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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第十六章 離婚 n.12

2018/10/04

 第十六章 離婚 n.12:夫婦の合意による離婚

 離婚に関する法律の立案には,きわめて大きな困難が存在している。なぜな
ら,法律がどうであろうと,裁判官や陪審(員団)は,自分たちの感情に左右
されるだろうし,他方,夫と妻は,立法者の意図の裏をかくために必要なこと
は何でもするからである。英国法では,夫と妻の間になんらかの取り決めがあ
る場合は離婚は認められないけれども,実際にはまそういう取り決めがあるこ
とは,誰でもが知っている。ニューヨーク州では,もう一歩進んで,制定法上
の姦通(注:姦通罪として法律に規定されているもの)を立証するために偽証
を金で買うこと(注:hire perjured testimony 偽証する人を雇うこと)も珍
しくない。

 虐待(cruelty 残酷な行為)は,理論上,離婚の完璧に十分な根拠であるが
,虐待は馬鹿げたものになるように解釈されるかも知れない(解釈される可能
性がある。(例えば)映画スターの中でも最も有名な人物が虐待のかどで妻に
離婚されたとき,虐待の証拠に挙げられたもの一つは,彼がカントの話をする
友人をよく(頻繁に)家に連れてきたというものであった。夫が妻の前で知的
な会話をすることで罪になることが時にはあるという根拠で妻が夫を離婚でき
るようにすることが,カリフォルニア州の立法者の意図であったとは,到底考
えられない。

 こういった(法律解釈の)取り違え,ごまかし(口実),馬鹿げたことを避
ける唯一の方法は,精神異常のように,夫婦の一方(片方)の離婚の欲求(希
望)が正当化されるような,何か明確で実証できる理由がない場合は,いつで
も相互の合意によって離婚できるようにすることである。(注:離婚を難しく
すると誤魔化しの理由を考え出すことになりやすいが,双方の合意があれば離
婚ができるということにしておけば,そういった弊害が少なくなる,というこ
と)そうなると当事者たちは,法廷の外でいっさいの金銭的な清算をしなけれ
ばならないだろうし(注:双方の合意の中に含まれているもの/合意がなけれ
ば裁判で決めることになる。だから泣き寝入りをすることにならない。),ど
ちらも,相手が極悪非道な悪党であることを立証するために,利口な人たちを
雇う必要もなくなるだろう。

 現在,性交が不可能な場合に結婚の無効が定められているが,そのかわりに
,結婚しても子供がないときにはいつでも申請次第,結婚の無効を認めるべき
である,とつけくわえて置きたい。即ち,子供のない夫婦が別れたい場合,妻
が妊娠していないという旨の医師の診断書の提出(production)によって,離
婚を可能にするべきである。子供こそ結婚の目的であり,人びとを子供のない
結婚に縛りつけておくことは,残酷な詐欺にほかならない。(注:ここはよく
誤解される部分。ラッセルの真意は,男女差別のない社会においては「結婚」
という「法的制度」によって縛る必要があるのは夫婦間に子供がいる場合であ
り,そうでない場合は,法的に縛る必要はなく「同棲」でよい、という主張。つ
まり,「自由恋愛」が基本であり、愛情がなくなっても,法的に縛ることはなく
,「仮面夫婦」によってお互いをしばる必要はない,ということ。)

Chapter 16: Divorce, n.12

There is very great difficulty in framing laws as regards divorce, 
because Whatever the laws may be, judges and juries will be governed 
by their passions, while husbands and wives will do whatever may be 
necessary to circumvent the intentions of the legislators. Although in
 English law a divorce cannot be obtained where there is any agreement
 between husband and wife, yet everybody knows that in practice there
often is such an agreement. In New York State it is not uncommon to go
 farther and hire perjured testimony to prove the statutory adultery.
 Cruelty is in theory a perfectly adequate ground for divorce, but it
 may be interpreted so as to become absurd. When the most eminent of 
all film-stars was divorced by his wife for cruelty, one of the counts
 in the proof of cruelty was that he used to bring home friends who 
talked about Kant. I can hardly suppose that it was the intention of
 the California legislators to enable any woman to divorce her husband
on the ground that he was sometimes guilty of intelligent conversation
 in her presence. The only way out of these confusions, subterfuges, 
and absurdities is to have divorce by mutual consent in all cases 
where there is not some very definite and demonstrable reason, such as
insanity, to justify a one-sided desire for divorce. The parties would
 then have to settle all monetary adjustments out of court, and it 
would not be necessary for either party to hire clever men to prove 
the other a monster of iniquity. I should add that nullity, which is
 now decreed where sexual intercourse is impossible, should instead be
 granted on application whenever the marriage is childless. That is to
 say, if a husband and wife who have no children wish to part, they 
should be able to do so on production of a medical certificate to the
 effect that the wife is not pregnant. Children are the purpose of 
marriage, and to hold people to a childless marriage is a cruel cheat.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM16-120.HTM

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