名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第九章 人生における恋愛の位置 n.4

2018/06/08

 第九章 人生における恋愛の位置 n.4: 典型的な実業家の実態

 現代の典型的な実業家(注:business man 日本語の「ビジネス・マン」のよ
うな一般の平社員のことは言わない。)の生活,特にアメリカの(企業家の)
例を考えてみよう。彼は,ようやく成人の仲間入りをした時から,最良の思考
と最良の精力の全てを経済的な成功のために捧げる。それ以外のことは,彼に
とっては,すべて重要性のない余暇でしかない。若い時には,時々,肉体的な
要求を娼婦で満足させることもある。やがて(presently)彼は結婚する。だが
,彼の興味関心は妻のものとはまったく異なっているので,妻と本当に打ち解
けるようには決してならない(親密にはならない)。彼は,会社(職場)から
,夜遅く,疲れて帰宅する(tired from the office)。朝は,妻が目を覚まさ
ないうちに起きる。日曜日は,ゴルフをして過ごす。蓄財競争(金儲けの闘い)
に向けて体調を整えるために,運動は欠かせないからである。妻の興味関心は
,彼には本質的に女性的なものに思われる。そうして彼は妻の興味関心は認め
る一方,決して一緒に共有しようとはしない(やろうとはしない)。彼には,
結婚愛のための暇(時間)がないのと同様に不倫の恋愛(illicit love)をす
る暇(時間)もまったくない。ただし,むろん,仕事(用務)で家を留守にす
る時には,時々娼婦を訪れることはあるかもしれない。

 彼の妻は,おそらく,彼に対して相変らず性的に冷淡であるだろうが,それ
は驚くにあたらない。彼は,妻に言い寄る暇(時間)がまったくないからであ
る。彼は,潜在意識的には不満であるが,それがどうしてなのか彼には分から
ない。彼は,その不満を主に仕事で紛らせるが,他のもっと望ましくない方法
で,たとえば,賞金を求めての闘い(注:ボクシングやプロレスなど)を見た
り,急進主義者を迫害したりして,サディスティックな(可逆的な)快感を得
るやり方で,紛らせもする。彼の妻も,同様に満ち足りておらず,二流の教養
や,おおらかで自由な生活をしているすべての人びとをしつこくせめることで
,美徳を擁護するという仕事に,不満のはけ口を見つける。

 このように,夫婦双方の性的不満(性的満足の欠如)は,公共精神とか,高
い道徳的水準とかを装った(偽装した)人類一般に対する憎悪へと方向を変えて
いく。この不幸な状況は,主として,我々(人間)の性的要求を誤解している
ことに原因がある。聖パウロは,どうやら,結婚生活で必要なものは,ただ性
交をする機会であると考えていたようであるが,この見解は,大体において,
キリスト教の道学者(モラリスト)の教えによって奨励されてきた。道学者た
ちは,性を嫌悪したので,性生活のより美しい面がすべて見えなくなってしま
っている。その結果,若いときに道学者の教えを受けた人びとは,自分たちの
最善の可能性に気づかないままに世の中を歩きまわること(世渡りをすること)
になる。

Chapter IX: The place of love in human life, n.4

Consider the life of a typical business man of the present day. 
especially in America : from the time when he is first grown up he 
devotes all his best thoughts and all his best energies to financial 
success; everything else is merely unimportant recreation. In his 
youth he satisfies his physical needs from time to time with 
prostitutes: presently the marries, but his interests are totally 
different from his wife's, and he never becomes really intimate with
 her. He comes home late and tired from the office; he gets up in the
 morning before his wife is awake; he spends Sunday playing golf, 
because exercise is necessary to keep him fit for the money-making 
struggle. His wife's interests appear to him essentially feminine, and
 while he approves of them, he makes no attempt to share them. He has
 no time for illicit love any more than for love in marriage, though 
he may, of course, occasionally visit a prostitute when he is away 
from home on business. His wife probably remains sexually cold towards
 him, which is not to be wondered at, since he never has time to woo
 her. Subconsciously he is dissatisfied, but he does not know why. 
He drowns his dissatisfaction mainly in work, but also in other less 
desirable ways, for example, by the sadistic pleasure to be derived 
from watching prize-fights or persecuting radicals. His wife, who is 
equally unsatisfied, finds an outlet in second-rate culture, and in 
upholding virtue by harrying all those whose lives are generous and 
free. In this way the lack of sexual satisfaction both in husband and
 wife turns to hatred of mankind disguised as public spirit and a high
 moral standard. This unfortunate state of affairs is largely due to a
wrong conception of our sexual needs. St. Paul apparently thought that
 the only thing needed in a marriage was opportunity for sexual 
intercourse, and this view has been on the whole encouraged by the 
teaching of Christian moralists. Their dislike of sex has blinded 
them to all the finer aspects of the sexual life, with the result that
 those who have suffered their teaching in youth go about the world
 blind to their own best potentialities.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM09-040.HTM

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創刊日:2014-12-19  
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