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ヨハネの黙示録

今は終末の時代です。ヨハネの黙示録の御言葉に心を留め、永遠の御国を受け継ぐ幸いな者となりましょう!

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ヨハネの黙示録 NO.15

2016/06/18

。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 
 
        ヨハネの黙示録 NO.15  第19章
 
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
       
 この後、私は、天に大群衆の大きい声のようなものが、こう言うのを聞いた。
「ハレルヤ。救い、栄光、力は、われらの神のもの。神のさばきは真実で、
正しいからである。神は不品行によって地を汚した大淫婦をさばき、ご自分
のしもべたちの血の報復を彼女にされたからである。」彼らは再び言った。
「ハレルヤ。彼女の煙は永遠に立ち上る。」(1-3節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
   
    
 
 
 「ハレルヤ」とは、主なる神(ジェホバ)を賛美せよ、という意味です。この言
葉は、新約聖書では、この章でだけ使われています。旧約では、詩編などで
多く使われています。
 
 
 ハレルヤ。神の聖所で、神をほめたたえよ。御力の大空で、神をほめたた
えよ。(詩編150:1)
 
 
 天地創造以来、聖書に預言されてきた、神のご計画が完成される、その時
が到来し、復活携挙された、天の大群衆の、大讃美が始まりました。
 
 
 
 
 ところで、ジェホバとは誰でしょうか?
 
 
 初めに、神(エロヒム)が天と地を創造した。(創世記1:1)
 
 
 
 聖書の最初の御言葉であり、天地万物の創造神は、エロヒムであり、複数
形が使われていますが、動詞は単数形ですから、神はおひとりです。
 
 
 
 その後、神である主(ジェホバ・エロヒム)は、土地のちりで人を形造り、その
鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。(創世記2:7)
 
 
 創造神であるエロヒムが、主なる神・ジェホバなのです。
 
 
 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。こ
の方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られ
た。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。(ヨハネ1:1-3)
 
 
 ジェホバ・エロヒムは、イエス・キリストのことです。
 
 
 そして神(エロヒム)は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人
を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはう
すべてのものを支配させよう。」と仰せられた。神(エロヒム)はこのように、人
をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを
創造された。(創世記1:26-27)
 
 
 人は神のかたち、すなわち、イエス・キリストのかたちに造られました。
 
 
 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなた
がたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおら
れるためにです。その方は、真理の御霊です。・・・「だれでもわたしを愛する
人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、
わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。(ヨハネ14:16・・・23)
 
 
 父・子・聖霊である、ジェホバ・エロヒム、イエス・キリストが、その心に住むこ
とによって、人は、失われた神のかたちに回復し、永遠の救いを得ます。サタ
ンによって奪われた、永遠の命が回復するのです。
 
 
 これは、キリストが過越しの小羊として十字架の贖いの死を遂げ、復活、昇
天し、ペンテコステの日に聖霊が注がれたことによって、もたらされた、新しい
契約です。
 
 
 ペンテコステの日は、イスラエルの民が、過越しの小羊によって出エジプトし
た後、荒野のシナイ山にて、モーセを通して律法が与えられた日でもありす。
 
 
 律法は、イエス・キリストによって、新しい契約の時代に入るまでの養育係で
した。
 
 
 そして、ペンテコステによって注がれた聖霊は、イエス・キリストの再臨に至
るまでの導き手、新しい契約の律法であり、心に書かれた律法、イエス・キリ
ストご自身です。
 
 
 
 
 あなたがたが私たちの奉仕によるキリストの手紙であり、墨によってではな
く、生ける神の御霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれ
たものであることが明らかだからです。(2コリント3:3)
 
 
 
 キリストによってもたらされた、新契約の律法は、聖霊様であって、この方
が、罪からも、様々な問題からも、又、来るべき、神の怒りの日からも完全に
守り、導き、復活・携挙によって、完全な救いを与えて下さるお方です。
 
 すなわち、聖霊様と共に歩んでいるか否か、これが律法となり、救いと滅び
を分けるのです。
 
 
 あなたが、聖霊様を歓迎し、聖霊に導かれるならば、人も、神も、律法も、
様々な教えも、もはやあなたを裁く効力を失います。また、あなたを、どのよう
な問題が取り囲んでも、神はあなたを守り、備え、導きます。あなたの中に神
が生き、あなたを通して、神ご自身が働かれるゆえです。
 
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 すると、二十四人の長老と四つの生き物はひれ伏し、御座についておられ
る神を拝んで、「アーメン。ハレルヤ。」と言った。また、御座から声が出て言っ
た。「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者
たちよ。われらの神を賛美せよ。」(4-5節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 神を恐れかしこむ(畏れる:新共同訳)者とは、神を第一とし、人を恐れず、
神のみを畏れ、従う人々です。
 
 
 
 からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そ
んなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐
れなさい。(マタイ10:26)
 
 
 
 最も恐れるべきお方は、主である神、イエス・キリスト様です。ですから、私
たちは、聖霊様と共に歩み、その御声、導きに従うならば、恐れは無いばかり
か、大いなる喜びとともに、勝利から勝利へと進み、携挙の時、天に引き上げ
られてゆきます。
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うの
を聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主 (キュリオ
ス・ホ・セオス:ギリシャ語) は王となられた。(6節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 われらの「神である主」は、ギリシャ語で「キュリオス・ホ・セオス」で、この、
「神である主」は、王となられたイエス・キリストです。
 
 
 
 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。
われらの神である主(キュリオス・ホ・セオス)は、唯一の主である。(マルコ12:29)
 
 申命記では、キュリオス・ホ・セオスは、ジェホバ・エロヒムです。
 
 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主(ジェホバ・エロヒヌ)はただひ
とりである。"(申命記6:4)
 
 
 「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、
主(ジェホバ・エロヒカ)である。(出エジプト20:2)
 
 
 
 イエス・キリスト様が、天地万物を創造した、イスラエルの唯一の神、出エジ
プトを導いた救い主、モーセに律法を授けた、主なる神です。
 
 
 
 
 
 イエス・キリストの御名の中で、聖霊様は来られます。 
 
 
  しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によって(名の中で:ギリシャ語)
お遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあ
なたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネ福音書14:26)
 
 
 だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わた
しの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに
住みます。(ヨハネ14:23)
 
 
 
 「エロヒム」と、複数で表現される主なる神は、その動詞は単数でありました
が、ここでは、「来て」「住む」は複数形になっています。
 
 神はおひとり、とは、聖霊による一です。聖霊様の中に、父と子はおられ、
天上と地上にあっても、子の中に父がおられ(ヨハネ14:10)、唯一の神とする
ばかりでなく、全ての、聖霊にある聖徒を一つにし、その心にキリストが住ま
れ、キリストが働かれ、キリストとの結婚により、ひとりのキリストの体に造り、
神殿、新エルサレム、キリストの王国とします。
 
 
 
 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。あなたがたは、人を
再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊
を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。(ローマ8:14-15)
 
 そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御
霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。(ガラテヤ4:6)
 
 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。
(1コリント12:27)
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 私たちは喜び楽しみ (喜び、大いに喜び:共同訳)、神をほめたたえよう。小
羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、
きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行な
いである。」(7-8節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 キリストの花嫁は、復活・携挙によって、空中に引き上げられ、聖霊により、
一人のキリストの体となる、キリストとの結婚の時を迎え、大いなる喜びの時と
なります。
 
 
 
 
  聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠って
しまうのではなく、みな変えられるのです。終わりのラッパとともに、たちまち、
一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私た
ちは変えられるのです。(1コリント15:51-52)
 
 
 
 「人間消失」のようにではなく、朽ちない体に一瞬にして変えられた後、引き
上げられてゆくのです。イエス様が昇天した時のようにです。
 
 
 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身
天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみが
えり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙
に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまで
も主とともにいることになります。(1テサロニケ4:16-17)
 
 
 
 
 
 こういうわけで、ちょうど一つの違反によってすべての人が罪に定められた
のと同様に、一つの義の行為によってすべての人が義と認められて、いのち
を与えられるのです。(ローマ5:18)
 
 
 「一つの義の行為」と訳されているギリシャ語は「一つの義」です。
 
 そして、「聖徒たちの正しい行ない」と訳されているギリシャ語は「聖徒たちの
義」で複数形ですが、彼らの着る衣は単数形です。
 
 
 
 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求
が全うされるためなのです。(ローマ8:4)
 
 
 「律法の要求」はギリシャ語では「律法の義(単数形)」となっています。
 「成就(全う)された律法の義」とは、イエス・キリストのことです。
 
 
 
 「一つの義」とは、イエス・キリストのことです。「聖徒たちの義」(複数)とは、
キリストを信じ、聖霊様と共に歩む、一人一人のことで、彼らの着る衣(単数)
は、ひとりのキリストであり、「成就された律法の義」であり、こうして、一つの
キリストの体になります。
 
 
 
 キリストを信じ、聖霊様と共に歩む人々は、「神の義」である、「成就された律
法の義」、キリストの光で輝く、きよい麻布の衣、イエス・キリストを着せられ
て、ひとりの神・人となるのです。これが、キリストとの結婚です。
 
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい。」と言い、
また、「これは神の真実のことばです。」と言った。そこで、私は彼を拝もうとし
て、その足もとにひれ伏した。すると、彼は私に言った。「いけません。私は、
あなたや、イエスのあかしを堅く保っているあなたの兄弟たちと同じしもべで
す。神を拝みなさい。イエスのあかしは預言の霊です。」(9-10節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 復活・携挙によって、聖霊様によって、キリストとの婚姻が空中でなされた後、
ハルマゲドンの戦いで、イスラエルを滅ぼすために集まる、連合軍を打ち破っ
た後、地上でもたれる婚宴に招かれる人々とは、携挙された花嫁とは別の人々
ですが、イエス様の御心を行った人々です。
 
 
 人の子が、その栄光を帯びて、すべての御使いたちを伴って来るとき、人の
子はその栄光の位に着きます。そして、すべての国々の民が、その御前に集
められます。彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、羊を
自分の右に、山羊を左に置きます。そうして、王は、その右にいる者たちに言
います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがた
のために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であった
とき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わ
たしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る
物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、
わたしをたずねてくれたからです。』(マタイ25:31-36)
 
 
 彼らは、モスリムであったかもしれません、仏教信者であったかもしれませ
ん、無宗教であったかもしれません。しかし、イエス様の御心を行っていました。
 
 
 ――律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないを
するばあいは、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。
彼らはこのようにして、律法の命じる行ないが彼らの心に書かれていることを
示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互
いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。 ――私の福音によれば、
神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日
に、行なわれるのです。(ローマ2:14-16)
 
 
 
 キリスト教を含め、宗教自体が偶像となってしまう危険性を帯びています。そ
れは、ローマ・カトリックや、ヒットラー時代のプロテスタント教会ばかりでなく、
宗教を行うことで、救われる、と信じることによって、その悲惨は起きます。
 
 たとえば、教会の集会に行き、奉仕活動をすれば救われる、とか、イスラム
教であれば、その教えに基づき、罪人を殺すことで救われる、などです。
 
 先日起こった、同性愛者のナイトクラブでの殺害事件は、実のところ、犯人
自身が、同性愛者であった、と、三か月間だけ妻であった女性が証言してい
ますが、この事実は、FBI が語ることを禁じたようです。なぜなら、反キリスト
は、同性愛を獣の像として、人々からの称賛を得させたいからです。
 
 
 ですから、この悲劇は、同性愛、という行為が引き起こした、悪霊の世界で
の悲劇だったのです。彼はモスリムでしたが、悪霊に従うモスリムで、その悲
劇の中での出来事だったのです。
 
 
 この事件の反応として、いよいよ同性愛を正当化させる動きが出ています
が、それは、何が何でも、同性愛を普及させなければならない、という、焦り、
反キリストの出現が、すぐに起こされるゆえですが、このことこそ、自らを滅ぼ
し、世を滅ぼす罪の力なのです。
 
 
 
 その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤り
を認めさせます。(ヨハネ16:8)
 
 
 
 今は、恵みの時です。神の燃えるような罪への怒りと憎しみは、十字架の上
で、イエス・キリストご自身が受けて下さったのです。全ての人の救いの道は、
イエス・キリストのもとに来て、罪を悔い改め、キリストと共に死に、キリストと
共に復活し、聖霊様と共に歩むことによって、神の子として歩むことです。
 
 
 キリスト再臨によって、罪人に対する恵みの時代は終わります。今、悔い改
めなければ、間に合わない時が近づいているのです。
 
 
 この、恵みの時に、聖霊様と共に歩む人々が、花嫁となり、又、花嫁の婚宴
に招かれる人々となるのです。
 
 
 
 イスラム教は、ローマ・カトリックが、サタン礼拝者となったために、神の起こ
された宗教です。ローマ・カトリックに心を痛めていた人々を、キリスト再臨の
時まで、神が守っているのです。
 
 ですから、彼らの中の、聖霊様を愛する人々は、神の国に生まれたクリス
チャンとなっている人も少なくありません。ある伝道者は、多くのモスリムの
方々が、聖霊様によって、イエス・キリストのもとに来るビジョンを見ましたが、
今が、その時でしょう。
 
 
 聖霊様は、キリスト再臨までの、新しい神のおきて、律法であり、キリストご
自身でもあります。宗教を行うことにっては、神の国に入れませんが、聖霊様
を心に歓迎し、霊のキリストと共に歩む人々は、キリスト再臨によってもたらさ
れる神の国の、永遠の住民となるのです。
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、
「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。(11節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 イエス様が、人々の救いのために、開かれるものがあります。
 
 
1 天を開く
 
 こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天
が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。
(ヨハネ1:51)
 
 
 聖霊によって、人として生まれたイエス様は、罪が無いお方であられる故、
悔い改めの水のバプテスマを受ける必要が無かったのですが、人々の罪の
身代わりとなり、人々の代わりに、自らが「罪」とされるために、水のバプテス
マを受けられました。この時、天から降ってきた聖霊は、イエス様が、人々の
ための罪の身代わりとなり、罪の赦しと、聖霊による、新しい契約の時代へと
進ませるための、幾倍にも増し加わった降り注ぎでした。
 
 今、全ての人は、キリストを信じ、罪を悔い改め、水のバプテスマによって、
罪人であった自分に死に、キリストの義をいただいて復活し、聖霊を受け、神
の国に、神の子として生まれ、神と共に歩むことが出来ます。
 
 
2 目を開く
 
 
 弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれ
ついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。
神のわざがこの人に現われるためです。・・・ところで、イエスが泥を作って彼
の目をあけられたのは、安息日であった。(ヨハネ福音書9:2・・・14)
 
 
 不幸、と思われる出来事は、私たちの人生に起こります。しかし、キリストに
出会うならば、その「不幸」と思っていた事は、すべては「宝」に変えられます。
なぜなら、キリストと共にあるならば、全ては「良い」からです。
 
 お金も人を幸せにはしません。健康も人を幸せにしません。教育も人を幸せ
にしません。音楽も人々を幸せにしません。宗教も人々を幸せにしません。
 
 しかし、キリストに出会うならば、貧しさも祝福、病も、キリストの癒しを受け
る祝福となり、聖霊様が全ての真理へと導く教師となり、聖霊様によって生ま
れる神への賛美は、更なる祝福と守りへと導き、宗教ではなく、キリストと共に
生きる、神と共に過ごす安息の日は、特定の日だけではなく、毎日、いつで
も、どこでも、神の安息である、キリストの中にあり、全ての縛りから解き放た
れて、爆発的な神の国の拡大が、世界へともたらされてゆくのです。
 
 
 
3 心を開く
 
 
 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸を
あけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわた
しとともに食事をする。(黙示録3:20)
 
 
 イエス様は、私たちが、イエス様に開いていない扉をノックします。
 
 扉の奥の部屋は、この領域は、自分のためにとっておきたいもので一杯で、
それを手放すことは、悲しくつらいことに思えたのです。
 
 けれども、イエス様は、その、イエス様に開かない、心の扉を開くように、と、
ノックします。
 
 ついに、その扉を開き、イエス様に全てを明け渡す時、今まで、誰も経験し
なかった、新しい祝福、新しい導き、新しい道を、イエス様が開いて下さいます。
 
 イエス様に全てを明け渡して歩む道は、神と天使たちが共にいて、守り導い
てくれる、天への階段です。
 
 
 
4 道を開く
 
 また、フィラデルフィヤにある教会の御使いに書き送れ。『聖なる方、真実な
方、ダビデのかぎを持っている方、彼が開くとだれも閉じる者がなく、彼が閉じ
るとだれも開く者がない、その方がこう言われる。「わたしは、あなたの行ない
を知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前
に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのこ
とばを守り、わたしの名を否まなかったからである。(黙示録3:7-8)
 
 
 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかりま
す。たたきなさい。そうすれば開かれます。(マタイ7:7)
 
 
 イエス様に求めること、イエス様に従うことは、人は誰も閉じることの出来な
い門が開かれることでもあります。神の国の働きのためであり、人々の救い
のためです。
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、
「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。
その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだ
れも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その
名は「神のことば」と呼ばれた。(11-13節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 新約聖書で、「馬」が登場するのは黙示録だけです。
 
 封印を開く事によって現われた馬は、世界を支配するための四つの主義で
した。カトリシズム、資本主義、共産主義、イスラムです。
 
 そして、キリストの乗っている「白い馬」とは、神の国です。神の国が、キリス
トの御再臨によって地上にもたらされるのです。それは、白い雲のことです。
 
 
 また、私は見た。見よ。白い雲が起こり、その雲に人の子のような方が乗っ
ておられた。頭には金の冠をかぶり、手には鋭いかまを持っておられた。(黙示録14:14)
 
 
 暗闇に光を灯すと、灯されたところだけ、明るくなります。しかし、そうでない
ところは闇のままです。キリスト再臨直前は、世界のサタン礼拝者が増え、暗
闇が世界を覆います。聖霊様の光を持たない人々は、皆、闇に支配されます。
 
 しかし、光であるキリストと神の国が地上に降りてくると、全ての闇は消え去
り、光だけの世界となります。
 
 
 
イエス様について、ここに記されていることは、
 
1 忠実、真実
 
 そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるた
め、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。
それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。(ヘブル2:17)
 
 わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。(ヨハネ15:1)
 
 
 天地万物を造られた、ジェホバ・エロヒムであるイエス様は、聖霊によって、
人として生まれて下さったのは、アダム以来、失われた神のかたちを回復す
るためでした。
 
 神のかたちの失われた人々の心の傷を知り、裁きではなく、癒し、赦し、罪
と律法の呪いとサタンから解放するため、自らが罪の身代わりとなり、十字架
で死なれ、贖いを成し遂げ、復活、昇天し、聖霊を注ぎ、神のかたちと、神の
祝福を回復して下さいました。
 
 
 
2 義をもって(義の中で:ギリシャ語)裁き、戦う
 
 その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤り
を認めさせます。(ヨハネ16:8)
 
 聖霊様は、キリストが復活・昇天された後、弟子たちに注がれた時から、キ
リスト再臨までの、心に書かれる律法であり、それは、心に住まれるイエス様
です。その、イエス様が、御再臨される時は、聖霊様によって示した、「神の
義」の中で裁きます。
 
 
 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは
御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためであ
る。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって
世が救われるためである。(ヨハネ3:16-17)
 
 
  イエス様を信じて「神の義」を得ている人々は、裁かれることはなく、自己
正当化の「自分の義」に立って、悔い改めず、キリストを信ぜず、「神の義」を
受けなかった人々は、神の怒りによって滅びる以外にありません。
 
 
 
3 目は燃える炎(火の炎:ギリシャ語)
 
 
 主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わた
したちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。
(2テサロニケ1:8 新共同訳)
 
 しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとってお
かれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。(2ペテロ3:7)
 
 また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、
不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされ
ています。(ユダ1:7)
 
 御座からいなずまと声と雷鳴が起こった。七つのともしびが御座の前で燃え
ていた。神の七つの御霊である。(黙示録4:5)
 
 
 イエス様の目は、聖霊様です。聖霊様は、天地万物至る所におられ、保って
おられます。そして、イエス様の御名で求める、すべての人へと遣わされる、
霊のキリストです。このお方は、全ての人の、隠された全てのこともご存知で、
キリストの再臨と共に、裁きを実行されます。
 
 
 
4 頭に多くの冠があり、彼以外、誰も知らない名前が書いてある
 
 この「冠」というギリシャ語は、三か所でのみ用いられ、それは「王冠」です。
 
 キリストの他に、王冠をかぶっていたのは、サタンの七つの頭(黙示録12:3)
と、反キリストの十の角(黙示録13:1)です。
 
 ですから、世界の最後の戦争は、王権の戦いです。
 
 神の国と人の国の戦いです。
 
 キリストの王国と、反キリストの王国の戦いです。
 
 サタンと反キリストは、複数の国、指導者に王冠を与えて、キリストと戦いま
すが、イエス様と花嫁は、サタンと反キリスト連合国は滅ぼされます。イエス様
は、おひとりで、多くの冠をかぶっておられるゆえです。
 
 イエス様が勝ち取った、数々の王冠は、あらゆる領域における、主の主、王
の王であるしるしです。愛の王冠、義の王冠、創造の王冠、裁きの王冠、救い
の王冠、憐みの王冠、聖さの王冠、知恵の王冠、配慮の王冠、真理の王冠、
備えの王冠、摂理の王冠、全知の王冠・・・。
 
 ありとあらゆる領域で、イエス・キリストは、勝利の王冠を得ておられます。
ゆえに、圧倒的な勝利となるのです。
 
 
 
5 血に染まった衣を着ている
 
 
 全ての人を、サタンと反キリストと、彼らの支配する罪と死と滅びの力から救
い出すために、十字架で流された、キリストの血潮は、信じる者と共に、完全
な勝利をおさめる力です。
 
 
 
6 「神のことば」と呼ばれた 
 
 
 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。こ
の方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られ
た。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にい
のちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。
やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ福音書1:1-5)
 
 
 キリストの御言葉で、天地万物は創造され、キリストの御言葉により、罪が
赦され、永遠の命が与えられ、病が癒され、問題が解決され、道が開かれ、
全ての人、全ての被造物は、神の最高傑作の尊いものとなり、キリストの御言
葉により、現在の天地は滅び、新天新地へと更新されます。
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従っ
た。この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方
は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の
激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」
という名が書かれていた。(14-16節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 天の軍勢とは、キリストとの婚姻を済ませた花嫁です(8節)。イエス様と、花
嫁の乗っていた白い馬は、白い雲であり、それは、聖霊様です。
 
 
 
 イエス様は、口から出る御言葉の剣によって、反キリスト軍を滅ぼされます。
 
 ここに使われている「剣」というギリシャ語は、新約聖書で、七カ所に使われ、
ルカ福音書一か所以外は、黙示録です。
 
 そして、六カ所は、すべて、キリストの御言葉のことを言っていますが、残り
の一か所は、イスラムの剣に使われています。
 
 
 そして見ていると、見よ、青白い馬が現れ、乗っている者の名は「死」とい
い、これに陰府が従っていた。彼らには、地上の四分の一を支配し、剣と飢饉
と死をもって、更に地上の野獣で人を滅ぼす権威が与えられた。(黙示録6:8 新共同訳)
 
 
 
 イエス様の御言葉の剣での戦いの後には、神の御国が続いていますが、イ
スラムの剣には、陰府が従っています。
 
 これは第四の封印が開かれた結果の、イスラム支配のことで、その後に、
第五の封印が開かれる、大患難時代が続いています。
 
 
 
 第六のラッパが吹き鳴らされると、ユーフラテス川流域から第三次世界大戦
が始まりまり、世界の1/3の人間が死滅します。これは、恐らく、イスラムの中
の、ISISによって引き起こされるのでしょう。今、すでに、その中に世界は突入
しています。
 
 この、死滅する1/3が、文字通りの数なのか、私には断言できませんが、断
言できることは、第三次大戦の後の世界の人々は2/3=0.666・・・ となり、反
キリストの王国の支配、大患難時代が始まる、ということです。
 
 ひょっとしたら、ISISの出現した2014年に、第六のラッパが吹かれたかも知れ
ない、とも思われるのです。近年の、同性愛者養護の動きや、地球温暖化を
理由に炭素税によって、富や権力を国連に集中させる、ナチス政権が復興し
つつあるからです。国連やグローバリストは、世界中の人々を騙して国連の
温暖化政策(炭素税や地球政治)を世界に押し付け、世界に国連主義体制を
敷き、反キリストを王座につかせようとしているからです。 
 
 
 そして、大患難時代の終わりに、反キリスト連合軍は、イスラエルを絶滅しよ
うと、攻めてきますが、イエス様は、その、怒りの酒ぶねを踏まれ、神の敵を
完全に滅ぼします。
 
 
 
 しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡
が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。いなかにいる者たちは、都に
はいってはいけません。これは、書かれているすべてのことが成就する報復
の日だからです。その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。こ
の地に大きな苦難が臨み、この民に御怒りが臨むからです。人々は、剣の刃
に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれ、異邦人の時の終わるま
で、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます。(ルカ21:20-24)
 
 
 この預言は、ローマ軍が、AD70年に、エルサレムを破壊したことによって成
就し、イスラエル国家は消滅し、ユダヤ人は世界中へ離散してゆきました。
 
 それは、キリストを拒んだユダヤ人への、神の御怒りであった、と聖書は
語っています。一方、聖霊様によって、神の国に生まれたメシアニック・ジュー
は、いよいよ聖霊に満たされ、神の国の福音を宣べ伝えながら、神の国を拡
大してゆきました。
 
 イスラエル国家は1948年に復興しましたが、その復興は、国連決議によるも
ので、反キリストによるものですから、今でも、国連が主権を握っています。
その故、反キリストの意向により、パレスチナとイスラエルの二国家共存によ
る中東和平交渉が成立されると、互いの宗教を認める象徴になる、ユダヤ教
第三神殿が、神殿の丘に建設され、それが完成し、動物犠牲が捧げられると、
反キリストが、その神殿に現れ、自らをメシア(キリスト)、神と宣言する、大患
難時代が始まります。
 
 
 預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に
立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)そのときは、ユダヤにい
る人々は山へ逃げなさい。・・・その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持
つ女です。ただ、あなたがたの逃げるのが、冬や安息日にならぬよう祈りなさ
い。そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったよう
な、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。(マタイ24:15-21)
 
 
 「ユダヤ」は、現在、西岸地区と呼ばれる地域のことで、ベツレヘムでは、ダ
ビデ王も、人としてのイエス様も生まれました。
 
 
 1967年の中東戦争(6日戦争)で、アラブ連合軍の大軍に、少数のイスラエ
ル軍により、大勝利し、シナイ半島、エルサレム、西岸地区、ゴラン高原を、
占領下におさめました。彼らと共に、神が戦われたからです。神の御心が、イ
スラエルの上にあったからです。
 
 しかし、神の主権を認めない、反キリスト主権の、国連仲介の和平交渉によ
り、シナイ半島からイスラエルは撤退し、又、今、成立しようとしている中東和
平交渉が締結すると、西岸地区は、パレスチナ人の主権国家となり、エルサ
レムの分割も要求されます。
 
 
 こうして、大患難時代、西岸地区が、国連軍により、攻撃を受け、最後にエ
ルサレムを包囲しますが、その時、キリストと花嫁が、神の国の臨在と共に地
上に降りてきて、反キリスト軍は、一瞬にして絶滅します。それは六日戦争の
奇跡的勝利によって、神の御力の、ほんの一部の現れではなく、完全な神の
現れ、神の国の到来ですから、もはや、反キリスト勢力が頭をもたげることの
ない、完全な神の支配、統治の時代が回復するのです。アダム以来失われた
神の国の回復です。
 
 
 主は初めに、ユダの天幕を救われる。それは、ダビデの家の栄えと、エル
サレムの住民の栄えとが、ユダ以上に大きくならないためである。その日、主
は、エルサレムの住民をかばわれる。・・・ダビデの家は神のようになり、彼ら
の先頭に立つ主の使いのようになる。その日、わたしは、エルサレムに攻め
て来るすべての国々を捜して滅ぼそう。わたしは、ダビデの家とエルサレムの
住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わ
たしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失っ
て激しく泣くように、その者のために激しく泣く。(ゼカリヤ書12:7・・・10)
 
 
 最初に、西岸地区が攻撃を受け、多くはエルサレムに逃げることでしょう。エ
ルサレムに苦難がありますが、その額に、聖霊の印を押されたユダヤ人は、
皆、再臨のイエス様に出会い、救われます。(黙示録7:4)
 
 西岸地区から逃げてきた、ユダヤ人が、先に、霊のキリスト、聖霊様によっ
てキリストに出会い救われ、大患難時代の大リバイバルとなり、再臨の主を迎
えるのです。
 
 
 見よ。主の日が来る。その日、あなたから分捕った物が、あなたの中で分け
られる。わたしは、すべての国々を集めて、エルサレムを攻めさせる。町は取
られ、家々は略奪され、婦女は犯される。町の半分は捕囚となって出て行く。
しかし、残りの民は町から断ち滅ぼされない。主が出て来られる。決戦の日に
戦うように、それらの国々と戦われる。その日、主の足は、エルサレムの東に
面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真中で二つに裂け、東西
に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ
移る。(ゼカリヤ書14:1-4)
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で
叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、王の肉、
千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、
小さい者と大きい者の肉を食べよ。」(17-18節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 反キリスト軍の大軍が絶滅し、その肉は、肉食の鳥たちや、野の獣たちに
とっては、大宴会です。
 
 
 「人の子よ。ゴグに向かって預言して言え。神である主はこう仰せられる。メ
シェクとトバルの大首長であるゴグよ。わたしはあなたに立ち向かう。わたし
はあなたを引き回し、あなたを押しやり、北の果てから上らせ、イスラエルの
山々に連れて来る。あなたの左手から弓をたたき落とし、右手から矢を落と
す。あなたと、あなたのすべての部隊、あなたの率いる国々の民は、イスラエ
ルの山々に倒れ、わたしはあなたをあらゆる種類の猛禽や野獣のえじきとす
る。(エゼキエル39:1-4)
 
 
 神である主はこう仰せられる。人の子よ。あらゆる種類の鳥と、あらゆる野
の獣に言え。集まって来い。わたしがおまえたちのために切り殺した者、イス
ラエルの山々の上にある多くの切り殺された者に、四方から集まって来い。お
まえたちはその肉を食べ、その血を飲め。勇士たちの肉を食べ、国の君主た
ちの血を飲め。雄羊、子羊、雄やぎ、雄牛、すべてバシャンの肥えたものをそ
うせよ。わたしがおまえたちのために切り殺したものの脂肪を飽きるほど食べ、
その血を酔うほど飲むがよい。おまえたちはわたしの食卓で、馬や、騎手や、
勇士や、すべての戦士に食べ飽きる。――神である主の御告げ。――
(エゼキエル39:17-20)
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢
と戦いを交えるのを見た。すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行
ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わした
あのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の
燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。残りの者たちも、馬に乗っ
た方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほど
に食べた。(19-21節)
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。
 
 
 
 世界で起こされる、残り二つの世界大戦は、いずれも、主権者を誰にする
か、誰に忠誠を誓うか、の戦いです。
 
 第三次世界大戦は、ISISに忠誠を誓うか、国連に忠誠を誓うか、の戦いで、
国連軍が勝利し、その後、世界は、反キリストと国連に忠誠を誓わない者を
殺す、大患難時代となります。
 
 世界の最後の戦いは、反キリストに忠誠を誓う者と、聖霊様によって、イエ
ス・キリストに忠誠を誓う者との戦いです。
 
 反キリスト側は、人間の最先端技術の武器をもって戦いますが、イエス様に
従う花嫁は、人を殺す武器ではなく、人々を永遠の滅びと、反キリストの奴隷
から救う、聖霊様というお方によって戦います。彼らではなく、イエス・キリスト
と、天の軍勢が戦われるので、彼らは、ただ、聖霊様の導きに従うだけで勝
利します。
 
 復活・携挙された花嫁と、キリストが地上に降りてくると、一瞬にして、圧倒
的な勝利となり、人の国の政府は終わりを遂げ、神の国の統治が、世界に始
まります。反キリストと偽預言者は、即刻、火と硫黄の池(地獄)に投げ入れら
れます。
 
 
 
 
 その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が
始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、
その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる。地のち
りの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのち
に、ある者はそしりと永遠の忌みに。(ダニエル12:1-2)
 
 その日には、エルサレムから湧き水が流れ出て、その半分は東の海に、他
の半分は西の海に流れ、夏にも冬にも、それは流れる。主は地のすべての王
となられる。その日には、主はただひとり、御名もただ一つとなる。(ゼカリヤ書14:8-9)
 
 
 
 
 その時、父であられ、子であられ、聖霊であられる、主なる神はひとり、その
御名も、イエス・キリストだけになります。
 
 
 
 
 
 
。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。
 
             ヨハネの黙示録 NO.15
   発行者  村上真理  http://www.d3.dion.ne.jp/~mary/
   明記が無いものは、新改訳聖書から引用しております
 
。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。











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創刊日:2016-03-02  
最終発行日:  
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