名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第二十一章 結論 n.7

2018/12/21

 第二十一章 結論 n.7: 自制は必要だがブレーキの掛け方は要注意

 新しい道徳が,ビュリタニズム(清教徒主義)に基づく伝統的道徳と異なる
一般的な原理はこうである。即ち,(現代の)我々は,本能は抑える(thwart 
邪魔する)よりも訓練するべきであると信じている,ということである。この
ような一般的な言葉で表現すれば(Put in these general terms 接続詞の省
略),この見方は,現代の男女の間で非常に広く受け入れられるものであろう
が,こういった見方は,その意味するものを全て受け入れられるとともに,ご
く幼いときから適用された時にのみ(適用されて初めて),十分に妥当なものと
なる(のである)。もしも幼年期に,本能が訓練されずに抑えられるなら(妨
害されるなら),その結果として,その後の生涯ずっと,ある程度,抑え続け
ていかなくてはならないかもしれない。幼いころに抑えつけた結果,本能がき
わめて望ましくない形をとってしまっているからである。(take on 持つよう
になる;引き受ける)
 私が擁護(唱道)したい道徳は,成人や青年に向かって「自分の衝動に従い
,好きなようにしなさい」と言うことだけで成り立っているものではない。
(即ち,)人生には首尾一貫性がなければならない。すぐに利益にはならずま
た常に魅力的であるわけにいかない目的を目指して,切れ目のない努力をしな
ければならない。他人への思いやりも必要である。正直さ(rectitude)につ
いての一定の基準も必要である。
 けれども,私は,自制それ自体が目的であるとは考えていないし,我々の制
度や道徳的慣習は,自制の必要を最大限ではなく,最小限にするようなもので
あってほしい,と望んでいる。自制の効用は,列車のブレーキの効用に似てい
る。誤った方向に進んでいることに気づいたときには役に立つが,方向が正し
いときには害になるばかりである。列車は常にブレーキをかけたまま走るべき
だ,とは誰も主張しないだろうが,それでも,困難な自制をする習慣は,有用
な活動に利用すべきエネルギーに対して,非常によく似た有害な影響を及ぼす
(のである)。自制が原因となって,こうしたエネルギーの大部分が,外的な
活動ではなく,内的な摩擦(心的葛藤など)に浪費されることになる。こういう
わけで,自制は時には必要であるけれども,常に遺憾なものである。

Chapter 21: Conclusion, n.7

he general principle upon which the newer morality differs from the 
traditional morality of Puritanism is this : we believe that instinct
 should be trained rather than thwarted. Put in these general terms, 
the view is one which would win very wide acceptance among modern men 
and women, but it is one which is only fully valid when accepted with 
its full implications and applied from the earliest years. If in 
childhood instinct is thwarted rather than trained, the result may be 
that it has to be to some extent thwarted throughout later life, 
because it will have taken on highly undesirable forms as a result of
 thwarting in early years. The morality which I should advocate does
 not consist simply of saying to grown-up people or to adolescents: 
"Follow your impulses and do as you like." There has to be consistency
 in life; there has to be continuous effort directed to ends that are
 not immediately beneficial and not at every moment attractive; there
 has to be consideration for others; and there should be certain 
standards of rectitude. I should not, however, regard self-control as
 an end in itself, and I should wish our institutions and our moral 
conventions to be such as to make the need for self-control a minimum
 rather than a maximum. The use of self-control is like the use of 
brakes on a train. It is useful when you find yourself going in the 
wrong direction, but merely harmful when the direction is right. 
No one would maintain that a train ought always to be run with the 
brakes on, yet the habit of difficult self-control has a very similar
 injurious effect upon the energies available for useful activity. 
Self-control causes these energies to be largely wasted on internal 
friction instead of external activity ; and on this account it is 
always regrettable, though sometimes necessary.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM21-070.HTM

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