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ヨハネの黙示録

今は終末の時代です。ヨハネの黙示録の御言葉に心を留め、永遠の御国を受け継ぐ幸いな者となりましょう!

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ヨハネの黙示録 NO.2

2016/03/17

。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。



         ヨハネの黙示録 NO.2  第2-3章


。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 エペソにある教会の御使いに書き送れ。『右手に七つの星を持つ方、
七つの金の燭台の間を歩く方が言われる。 「わたしは、あなたの行ない
とあなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが、悪い者たちをがま
んすることができず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちをため
して、その偽りを見抜いたことも知っている。あなたはよく忍耐して、わた
しの名のために耐え忍び、疲れたことがなかった。 (2章1-3節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 イエス様のメッセージは、当時、多くあった教会の中の、七つの地域教
会へのものでした。幕屋の中の燭台は、七つの枝の一つの燭台であっ
たように、それは、地域、時代を越えて存在する、神の国の、七つで、た
だ一つの教会です。

 教会の御使いとは、イエス様の右の手の中に握られている、その教会
の、全ての兄弟姉妹です。御使いangel と単数ですが、キリストと心を一
つにする兄弟姉妹は、ただ一人の花嫁である、神の国の教会である、と、
イエス様は見ているのです。

 使徒たちの時代から今に至るまで、イエス様の手に握られていない働
き人が 存在します。それは、イエス様とは何の交わりもない、偽の働き
人、組織、教 団、教会、偽クリスチャンです。

 エペソの教会の、兄弟姉妹に、イエス様は、ご自分の右手に握ってい
ること を心に刻ませます。右側とは、神の国の側です。神の国の教会
に属していること、そして、その教会の間を、イエス様が歩いておられ
ることを心に刻ませま す。彼らの教師も、指導者も、父も、主イエス・
キリスト様です。使徒たちも、兄弟の一人にすぎません(マタイ23:8-10)。
このような彼らは、偽りを見抜くことができるのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れ
てしまった。それで、あなたは、どこから落ちたかを思い出し、悔い改め
て、初めの行ないをしなさい。もしそうでなく、悔い改めることをしないなら
ば、わたしは、あなたのところに行って、あなたの燭台をその置かれた
所から取りはずしてしまおう。(2章4-5節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 神の国の教会は、キリストの花嫁ですから、主イエス様と愛し合う関係
です。聖霊様は、天上のキリストご自身、見えないキリストのかたち、す
なわち、アダム以来、全人類が失った神のかたちでもありますから、聖
霊様に満たされる時、人は神のかたちに回復し、ご自身との交わりに
よって、そうしてくださったイエス様への尽くしえない愛に満たされつつ、
教えと導き、備えを日ごとにいただくのです。

 ですから、花嫁は、愛するゆえに、キリストの御言葉に従い、愛するゆ
えに、どのような時も、共にいることを願うのです。

 もし、花嫁に、キリストへの愛が無くなったら、互いに結婚したいとは思
わないでしょう。そして、それは、単なる、自己満足の宗教へと転落し、イ
エス様から婚約破棄されてしまい、反キリストの同盟に連なり、永遠に滅
ぼされてしまうのです。ですから、心から悔い改め、最初の愛に戻る必要
があります。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々の行な
いを憎んでいる。わたしもそれを憎んでいる。 耳のある者は御霊が諸教
会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイ
スにあるいのちの木の実を食べさせよう。」』 (2章6-7節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 ニコライ派の人々は、イエス様の御言葉に従うのではなく、この世のシ
ステムを導入しました。イエス様は、使徒たちに、教師とも、先生とも呼
ばれてはいけないこと、地上の者を父と呼んではいけない(マタイ23:8-
10)と命じられましたが、ニコライ派は、教職者階級を、信徒階級と区別し、
地位を高くしました。このような人々も、ついには、反キリストと協力し、
永遠の滅びへと人々を導くのです。

 ですから、まず、教会の内側が、自分自身の内側が、聖霊様の火に
よって清められる必要があります。永遠の御国、永遠の命を受け継ぐの
は、キリストが全ての全てとなった勝利者たちです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、スミルナにある教会の御使いに書き送れ。『初めであり、終わり
である方、死んで、また生きた方が言われる。
 「わたしは、あなたの苦しみと貧しさとを知っている。──しかしあなた
は実際は富んでいる。──またユダヤ人だと自称しているが、実はそう
でなく、かえってサタンの会衆である人たちから、ののしられていることも
知っている。あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見
よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たち
を牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受け
る。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいの
ちの冠を与えよう。 (2章8-10節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 スミルナの教会は、多くの殉教者が生まれた教会です。イエス様がヨ
ハネに託したメッセージは、当時のスミルナの教会であるとともに、時代
を越え、地域を越えた、殉教者の兄弟姉妹へのものです。

 イエス様は、スミルナの教会の苦しみと貧しさを知っておられますが、
彼らは、実際には、満ち溢れていることを知っていました。それは、彼ら
は、キリストと親しい関係にあるからです。そして、キリストゆえの患難
は、彼らにとっては、キリストとの関係を深める至聖所であることを知っ
ていました。この世の人には、天の宝は見えず、理解することができま
せんが、スルミナの人々は、溢れるばかりの天の報酬を見て、喜んだの
です。

 ローマ皇帝ネロは自分でローマに火をつけ、町は大火となり、それを、
皇帝礼拝しないクリスチャンの罪に帰し、彼らは、競技場で、ライオンの
餌食とされました。しかし、ローマ市民の見世物にされながらライオンに
かみ殺される、その、数千人のクリスチャンは、イエス様への賛美を始
め、賛美を続けていると、イエス様が天に現れたのです。ネロが、彼らの
死体を見て回った時、彼らの顔は、皆、喜びに満ち溢れた笑顔だったの
です。彼らは、ライオンに食べられる前に、キリストを見、彼らの霊は、天
へと引き上げられたのです。

 彼らの殉教によって、聖霊様は、多くのローマ人の心を開き、あらゆる
階級の人々がクリスチャンになってゆきました。

 反キリストが現れる時、彼を礼拝しない、本物のクリスチャンは、サタン
の会衆からののしられ、殉教者となるでしょう。けれども、死に至るまで、
忠実な彼らを通して、爆発的なリバイバルが、反キリストの迫害を遥かに
しのいで、世界中に広がってゆくのです。キリストの再臨と、反キリストの
終わりが近いからです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る
者は、決して第二の死によってそこなわれることはない。」』 (2章11節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 全ての時代の殉教者たちは、キリストが空中に再臨される時、復活し、
その時生きている、携挙に相応しいキリストの花嫁も、復活の体に一瞬
にして変えられ、共に引き上げられ、キリストとの婚宴が始まります。そし
て、この、勝利者である花嫁は、イスラエルが、反キリストの連合軍の大
軍により滅ぼされようとするその時、地上に降りてきて、一瞬にして神の
敵を滅ぼし、イスラエルに、キリストを王とする王国が始まります。1000
年の後、全ての死者が復活し、行いによって裁かれ、命の書に名のない
人々は、第二の死である、火と硫黄の池(地獄)で、永遠に苦しむことに
なります(反キリストと、その時のローマ法王は、キリスト再臨時、すぐに、
そこに落とされます)。




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、ペルガモにある教会の御使いに書き送れ。『鋭い、両刃の剣を
持つ方がこう言われる。
 「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王
座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの忠実な証
人アンテパスがサタンの住むあなたがたのところで殺されたときでも、わ
たしに対する信仰を捨てなかった。 (2章12-13節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 ペルガモの教会は、この世と結婚した教会です。ここは、ローマ皇帝礼
拝の中心地であり、それはサタンの王座でした。皇帝礼拝を拒否し、殉
教する者もあり、忠実のように見えました。

 しかし、イエス様は、鋭い、両刃の剣を持つ者として語ります。全てをご
存知の主イエス様は、御言葉の剣で裁くお方として、この教会の中を歩
いておられるのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、あなたには少しばかり非難すべきことがある。あなたのうちに、
バラムの教えを奉じている人々がいる。バラムはバラクに教えて、イスラ
エルの人々の前に、つまずきの石を置き、偶像の神にささげた物を食べ
させ、また不品行を行なわせた。それと同じように、あなたのところにも
ニコライ派の教えを奉じている人々がいる。だから、悔い改めなさい。も
しそうしないなら、わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の
剣をもって彼らと戦おう。(2章14-16節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 この教会は、外面の敵からは勝利しましたが、内面の敵に対しては無
頓着で、教会の内側にサタンを歓迎しました。

 偶像礼拝、不品行、経済優先の教え、また、世の権力者からの意図に
よって語られた教えです。これは、悪霊、サタンの教えです。

 また、献金の奨励が、経済的必要から出たもの、例えば、ローマカト
リックの販売した免罪符、又、現代であれば、テレビ伝道費用の必要を
動機とした、神から出ない、逸脱した献金要請などです。ですから、教会
は、まず、内側の敵に勝利し、神の国と神の義を第一に求める、たとえ
必要が満たされなくても、神の語れと言われたことだけを語る必要があ
ります。そうすれば、イエス様は、人の思いを越えた、新たな扉を開き、
全ての必要を満たすのです。

 キリストの花嫁は、花婿の御声、聖霊様によって語られるメッセージの
みによって養われる必要があるからです。

 ニコライ派は、聖職者階級を導入しました。これは、この世のシステム
で、その働き人は、イエス様からの任命ではありません。イエス様の弟
子たちは、指導者とも、教師とも、父とも呼ばれるのを拒み、イエス様の
御言葉に従いました。イエス様を教師、指導者、父としていたからです。

 ですから、悔い改が必要です。そうでなければ、イエス様は、彼らの敵
となり、戦われるのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。わたしは勝
利を得る者に隠れたマナを与える。また、彼に白い石を与える。その石
には、それ を受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が書かれて
いる。」』(2章17節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 悔い改め、全ての、イエス様の御言葉と聖霊様の導きによらないもの
を除く時、イエス様ご自身が、彼らの導き手、供給者、教師として、日ごと
の食物、天のマナとなって下さり、約束の地へと入らせてくださいます。

 この白い石に書かれた新しい名は、命の書に、その名が記されたこと
のしるしで、神の国の住民であることの確証です。天に名の記された彼
らは、イエス様の御名の権威で、サタンを打ち砕く力が与えらています。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、テアテラにある教会の御使いに書き送れ。『燃える炎のような目
を持ち、その足は光り輝くしんちゅうのような、神の子が言われる。
 「わたしは、あなたの行ないとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知って
おり、また、あなたの近ごろの行ないが初めの行ないにまさっていること
も知っている。 (2章18-19節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 テアテラの教会は、ローマカトリックに代表される教会です。イエス様
は、燃える炎のような目、それは、御座の前で松明のように燃える聖霊
様で(黙示録4:5)、裁き清め、その足でサタンの業を破壊する神の子で
あることを強調します。

 愛がありました、信仰がありました、奉仕がありました、忍耐がありまし
た、それが熟達してきました。けれども、大きな病根を抱えているのです。


。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女
をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わた
しのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行なわせ、偶像の神にささ
げた物を食べさせている。わたしは悔い改める機会を与えたが、この女
は不品行を悔い改めようとしない。見よ。わたしは、この女を病の床に投
げ込もう。また、この女と姦淫を行なう者たちも、この女の行ないを離れ
て悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込もう。また、わたしは、こ
の女の子どもたちをも死病によって殺す。こうして全教会は、わたしが人
の思いと心を探る者であることを知るようになる。また、わたしは、あなた
がたの行ないに応じてひとりひとりに報いよう。(2章20-23節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 イゼベルとは、イスラエル王アハブの妻で、偶像礼拝をもたらすことに
よって、イスラエルを滅亡させた偽預言者です。

 イゼベルは、この世の権力者と結婚し、偶像礼拝をもたらすことによ
り、内部崩壊、そして、滅びへと導く偽預言者のことです。黙示録17章の
大淫婦のことです。反キリスト政府の上に載っている、偽預言者です。

 ローマ帝国は、クリスチャンの迫害、虐殺を続けましたが、そのような
中で、クリスチャンは増え続けましたが、皇帝コンスタンチヌスの時にな
り、迫害の時代は終わり、公認されました。しかし、これは、教会と、世の
支配者との結婚となり、イエス様を主権者とするのではなく、反キリスト、
この世の君を主権者とする、淫婦の教会時代に突入してしまったのです。

 使徒たちの時代は、会議の時は、必ず、聖霊様からの指示によって、
事を決めてゆきました。イエス様が、主権者であったからです。しかし、
この時代、皇帝を主権者とした宗教会議が何度も招集され、イエス様を
主権者とはしなかったのです。

 最初のニカイア会議で、三位一体論、そして、滴礼式の洗礼、父と子と
聖霊の名による洗礼方式が、キリスト教界に取り入れられ、今日の多く
の教会で採用されていますが、教会は、知識の木から食べてしまい、聖
霊の臨在を失ってしまいました。使徒たちは、イエス・キリストの御名によ
る、浸水式の水のバプテスマを授け、神学ではなく、全ての真理へ導く、
聖霊様、イエス様ご自身を与えたのです。

 ここから、教会(神の国の教会ではなく、人の国の教会)の暗黒時代が
始まり、ローマカトリックによる、不正や虐殺、教職売買、買春、又、父と
子と聖霊の名の滴礼式の洗礼を受けて改宗しない者の虐殺や追放、
十字軍遠征など、中世の暗黒時代となり、神は、神罰として、ペストによ
り、ヨーロッパ人口の3分の1を殺しました。現在、世界で起きている、想
定外の天災は、多くの場合、この世の君、反キリストに協力し従う、キリ
スト教や、宗教に対する、神の警告でもあるのです。

 このような教会は、黙示録18章で預言されている通り、反キリスト自身
から、大患難時代の終わりに、一瞬にして滅ぼされてしまうのです。




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、テアテラにいる人たちの中で、この教えを受け入れておらず、
彼らの言うサタンの深いところをまだ知っていないあなたがたに言う。わ
たしはあなた がたに、ほかの重荷を負わせない。ただ、あなたがたの
持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい。 勝利を
得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する
権威を与えよう。彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼ら
を治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じであ
る。また、彼に明けの明星を与えよう。耳のある者は御霊が諸教会に言
われることを聞きなさい。」』(2章24-29節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 マルチンルターの宗教改革が起こされ、多くの教会が、カトリックの束
縛から解放され、また、カトリック内部でも改革が起こされるなど、内面
の改革がなされた時代が訪れました。神が、その時にかなった改革者を
送り込んだのです。けれども、改革者の死後、教会は再び束縛の中に入
り、ヒットラーに協力し、ホロコースト政策に協力したのです。もし、教会
が、改革者や聖人崇拝に陥り、聖霊様、主イエス様を牧者、指導者とす
るに至らなければ、以前より悪い状態に陥ってしまうのです。(マタイ
12:45)

 ですから、更なる悔い改めにより、勝利を得る必要があります。勝利者
だけが、キリストの再臨と共に、キリストと共に、国々を治めるようになる
からです。常に、聖霊様の語られることに、耳を傾ける必要があります。




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、サルデスにある教会の御使いに書き送れ。『神の七つの御霊、
および七つの星を持つ方がこう言われる。「わたしは、あなたの行ないを
知っている。あなたは、生きているとされているが、実は死んでいる。目
をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わ
たしは、あなたの行ないが、わたしの神の御前に全うされたとは見てい
ない。だから、あなたがどのように受け、また聞いたのかを思い出しなさ
い。それを堅く守り、また悔い改めなさい。もし、目をさまさなければ、わ
たしは盗人のように来る。あなたには、わたしがいつあなたのところに来
るか、決してわからない。 (3章1-3節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 サルデスの教会は、復興された、残りの者(レムナント)です。この教会
に対して、イエス様は、ご自分の目である、全知全能の聖霊様を、そし
て、手の中に握っている教会であることに目を向けさせます。

 教会の内部から、信徒の心から悪霊が出て行きましたが、次のステッ
プ、改革へと導いた人物から、聖霊様、イエス様を指導者とするに至る
必要があります。そうでなければ、もっと悪い状態になってしまいます。
(マタイ12:45)

 現在ある、国連と、ローマ法王主導のもとでの、宗教統一、キリスト教
統一の動きは、カトリックもプロテスタントも、他の宗教も集められ、やが
て、反キリスト礼拝へと人々を導きますが、その反キリストによって大患
難時代の終わりに、滅ぼされてしまいます。

 イスラエルの民が、出エジプトの後、荒野で、雲の柱がとどまる時にと
どまり、出発する時に出発したように、教会は、常に、聖霊様の導きで、
新たな出発、滞在をしなければなりません。過去の経験によって対処し
たモーセも、約束の地に入れなかったのです (民数記20:7-12 )から、常
に、今、語られる、主の御声に聞き従い、聖霊様の動きに注意を払う必
要があります。

 現在、同性婚を認める法案が、国連の要請で、国々に浸透しつつあり
ます。これは、認めない教会、人々を、罪に定める法です。もうすでに、
反キリストの世界征服と迫害が始まっているのです。このため、同性婚
を認めた教会も少なくありません。

 聖霊様がおられず、造り変える愛と力をくれないのならば、この法は、
最大の配慮と愛でしょう。けれども、イエス様は、この罪を悔い改め、聖
霊様と共に、イエス様ご自身が同伴者となることによって、罪から解放
し、永遠の命を得させて下さるのです。もし、彼らが悔い改めず、法に
よって正当化されてしまうならば、彼らも、そして、この時代も、滅び去る
のです。

 伝道の始めの頃、メーリングリストに、ゲイの人が入ってきました。注
意して、彼の書き込みを読むと、聖霊様が、彼の心に働いているので
す。聖霊様は、心の傷を癒し、同伴者となることによって、彼らを罪から
解き放ち、共に死に、共に復活して、神の器、花嫁へと造り変え、幸いな
者にして下さるのです。その時、人々の心から、憎しみは去り、神への賛
美と感謝、永遠の命の喜び、そして、終わりの時の神の国への魂の大
収穫、大リバイバルの時となるのです。




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは
白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからで
ある。勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたし
は、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。わたしは彼
の名をわたしの父の御前と御使いたちの前で言い表わす。 (3章4-5節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 衣を汚さずに歩むためには、ペンテコステから再臨まで委任されてい
る、霊のキリスト、聖霊様と共に歩むことです。そして、このお方を主権
者とし、判断をゆだねることです。このお方は、どのような伝道者によっ
ても解き放つことのできない罪人たち(それは、すべての人です)を、十
字架のキリストへと導き、罪の赦しと新生を与えて下さる、唯一の教師、
指導者です。聖霊様は、人々の心を傷つけず、すべてを理解し、癒し、
愛しながら、一つずつ罪を取り除き、罪から解放して下さり、天の喜びで
満たしつつ、御心を行わせてくださるのです。

 こうして勝利を得る人々が、白い衣を着せられる、キリストの花嫁とな
り、命の書に名が記されるのです。そのような人々の祈りは、突然やって
来る天災からも、その滞在地を救うこともできるのです。




。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 また、フィラデルフィヤにある教会の御使いに書き送れ。『聖なる方、真
実な方、ダビデのかぎを持っている方、彼が開くとだれも閉じる者がな
く、彼が閉じるとだれも開く者がない、その方がこう言われる。「わたし
は、あなたの行ないを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることの
できない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しば
かりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったか
らである。 (3章7-8節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 フィラデルフィアの教会の人々に、イエス様は、誰も閉じられない扉を
開く者として現れます。それは、この教会の人々は、人にではなく、聖霊
様に、全てを聞き、判断、答えをいただいて、行動しているからです。こ
のような人々の扉が開かれているのは、天地万物の創造者、主権者、
解放者、救い主であられる、主イエス様の御声に聞き従い続けているか
らです。


。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しながら
実はそうでなくて、うそを言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。
彼らをあなたの足もとに来てひれ伏させ、わたしがあなたを愛しているこ
とを知らせる。(3章9節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 サタンは聖霊様を憎み、人々が聖霊様へと行かないようにとマインドコ
ントロールします。それは、聖霊様は、全ての真理へと導く、霊のキリスト、
キリストご自身でもあるからです。 サタンはもはや、聖霊様と共に歩む
人々をコントロールできないので、激しく憎みますが、キリストの再臨と共
に、サタンは縛られ、底なしの淵に閉じ込められるので、人々はサタンか
ら解放され、キリストを救い主と信じ救われるのです。それで、彼らの足
元に来てひれ伏すのです。サタンから解放され、救われたからです。
人々は感動と、救われた喜び、キリストの赦しの愛の前に、心からひれ
伏し、イエス様の僕として、自らを捧げるのです。



。。。。R o o E o o V o o E o o Lo o A o o T o o I o o O o o N 。。。。

 あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたし
も、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練
の時には(試練の時から:回復訳)、あなたを守ろう。わたしは、すぐに来
る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものを
しっかりと持っていなさい。勝利を得る者を、わたしの神の聖所の柱とし
よう。彼はもはや決して外に出て行くことはない。わたしは彼の上にわた
しの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、わたしの神のもとを出て天
から下って来る新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを書きしる
す。 (3章10-12節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。


 フィラデルヂア教会の兄弟姉妹は、大患難時代から守られます。それ
は、彼らは、すでに、サタンの会衆からの攻撃を受ける中で、キリストと
の関係を深め、勝利し、花嫁に相応しく整えられたからです。この教会
だけが、大患難の前に携え上げられる、と明言されています。これは、
初穂としての携挙です。他の教会の信徒の多くは、大患難の中で訓練さ
れ、花嫁に相応しく整えられた後の携挙、又は殉教を経た後の復活とな
るでしょう。

 彼らは、神学でも、教理でも、組織でもなく、イエス様を持っていたので
す。全ての真理、主権者であられる、イエス様を持っていたのです。イエ
ス様が、彼らの全てだったのです。キリストを愛するゆえに、御言葉に従
い、命じられれば、行き、命じられれば、出てゆき、命じられれば、留ま
り・・・、いつも、彼の御声、御言葉によって生きていたのです。

 彼らと共に勝利を得る人々は、来るべき永遠の御国において、都を支
える柱となります。

 イエス様の父の名と、イエス様の新しい名、それは、ひとつの御名です
(ゼカリヤ書14:9)。新エルサレムの名とは、キリストの花嫁である、神の
国の教会の新しい名です。名が新しくなることは、全く新しい始まり、サタ
ンの存在しない新天新地は、永遠の祝福の場所です。




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 また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである
方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言わ
れる。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、
熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口か
らあなたを吐き出そう。(3章14-16節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 現代の多くの教会が、この教会こに属しているようです。美しい教会堂
があるでしょう。善良な人々が、そこに集っているでしょう。奉仕も、問題
なくこなしているでしょう・・・。

 けれども、イエス様の御声を聞くために、一日の始めの時間を取ること
もなく、日々の導きを、真剣に祈り求めることもなく、集会の中では祈りを
しても、毎日の、イエス様と二人だけの祈りの時など、全く考えにない・・、
そんな、なまぬるい人々は、キリストの花嫁には相応しくありません。


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 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと
言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者である
ことを知らない。わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火
で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさ
ないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、
目に塗る目薬を買いなさい。わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめ
たりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。(3章17-19節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 何が、この教会をなまぬるくしたのか、それは、この世の富でしょう。こ
の世の富で満足し、信頼し、安心する時、神への愛、日々の導きの求
め、いつも共にいて下さることを求める愛は薄らいでゆくのです。

 そして、天の貯蓄がゼロであることに気付かないほど、盲目で、自分の
力で生きて、キリストの衣を着るのを忘れていたのです。ですから、神の
国の居住権を得るための代価を払い、神を見るための目薬を買う必要
があり、自己義を捨てて、神の義である、キリストを着る必要がありま
す。この、全ての代価は、イエス様の命によって支払われていますから、
あなたは、彼のもとに来て、それを求めることです。彼は、あなたの心を
求めているのです。

 イエス様は、愛するゆえ、試練を与えることでしょう。そして、試練の中
でしか見ることのできない、得ることのできない、神の下さる様々な宝
物、また、試練に打ち勝つための、聖霊の賜物一式を、用意して、訓練し、
ご自分と共に勝利者とならせて、花嫁に相応しく整えてくださるのです。



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 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞い
て戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事を
し、彼もわたしとともに食事をする。勝利を得る者を、わたしとともにわた
しの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに
父の御座に着いたのと同じである。(3章20-21節)

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。

 イエス様は、あなたの心の戸をたたいておられます。あなたが心を開
いて、このお方を、大切なあなたの主人としてお迎えしましょう。その時
から、イエス様は、あなたと食事を共にされ、あなたの同伴者として、生
活を共にしながら、勝利を得させて下さいます。

 そして、勝利者の座るところは、天の御座です。それも、主イエス様と
同じ天の御座、父と同じ御座に、共に座るのです!!




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                              ヨハネの黙示録 NO.2

         発行者   村上真理 http://www.d3.dion.ne.jp/~mary/

       明記が無いものは、新改訳聖書から引用しております

。。T o o O o o S o o A o o I o o N o o T o o J o o O o o H o o N 。。





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創刊日:2016-03-02  
最終発行日:  
発行周期:週刊  
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