名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
読者と一緒に育てていきたいと思っています.


全て表示する >

ラッセル『結婚論』第二十章 人間の価値の中の性の位置 n.6

2018/12/05

 第二十章 人間の価値の中の性の位置 n.6: 

 包括的な性倫理は,性をただ単に自然な飢えであり,危険の潜在的源泉とみ
なすだけで済ますわけにいかない。この二つの見方はともに重要であるが,性
は人生における最上の財産のいくつかと結びついていることを想い出すこと
(記憶していること)の方がもっと重要である。最重要と思われる3つの財産
は,叙情的恋愛 (lyric love 感情豊かな恋愛),結婚の幸福,および芸術であ
る。(注:もちろん,性と関連のあるものについてだけあげている。) 叙情的
恋愛と結婚については,既に述べている。芸術は性と無関係だと考える人もい
るが,この見解の信奉者人は,今は,以前(昔)よりも少なくなっている。あ
らゆる種類の美的創造への衝動は,必ずしも直接的あるいは明白なかたちでは
ないにしても,心理的に見れば求愛(courtship)と結びついていることはかな
りあきらかである。だが,直接的でも明白でもないからと言って,それだけ結
びつきがより少ない,ということはない(のである)。

 性的衝動が芸術的表現をとるようになるためには,いくつかの条件が必要で
ある。まず,芸術的才能がなければならない。しかし,芸術的才能は,特定の
民族の内においても,ある時代には普通(凡庸)であり,別の時代には例外
(非凡)であるかのように思われる。このことから,生まれつきの才能に対立
するものとしての環境が,芸術的衝動の発達に重要な役割を演じている,とい
う結論を出すほうが安全である。(芸術家には)ある種の自由がなければなら
ないが,それは,芸術家に報酬を与えることを趣旨とする種類の自由ではなく
,芸術家を強いたり勧めたりして,彼を俗物(ペリシテ人)にしてしまうよう
な習慣に追いやらないことを趣旨とする種類の自由である。

 ユリウス二世(注:ローマ教皇)がミケランジュロを拘束した時,彼は,芸
術家が必要とする種類の自由は一切妨げなかった。ユリウス二世がミケランジ
ュロを拘束したのは,彼を重要な人物と考えたからであり,教皇(自分)より
下の階級の者が自分を攻撃する(無礼を働くこと)ことに少しも耐えられなか
った(のである)。けれども,芸術家が金持ちのパトロンや市会議員に卑屈に
追従させられたり(注:原著では kowtow が kotow とミス・スペル),自分
の作品を彼らの美的基準にむりやり合わせられるような場合は,その芸術的自
由は失われる。そうして,社会的・経済的な迫害を恐れることによって,耐え
がたくなった結婚生活を続けることを強いられる場合は,芸術的創作に必要な
エネルギーを奪われる。因習的に道徳的であった社会は,偉大な芸術を生んで
きていない。これを生んできた社会は,アイダホ州(米国)なら断種しそうな
人びとから成り立っていた。(注:第18章「優生学」のアイダホに関する記述
を参照 https://russell-j.com/beginner/MM18-040.HTM)
(注:この一文「Those which have, have been composed of men such as 
Idaho would sterilize. 」は,省略もあって難しい。丁寧にかけば,Those
 societies which have produced have been composed of men such as Idaho
 would sterlize, といったものであろう。)

現在,アメリカは,芸術的才能の大部分をヨーロッパから輸入している。ヨー
ロッパでは,いまだ,自由が(わずかながら)生き残っているからである。し
かし,ヨーロッパもアメリカナイズされてきて,(芸術的才能は)黒人に頼ら
なければならなくなってきている。芸術の最後の棲みかは,チベット高原でな
いとすれば,コンゴ上流のどこかになりそうに思われる。しかし,芸術が最終
的に消滅するのは,そう遠い先のことではありえない。なぜなら,アメリカが
外国人の芸術家に物惜しみしないで用意している報酬は,否応なしに,彼らの
芸術の死をもたらすに違いないからである。

Chapter XX: The Place of Sex among Human Values, n.6

A comprehensive sexual ethic cannot regard sex merely as a natural 
hunger and a possible source of danger. Both these points of view are
 important, but it is even more important to remember that sex is 
connected with some of the greatest goods in human life. The three 
that seem paramount are lyric love, happiness in marriage, and art. 
Of lyric love and marriage we have already spoken. Art is thought by 
some to be 
independent of sex, but this view has fewer adherents now than it had
in former times. It is fairly clear that the impulse to every kind of
 aesthetic creation is psychologically connected with courtship, not
 necessarily in any direct or obvious way, but none the less 
profoundly. In order that the sexual impulse may lead to artistic 
expression, a number of conditions are necessary. There must be 
artistic capacity ; but artistic capacity, even within a given race,
 appears as though it were common at one time and uncommon at another,
 from which it is safe to conclude that environment, as opposed to 
native talent, has an important part to play in the development of 
the artistic impulse. There must be a certain kind of freedom, not 
the sort that consists in rewarding the artist, but the sort that 
consists in not compelling him or inducing him to form habits which
 turn him into a Philistine. When Julius II imprisoned Michelangelo,
 he did not in any way interfere with that kind of freedom which the
 artist needs. He imprisoned him because he considered him an 
important man, and he would not tolerate the slightest offence to him
 from anybody whose rank was less than papal. When, however, an artist
 is compelled to kowtow to rich patrons or town councillors, and to
 adapt his work to their aesthetic canons, his artistic freedom is 
lost. And when he is compelled by fear of social and economic 
persecution to go on living in a marriage which has become 
intolerable, he is deprived of the energy which artistic creation
 requires. Societies that have been conventionally virtuous have not
 produced great art. Those which have, have been composed of men 
such as Idaho would sterilize. America at present imports most of 
its artistic talent from Europe, where, as yet, freedom lingers ; but
 already the Americanization of Europe is making it necessary to turn
 to the negroes. The last home of art, it seems, is to be somewhere on
 the Upper Congo, if not in the uplands of Tibet. But its final 
extinction cannot be long delayed, since the rewards which America is
 prepared to lavish upon foreign artists are such as must inevitably 
bring about their artistic death.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM20-060.HTM

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。