名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第19章 性と個人の福祉 n.9

2018/11/26

 第十九章 性と個人の福祉 n.9

 結婚(制度)は,因習的に許されている唯一の性のはけ口ではあるが,それ
自体,硬直した道徳律から害を受けている(苦しんでいる)。幼年期に身につ
けた種々のコンプレックス,男性の売春婦との体験,純潔を守らせるために若
い女性に教えこんだ性を嫌悪する態度,これらすべてが結婚の幸福をさまたげ
ている。(人を疑うことを知らない)育ちのよい娘は,もしも,その性衝動が
強ければ,求愛されると(くどかれると),男性と真に気性が合うことと単な
る性的魅力との区別ができないだろう。彼女は,自分を初めて性的に目覚めさ
せた男と簡単に結婚してしまう可能性がある(かも知れない)。そして,自分
の性的な飢えが満たされた時に,もはや男と共通するものは何もないことに気
づいても遅すぎる(のである)。男女を教育するにあたって,女性を不当に臆
病にし,男性を性的な接近において不当にせっかちにするように,この二人の
教育において,あらゆる手が打たれてきたのである。両者(男女)とも,性的
な事柄について,それぞれが持っているべき知識を持っておらず,また,この
無知に基づく最初の失敗のために,その後ずっと,結婚が両者にとって性的に
不満足なものにしてしまうことが,非常にしばしばある。そのうえ,肉体的な
交わりだけでなく,精神的な交わりさえ難しくなる。

 女性は,性的な事柄について自由に話すことに慣れていない。男性は(男性
も),男同士で話す時や売春婦と話すとき以外は,それ(性的なことについて
自由に話すこと)に慣れていない。お互いの生活の最も親密で重要な関心事に
ついて,彼らは内気であり,ぎこちなく,まったく黙っていることさえある。
妻は,もしかすると(perphaps),満たされないまま,自分が望んでいるもの
が何であるかもよくわからないまま,眠らずに横たわっているかも知れない。
夫は,もしかすると,売春婦でさえ,自分の正妻(lawful wife 法律によって
認められた妻)よりも,もっと惜しみなく(愛情を)与えるのではないか,と
考えるかも知れない。この考えは,初めはつかのまのものですぐに消え去るが
,次第に,ますますしつこくなっていく。(注:probably は「多分」「十中八
九は」。これに対し,perphaps は「ことによると」「もしかすると」という
ように,可能性はあるが確実性はない状態を示している。安藤貞雄氏は,もち
ろんそのことはご存知であるが,岩波文庫版の『ラッセル結婚論』においては
「たぶん」という訳語をあてて,「売春婦でさえ,自分の正妻よりも,もっと

惜しみなく与えるのではないか,と考えている。」と訳されている。これは言
い過ぎに思われる。)もしかすると,夫が妻を燃えたたせるやり方を知らない
ので,妻が苦しんでいるまさにその時に,夫は妻の冷淡さに感情を損なってい
るのかも知れない。こういう不幸はすべて,沈黙と礼儀正しさ(重視)という
我々の方針がまねいたものにほかならない。

Chapter XIX: Sex and Individual Well-being, n.9

Marriage, the one conventionally tolerated outlet for sex, itself 
suffers from the rigidity of the code. The complexes acquired in 
childhood, the experiences of men with prostitutes, and the attitude
 of aversion from sex instilled into young ladies in order to preserve
 their virtue, all militate against happiness in marriage. 
A well-brought-up girl, if her sexual impulses are strong, will be 
unable to distinguish, when she is courted, between a serious 
congeniality with a man and a mere sex attraction. She may easily
 marry the first man who awakens her sexually, and find out too late
 that when her sexual hunger is satisfied she has no longer anything
 in common with him. Everything has been done in the education of the
 two to make her unduly timid and him unduly sudden in the sexual 
approach. Neither has the knowledge on sexual matters that each ought
 to have, and very often initial failures, due to this ignorance, make
the marriage ever after sexually unsatisfying to both. Moreover, 
mental as well as physical companionship is rendered difficult. 
A woman is not accustomed to free speech on sexual matters. A man is
 not accustomed to it, except with men and prostitutes. In the most 
intimate and vital concern of their mutual life, they are shy, 
awkward, even wholly silent. The wife, perhaps, lies awake 
unsatisfied and hardly knowing what it is she wants. The man, perhaps,
 has the thought, at first fleeting and instantly banished, but 
gradually becoming more and more insistent, that even prostitutes are
 more generous in giving than his lawful wife. He is offended by her
 coldness, at the very moment, perhaps, when she is suffering because
 he does not know how to rouse her. All this misery results from our
 policy of silence and decency.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM19-090.HTM

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