真珠であった。どの門もそれぞれ一つの真珠から
できていた。都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった。(黙示録21:21)

 都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。
(黙示録21:25)


 新エルサレムの門は、真珠であり、試練、患難を通しての純化です。新エル
サレムの心は、試練を通して与えられます。人の守りでは与えられません。
神の守りと導き、実地訓練によってしか与えられません。



都に入る

 狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。
そして、そこからはいって行く者が多いのです。(マタイ7:13)


 悔い改めを好まない人々は、メディアの世界で誘導され、大きな滅びの門を
くぐり、反キリストを礼拝し、永遠の滅びに向かいます。

 キリストの御声を聞き分け、イエス・キリストという、狭い門から入ると、その
先は、永遠の御国への道が続いています。


 言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子
どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。(マタイ18:3)

 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御
霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。(ヨハネ3:5)


 悔い改めと新生、悔い改めの水のバプテスマと、新生の聖霊のバプテスマ
が必要です。



外に出される人々・・火と硫黄の池(地獄)に入れられる人々


 しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、
魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と
硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」(黙示録21:8)


犬ども・・・罪を悔い改めることも、聖霊を受けることもしない人々

 聖なるものを犬に与えてはいけません。また豚の前に、真珠を投げてはなり
ません。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたを引き裂くでしょうから。
(マタイ7:6)

 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶
像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩
酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今も
あなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の
国を相続することはありません。(ガラテヤ5:19-21)



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 「わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあな
たがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」
(16節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 「諸教会について」と訳されているギリシャ語は、「教会(複数)の上に」「教会
(複数)のために」「教会(複数)の中」で、新共同訳と口語訳では「諸教会のた
めに」 KJV やNKJVでは in the churches と訳されています。

 イエス様が、投獄中のヨハネに、御使いを遣わして、この書のメッセージを
与えて下さったのは、キリストの花嫁とされる教会が、サタンの欺きを見分け
て勝利し、勝利の花嫁として、永遠の御国を相続するためです。



ダビデの根、ダビデの子孫


 さらにまた、イザヤがこう言っています。「エッサイの根が起こる。異邦人を
治めるために立ち上がる方である。異邦人はこの方に望みをかける。」(ローマ15:12)

 エッサイはダビデ王の父ですが、その、エッサイのルーツは、受肉前のイエ
ス・キリスト、天地万物の創造者であり、その、エッサイの根である神が、人と
なって生まれて下さり、ダビデの子孫になって下さいました。


 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、聖
い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子と
して示された方、私たちの主イエス・キリストです。(ローマ1:3-4)

 私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみが
えったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。(2テモテ2:8)


 ダビデの根であるイエス様は、永遠の体で、御再臨されるのです。


 その日、エッサイの根は、国々の民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼の
いこう所は栄光に輝く。(イザヤ11:10)




輝く明けの明星

 勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配
する権威を与えよう。彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを
治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。また、
彼に明けの明星を与えよう。(黙示録2:26-28)

 イエス様は、輝く明けの明星です。

 暗黒の世から、暗闇の無い、夜の無い、新エルサレムへと導き入れて下さ
る救い主です。キリストと共にあるならば、もはや、夜はありません。いつでも、
キリストの光が照らすからです。それは、世が暗黒時代に突入しても、キリスト
のところに来るならば、いつでも昼なのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください。」と言い
なさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさ
い。(17節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 花嫁は、聖霊様と共に語ります。キリストの花嫁とは、聖霊様と共にあり、聖
霊様と共に歩み、聖霊様と共に語る人々だからです。見えないキリストであり、
キリストの目である聖霊様と共に花嫁は、見えるキリストの御再臨を待ち望む
人々です。そして、今、その、見えるキリストの御再臨が、間近であることを
知っています。


 「これを聞く者」と訳されているギリシャ語は「聞く者」です。すなわち、キリスト
の御声に聞き従う人々です。

 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、
わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」』(黙示録2:7)

 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸を
あけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわた
しとともに食事をする。 (黙示録3:20)

 見えないキリストである、聖霊様によって、キリストの御声に聞き従う人々も、
見えるキリストの御再臨を待ち望み、「来て下さい」と言いましょう。


渇く者

 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だ
れでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、
聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出
るようになる。」(ヨハネ7:37-38)


いのちの水をほしい者

ほしい・・望む、願う

 湖は吹きまくる強風に荒れ始めた。こうして、四、五キロメートルほどこぎ出
したころ、彼らは、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、
恐れた。しかし、イエスは彼らに言われた。「わたしだ。恐れることはない。」そ
れで彼らは、イエスを喜んで舟に迎えた。舟はほどなく目的の地に着いた。
(ヨハネ6:18-21)

 「喜んで舟に迎え入れた」をギリシャ語で読むと、「彼らは、願って、彼を舟に
迎えた」となります。

 イエス様は、問題の嵐の上を歩き、近づき、「恐れるな」と声をかけて下さっ
ています。私たちのすることは、イエス様が、その人生を共にして下さることを 
願い、舟に迎え入れることだけです。イエス様は、いのちの水、聖霊様を下さ 
り、私たちが求める限り、どこでも、いつでも、共にいて下さいます。








    ◇ ○  □  ○ ◇  □  ◇  ○ □  ○ ◇  □ 



 私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつ
け加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。
また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に
書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。
(18-19節)

 これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」
アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがすべての者とともにあ
るように。アーメン。(20-21節)


           




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

             ヨハネの黙示録 NO.18
   発行者  村上真理  http://www.d3.dion.ne.jp/~mary/
   明記が無いものは、新改訳聖書から引用しております

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。













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創刊日:2016-03-02  
最終発行日:  
発行周期:週刊  
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