名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
読者と一緒に育てていきたいと思っています.


全て表示する >

ラッセル『結婚論』第十二章 試験結婚 n.1

2018/07/19

『結婚論』第十二章 試験結婚 n.1: リンゼー判事の提案

 合理的な倫理(合理主義的な倫理)の立場では,子供のいない場合は,結婚
(制度)はそれ自体重要なものではないだろう(注:これに対し,しばしば,
「子供がいなくても結婚は意味があるので、ラッセルの考えは間違っている,

と批判する人がいる。しかし,ラッセルがここで言っているのは,子供がいな
い場合は,法的制度である「結婚」によってお互いを縛る必要がなく,同棲で
よいだろう(=自由恋愛主義/愛情がなくなっても形だけ夫婦の体裁をとるこ
とはよくない),という意味。しかし,子供がいる場合には,子供や子供を養
育する者などを,即ち,弱者(夫である場合もあり!)を保護をする必要があ
る。)。(従って)子供の生まれない結婚は,容易に解消できるようにしなけれ
ばならない。なぜなら,性関係が社会にとって(注:個人にとってではない!)
重要になるのは,子供を通してのみであるからであり,法的制度によって認知
される価値を持つものとなるからである。これは,もちろん,キリスト教会の
見解ではなく,聖パウロの影響のもとに,キリスト教会は,いまだに結婚を子
供を作る手段というよりも,むしろ,姦淫(私通)に代わるものとして見てい
る。けれども,最近では,聖職者でさえ,男性にしろ女性にしろ,必ずしも
(invariably 常に)結婚を待って性交を経験するわけではないことに気づく
ようになっている。男性の場合,(性的)逸脱が売春婦とのものであり,上品
に隠されているかぎり,比較的簡単に大目に見られた。しかし(性交の相手が)
職業的な売春婦以外の女性の場合,因習的な道学者たちは,彼らがいわゆる不
道徳と呼ぶもの(考えるもの)をずっと我慢しがたいものだと見なしている。

 それにもかかわらず,アメリカ,イギリス,ドイツ,スカンジナビア(諸国)
においては,大戦後(第一次大戦後),大きな変化が生じている。堅実な家庭
のかなり多くの娘たちが,性道徳(純潔)を守ることが価値のあることだとは
思わなくなり,若い男たちは,売春婦(娼婦)に(性的)はけ口を求める代わ
りに,(現在より)もっとお金があれば結婚したいと思うような娘たちと情事
(性的交渉)を持つようになっている。このプロセス(過程)は,英国よりも
アメリカのほうが進んでいるようであるが,その原困は,(米国)禁酒法
(Prohibition と大文字になっていることに注意)と自動車(の普及)にある
,と私は考えている(つまり,日頃のうっぷんをパーティの時に解放したいと
いう人間心理)。禁酒法(注:禁酒法が施行されたのは 1920年から1932年で
あり、ラッセル『結婚論』は1929年に出版)のために,どこの楽しいパーティ
ーでも,誰もが多少とも酔っぱらうことが是非とも必要なこと(de rigueur)
になっている。大多数の娘が自分の車を持っているために,両親や隣人の目を
盗んで恋人と会うことが容易になってきている。その結果生じた事態は,リン
ゼー判事の著書に述べられている。(原注:リンゼー(著)『現代青年の反抗』
1925年及び『友愛結婚1927年)

 年寄りたちは,リンゼー判事が誇張しているといって非難するが,青年たち
は非難はしない。行きずりの旅行者(注:米国に旅行で来ているラッセル自身
のこと)にできる範囲で,私は判事の主張を(正しいかどうか)確かめるため
に,骨を折って,若い人たちに質問してみた。若い人たちは,判事が事実だと
して言ったいかなることについても否定しそうなことは見出さなかった。後に
結婚し,最高に尊敬すべき人間になる娘たちの大多数が,しばしば数人の恋人
と性体験をしているというのが,アメリカ全土を通じての実情のようである。
しかも完全な性関係が生じない場合でも,「ペッティング」や「ネッキング」
が盛んなので,完全な性交がないのは,性的倒錯としかみなされないほどであ
る。

Chapter 12: Trial Marriage, n.1

In a rational ethic, marriage would not count as such in the absence 
of children. A sterile marriage should be easily dissoluble, for it is
 through children alone that sexual relations become of importance to
 society, and worthy to be taken cognisance of (taken cognizance of) 
by a legal institution. This, of course, is not the view of the 
Church, which, under the influence of St. Paul, still views marriage 
rather as the alternative to fornication than as the means to the 
procreation of children. In recent years, however, even clergymen 
have become aware that neither men nor women invariably wait for 
marriage before experiencing sexual intercourse. In the case of men,
 provided their lapses were with prostitutes and decently concealed,
 they were comparatively easy to condone, but in the case of women 
other than professional prostitutes, the conventional moralists find
 what they call immorality much harder to put up with. Nevertheless,
 in America, in England, in Germany, in Scandinavia, a great change 
has taken place since the war. Very many girls of respectable families
 have ceased to think it worth while to preserve their "virtue", and 
young men, instead of finding an outlet with prostitutes, have had 
affairs with girls of the kind whom, if they were richer, they would
 wish to marry. It seems that this process has gone farther in the 
United States than it has in England, owing, I think, to Prohibition
 and automobiles. Owing to Prohibition, it has become de rigueur at 
any cheerful party for everybody to get more or less drunk. Owing to 
the fact that a very large percentage of girls possess cars of their
 own, it has become easy for them to escape with a lover from the 
eyes of parents and neighbours. The resulting state of affairs is 
described in Judge Lindsey's books. (note: The Revolt of Modern 
Young, I925; Compassionate Marriage, I927.) The old accuse him of 
exaggeration, but the young do not. As far as a casual traveller can,
 I took pains to test his assertions by questioning young men. I did
 not find them inclined to deny anything that he said as to the facts.
 It seems to be the case throughout America that a very large p
ercentage of girls who subsequently marry and become of the highest
 respectability have sex experience, often with several lovers.
 And even where complete relations do not occur, there is so much 
"petting" and "necking" that the absence of complete intercourse can
 only be viewed as a perversion.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM12-010.HTM

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。