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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第十四章 個人心理の中の家族 n.2

2018/08/21

 ラッセル『結婚論』第十四章 個人心理の中の家族
                      n.2:我が子を溺愛する親

 エディプス・コンプレックスから考えてみよう。幼児の性的関心は,フロイト以前
の人々が考えていたよりも強いものであることは,間違いない。いや,幼年期の異性
に対する性的関心(異性愛)は,フロイトの著作から推測されるよりも強いとさえ,
私は考えている(注:gather はここでは「推測する」)。愚かな母親が,幼い息子の
異性愛的な感情を,まったく知らないうちに(故意ではなく)自分自身に集めてしま
うことは,難しいことではない。これがなされると(そうなると),確かに,フロイ
トの指摘した悪い結果が多分起こるであろう。けれども,もしも,母親が自分の性生
活に満足していたら,そういうことはずっと起こりそうにない。というのは,その場
合は,母親は,大人にのみ求めるべき種類の情緒的な満足を,我が子に求めようとは
しないからである。親としての純粋な衝動は,子供の世話をしたいという衝動であっ
て,子供から愛情を要求するものではない。また(しかも),もしも,女性が性生活
において幸福であるなら,わが子から不適切な情緒的反応を求めるようなことは全て
,自発的にさし控えるであろう。それゆえ,幸福な女性は,不幸な女性よりも,よい
母親になる見込みがある。
 けれども,いかなる女性も常に幸福でいることができるものではない。そこで,不
幸なときには,子供の反応を求めすぎないようにするには,ある程度の自制が必要に
なるかもしれない。その程度の自制をすることは,それほど難しいことではない。し
かし,以前は,その必要が認識されておらず,また,母親が頻繁に我が子を愛撫し続
けることはまったく適切な振る舞いである,と考えられていた。幼い子供の異性愛的
な情緒は,他の子供と交わることで,自然で,健康で,また無邪気なはけ口を見つけ
ることができる。異性愛的な情緒も(は),この形においては,遊びの一部であり,
全ての遊び同様に,大人になってからの活動の準備になる。子供は,3,4歳を過ぎ
ると,情緒の発達のために(は),他の男女の子供の連れ(company 仲間/友達)が
必要になり,それは,当然,年上か年下である兄弟姉妹だけでなく,同年配の連れ
(仲間)が必要になるのである。
 現代の小家族は,まぜ物のないかたちでは(unadulterated),幼年期の健康な発育
には非常に風通しが悪く,狭苦しいものである。しかし,それだからといって,小家
族は子供の環境の一成分として望ましくない,というわけではない。

Chapter XIV: The Family in Individual Psychology, n.2

Let us begin with the Oedipus complex. Infantile sexuality is undoubtedly 
stronger than anybody thought before Freud. I think, even, that 
heterosexuality is stronger in early childhood than one would gather from
 Freud's writings. It is not difficult for an unwise mother quite 
unintentionally to centre the heterosexual feelings of a young son upon 
herself, and it is true that, if this is done, the evil consequences 
pointed out by Freud will probably ensue. This is, however, much less 
likely to occur if the mother's sexual life is satisfying to her, for in
 that case she will not look to her child for a type of emotional 
satisfaction which ought to be sought only from adults. The parental 
impulse in its purity is an impulse to care for the young, not to demand
 affection from them, and if a woman is happy in her sexual life she will
 abstain spontaneously from all improper demands for emotional response 
from her child. For this reason a happy woman is likely to be a better 
mother than an unhappy one. No woman, however, can make sure of being 
always happy, and at times of unhappiness a certain amount of self-control
 may be necessary to avoid demanding too much of children. This degree of
 self-control is not very difficult to practise, but in former times the
 need for it was not realized, and a mother was thought to be behaving 
quite properly in lavishing continual caresses upon her children. 
The heterosexual emotions of young children can find a natural, wholesome
 and innocent outlet with other children; in this form they are a part of
 play, and, like all play, they afford a preparation for adult activities.
 After the age of three or four, a child needs, for his or her emotional
 development, the company of other children of both sexes, not only 
brothers and sisters, who are necessarily older or younger, but 
contemporaries. The modern small family, unadulterated, is too stuffy and
 confined for healthy development during the early years, but that does not
 mean that it is undesirable as an ingredient in the childish environment.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM14-020.HTM

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