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創刊日:2015-03-02  
最終発行日:2018-04-23  
発行周期:ほぼ日刊  
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4月23日号 而るに今臂を燒いて身具足したまわず 【薬王菩薩本事品第二十三】(六十九〜七十七行)

2018/04/23

4月23日号 而るに今臂を燒いて身具足したまわず 【薬王菩薩本事品第二十三】(六十九〜七十七行)
 
★★ きょうの謎!
 
その謎1:
 
一切衆生憙見菩薩は意外な世話を焼き過ぎたことでしょうか?
   
その謎2:
 
一切衆生憙見菩薩の突飛な思い付きの行動能力は感動というより意味不明な驚きというところでしょうか?
 
  
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
   
■第12-23日  Vol.324 
 
 而るに今臂を燒いて身具足したまわず
 
  【薬王菩薩本事品第二十三】(六十九〜七十七行)
  
   
■■今日の一偈一句     
   
 
 爾の時に諸 の菩薩・天・人・阿修羅等、其の臂なきを見て憂惱悲哀して、是の語を作さく、此の一切衆
 
 
 生憙見菩薩は是れ我等が師、我を?化したもう者なり。而るに今臂を燒いて身具足したまわず。時に一切
 
 
 衆生憙見菩薩、大衆の中に於て此誓言を立つ、我兩つの臂を捨てて必ず當に佛の金色の身を得べし。若し
 
 
 實にして虚しからずんば、我が兩つの臂をして還復すること故の如くならしめん。是の誓を作し已つて自
 
 
 然に還復しぬ。斯の菩薩の福徳・智慧の淳厚なるに由つて致す所なり。爾の時に當つて三千大千世界六種
 
 
 に震動し、天より寶華を雨らして、一切の天・人未曾有なることを得。 
    
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■  今 日 の 解 読 !  (苦)
___________________
   
その時に諸々の菩薩・天・人・阿修羅等、その一切衆生憙見菩薩の臂がないのを見て心を砕いて悲哀して、
 
この言葉を示した、この一切衆生憙見菩薩はこれ我等が師である、我を教化してくれた者である。それなの
 
に今臂を焼いて身体具足しておられない。瞬時に一切衆生憙見菩薩は、大衆の中に於てこの誓言を立てた、
 
我は両二本の臂を捨てでも必ず見事に佛の金色の身体を得て見せよう。もしこれが真実にして虚実でないこ
 
ととすれば、我がこの両二本の臂をもって元通りに還せることを実証の如く試して見せよう。この誓を示し
 
終わって自然に元通りに還らしめたのであった。この菩薩の福徳と智慧の淳厚(じゅんこう:人柄などが素
 
朴で、人情に厚いこと)なるによってこそ到れる境地であった。その時にあたって三千大千世界は六種に震
 
動し、天より宝華を雨らして、一切の天・人は真に未だ曾て有ること未然なることを得たのだった。
   
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
 
___________________
 
■■■■ 今 日 の 振 返 り !(脱)
___________________

   
神が創ったというこの星に私たち衆生は住んでいます。
この私たちが住むという権利は神が与えてくれたのでしょうか?
もしも神は単に独創的に創っただけであれば、そこに住もうとする私たちはそこへ勝手に住んでいるという
ことにもなっているのではないでしょうか?
 
その勝手な住み方について神の怒りがあるとすれば、その怒りを鎮める役割が佛信仰ということにもなり得
るように思えてきます。
この一切衆生憙見菩薩は神の信頼を勝ち得たいと念願するがために、どれほどの奉仕を施せば良いかを実行
し、その実行の熱意が佛信仰へと移行したのではないかと考えてみますと、元王家としては神信仰から始ま
っていたものと考えられますが、いつの頃からか佛信仰へと切り替わり、そのまま神への信仰習慣を忘れて
しまったり、そのままの習慣を佛信仰へただ当てはめたままの状態とも考えられます。
 
つまり、一切衆生憙見菩薩は神と佛の信仰の違いにさ迷っているのではないでしょうか?
そのさ迷いから一切衆生喜見菩薩を救済するには確かな佛法を身に付けさせなければならないということに
なっているかと思います。
それには先ず佛とは何であるかを知るには、百聞は一見に如かずということで、直接佛に遭って観るという
ことをいち早く一切衆生憙見菩薩は実行してきたわけです。
 
それを先に行なうという順序も最も適正だったということですが、それであってもその次に一切衆生憙見菩
薩は佛から離れて、居ないものとしての法華経の修行の段階へはまだまだ移行してはいなかったのです。
 
ただ法華経のことを佛から聞くという、ただ佛からの信頼と信仰という一筋の約束事と思い込み過ぎていた
ということでしょう。
このような一切衆生憙見菩薩の陥った修行の道の失敗は、同じ一筋の修行だけを長年間ひたすら貫いて繰り
返して持続するということだけだったことだと思います。
 
ところで、ただ率直に一途に突き進む尊さを信じるなら、その道の選択を誤ったならどこまでも真実のゴー
ルへは到達できません。
つまり、選択を間違えていたなら、どこかで強烈な進路変更の必要性にぶち当たる衝撃を得ると思います。
それが良かれと思えど鋭い痛みは生ずることだと思うのですが、一切衆生憙見菩薩はそこで思い切り決断判
断で自身の身体を捧げてしまうということを正しいと思い込んで、そのまままっすぐ突き進んでしまうのだ
と思います。
 
そして、そこで捧げた身体が元通りになろうと、それはその都度、進路変更の必要を生じた時点へ再び戻さ
れただけで、その時点での進路変更をまた求められているだけのことの繰り返しになってしまいますね。
 
この法華経には何故か本事品が二つありますね、この本事が一度だけでは終わらず、何度でも繰り返してい
るという事実を物語っているのではないでしょうか。
 
 
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。
末永くご愛読いただけますよう、今後とも何とぞよろしくお願いいたします。
  
 (ぶっけん成安田)
 
 ご予告: 明24日AM6時発行
 
 〜 今此の妙音菩薩摩訶薩是れなり 〜
 
【妙音菩薩品第二十四】(六十六〜七十行)
 
 です。 乞うご期待! それではまたね(^_-)-☆
  
  
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