名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』家族と国家 n.4

2018/09/07

 父親を排除する方向に働いている強い力が,もう一つある。それは,経済的
に独立したいという女性の欲求(願望)である。これまで最も多く政治的な発
言をしてきた女性は未婚女性であったが,そういう状況は一時的なものであり
そうである。既婚女性の受ける不当な待遇は,現在のところ,未婚女性のそれ
よりもはるかに深刻である。結婚する教師は,公然と不倫の生活をしている教
師(lives in open sin)と同様の扱いを受ける。公認の産婦人科医でさえ,女
性であれば,未婚でなければならない。こういうったことに対する動機は,既
婚女性は仕事に不向きだと考えられていることではなく,また,既婚女性を雇
うのに法律上の障害があるということでもない。逆に(それどころか)いかな
る女性も,結婚によっていかなる不利な条件を被ってはならない(注:suffer
 disability 資格なしとされてはならない)という趣旨を明確に規定した法律
がつい数年前に可決されている(のである)。既婚女性を雇おうとしない動機
は,全て(と言ってよいほど)既婚女性に対する経済的な支配力を保持しよう
とする男性の欲求(願望)にある。女性が,そのような圧政にいつまでも(無
期限に)屈服(服従)しているとは考えられない。

 もちろん,女性の主張(cause)をとりあげる政党を見つけることは,少々
困難である。なぜなら,(英国)保守党は家庭を愛し,(英国)労働党は(男
性)労働者を愛しているからである。にもかかわらず,今や女性が選挙民の多
数派(注:majority 過半数)を占めているので(注:now that 今や〜なので)
,女性が永久に,甘んじて背景にひっこんでいるとは考えられない。もしも,
(彼女たち)女性の主張が認められたなばら,家族(制度)に甚大な影響を及
ぼしそうである。

 既婚女性が経済的独立を獲得するには,異なる方法(やり方/道)が二つあ
る。一つは,結婚前に従事していたのと同じ種類の仕事を続ける方法(道)で
ある。これには,子供を他人の世話にまかせることが含まれているので,託児
所(crechesや保育所が大幅に拡張されることになるだろう。その論理的な帰結
は,父親ばかりではなく,母親も,子供の心理に占めていた重要性が全て取り
除かれるということになるだろう。

 もう一つ(の方法)は,幼い子供をかかえた女性が,我が子の世話に専念す
るという条件で,国から賃金(手当)をもらうことである。もちろん,この方
法だけでは十分ではなく,子供がある程度大きくなったら女性は普通の仕事に
復帰することができるという条項を付け加える必要があるだろう。しかし,こ
の方法には,女性が一人の男性に屈辱的に頼ることなしにみずから子供の世話
をしてやれるという利点がある。

 そして,この方法を採用する場合は 今日ではますますそういう状況になっ
ているが,次のことを認めることになる。(即ち)子供を生むことは,以前は
,ただ単に,性的満足の結果にすぎなかったが,いまは慎重に企てられる仕事
であること,そして,その仕事は,親の利益というよりは,むしろ国(家)の
利益に帰するものである以上,父母に重い負担をかける代わりに,国(家)が
その費用を持つぺきだ,ということである。 この最後の点は,家族手当
(family allowances)を支持するということで認められつつあるが,子供に
対する支給(養育手当)は,母親だけになされるべきだ,ということはまだ認
められていない。けれども,労働者階級のフェミニズムは,このことが認めら
れ,また法律に具体化されるところまで成長すると想定してよい,と私は考え
ている。

Chapter XV: The Family and the State, n.4

There is another powerful force which is working in the direction of 
the elimination of the father, and this is the desire of women for 
economic independence. The women who have been most politically vocal
 hitherto have been unmarried women, but this state of affairs is 
likely to be temporary. The wrongs of married women are at the moment
 much more serious than those of unmarried women. The teacher who 
marries is treated injust the same way as the teacher who lives in 
open sin. Even public maternity doctors, if they are women, have to be
 unmarried. The motive for all this is not that married women are 
supposed to be unfit for the work, nor is it that there is any legal
 barrier to their employment ; on the contrary, a law was passed not
 many years ago explicitly laying it down that no woman should suffer
 any disability through marriage. The whole motive for the 
non-employment of married women is a masculine desire to preserve 
economic power over them. It is not to be supposed that women will 
submit indefinitely to such tyranny. It is, of course, a little 
difficult to find a party to take up their cause, since the 
Conservatives love the home, and the Labour Party loves the working
 man. Nevertheless, now that women are a majority of the electorate,
 it is not to be supposed that they will submit for ever to being kept
 in the background. Their claims, if recognized, are likely to have a
 profound effect upon the family. There are two different ways in 
which married women might acquire economic independence. One is that
 of remaining employed in the kind of work that they were engaged upon
 before marriage. This involves giving their children over to the care
 of others, and would lead to a very great extension of creches and 
nursery schools, the logical consequence of which would be the 
elimination of the mother as well as of the father from all importance
 in the child's psychology. The other method would be that women with
 young children should receive a wage from the State on condition of
 devoting themselves to the care of their children. This method would,
 of course, be not alone adequate, and would need to be supplemented
 by provisions enabling women to return to ordinary work when their 
children ceased to be quite young. But it would have the advantage of
enabling women to care for their children themselves without degrading
 dependence upon an individual man. And it would recognize, what in 
these days is more and more the case, that having a child, which was
 formerly a mere consequence of sexual gratification, is now a task 
deliberately undertaken, which, since it redounds to the advantage of
 the State rather than of the parents, should be paid for by the 
State, instead of entailing a grave burden upon the father and mother.
 This last point is being recognized in the advocacy of family 
allowances, but it is not yet recognized that the payment for children
 should be made to the mother alone. I think we may assume, however,
 that working-class feminism will grow to the point where this is 
recognized, and embodied in the law.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM15-040.HTM

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創刊日:2014-12-19  
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