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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第十五章 家族と国家 n.8

2018/09/13

 第十五章 家族と国家 n.8:行政官は画一性がお好き
       
 国家が父親の肩代わりをすること(国家による父親の肩代わり)は,これま
でに(yet)西欧で行われてきたかぎりでは,大体において(in the main),大
きな進歩である。それは,社会の健康(保険)と教育の一般的水準を著しく向
上させた。(またそれは,)子供への虐待を減らし,デイヴィイッド・コパー
フィールドが受けたような苦痛を不可能にした。特に,家族制度がうまくいか
ない時にそこから生じる最悪の害悪を防ぐことで,肉体的健康と知的達成の一
般的水準を引き続き高めていくものと期待される。

 けれども,国家が家族(家庭)の肩代わりをすることには,非常に由々しい
危険がある(注:岩波文庫の安藤訳では,「父親の肩代わり」と訳されている
が,ここでは father ではなく,family となっており,国家が母親の肩代わ
りをすることが含まれている)。親というもの(両親)は,一般的に言って,
子供を愛しているので,子供を単なる政治的計画の素材とみなしたりしない。
(また)このような態度を国家に期待することはできない。いろいろな機関
(institutions 公共施設)で子供と実際に接触する個々人,たとえば,学校
教師は,あまりにも労働が過重で給料が安いということがなければ,親の持っ
ている個人的な感情をいくらか持ち続けることができるかもしれない。

 しかし,教師には権力がない。権力は,行政官(administrators)に属して
いる。行政官は,子供の生活を管理するが,彼らが(実際に)子供たちを見る
ことは決してない。そして,行政官タイプであるから(なぜなら,そうでなけ
れば,現在占めている地位を獲得しなかっただろうから),おそらく,人間と
いうものをそれ自体を目的としてではなく,ある種の建造物の材料として,特
に見がちである。そのうえ,行政官はきまって画一性が好きである。画一性は
,統計や分類整理(pigeon-holing)に便利であるし,それがもし「正しい」種
類の画一性であるなら,行政官が望ましいと考える種類の人間が多数存在する
ことを意味する。

・・・後略・・・

Chapter XV: The Family and the State, n.9

The substitution of the State for the father, so far as it has yet 
gone in the West, is in the main a great advance. It has immensely 
improved the health of the community and the general level of 
education. It has diminished cruelty to children, and has made 
impossible such sufferings as those of David Copperfield. It may be
 expected to continue to raise the general level of physical health
 and intellectual attainment, especially by preventing the worst 
evils resulting from the family system where it goes wrong. There 
are, however, very grave dangers in the substitution of the State for
 the family. Parents, as a rule, are fond of their children, and do 
not regard them merely as material for political schemes. The State
 cannot be expected to have this attitude. The actual individuals who
 come in contact with children in institutions, for example school-
teachers, may, if they are not too overworked and underpaid, retain 
something of the personal feeling that parents have. But teachers 
have little power; the power belongs to administrators. 
he administrators never see the children whose lives they control, 
and being of an administrative type (since otherwise they would not 
have obtained the posts they occupy), they are probably peculiarly apt
 to regard human being, not as ends in themselves, but as material for
 some kind of construction. Moreover, the administrator invariably 
likes uniformity. It is convenient for statistics and pigeon-holing,
 and if it is the "right" sort of uniformity it means the existence of
 a large number of human beings of the sort that he considers 
desirable. ...
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM15-090.HTM

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