名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第七章 女性の解放, n.3

2018/04/25

 第七章 女性の解放 n.3; 解放前の女性

 けれども,女性の政治的な解放は,われわれの(現在取り扱っている)主題
と間接的な関わりしか持っていない。(即ち)結婚と道徳との関連で重要なのは
,女性の社会的な解放である。古代においては(歴史の早い時分から),また
,東洋においては今日にいたるまで,女性の道徳的美点(貞操など)は女性を
隔離(分離)することで確保された。女性に内的な自制心を与えようとする試
みはまったくなされなかったが,罪を犯す機会を(すっかり)取り除くために
はあらゆることがなされた。西洋においては,この方法が心から採用されたこ
とはなかったけれども,尊敬すべき(立派な)女性は,出来る限り幼い時から
,婚外性交を恐れるように教育された。この教育方法が次第に完全なものにな
っていくにつれて,外的な障壁は,次第に取り除かれていった。外的な障壁を
取り除くのに最も尽力した人びとは,内的な障壁だけで十分だろうと信じてい
た。たとえば,良く教育された(躾の良い)良家の上品な子女は,どれほど身
を委ねる機会(相手に屈服する機会)を許されたとしても,若い男の誘い(言
い寄り)に負けることはないだろうから,付き添いの女性(注: chaperon)は
不要であると考えられた。

 私が若い頃,尊敬すべき(ちゃんとした)女性は,一般に,性交は大多数の
女性にとって嫌なものであり,結婚生活では義務感から耐えているにすぎない
,という考えを抱いていた。(そうして)そのような見解を抱いていたので,
彼女たちは,もっと現実的な時代においても賢明とは思われないくらい(賢明
と思われる以上の)大きな自由を,自分の娘たちに与えることにやぶさかでは
なかった(与えたくないわけではなかった)。その結果は,おそらく、彼女た
ちが予想したものとはいくらか異なったものであったであろう。また(しかも)
,そうした違いは,人妻に関しても,未婚の女性に関しても,等しく存在して
いた(のである)。

 ヴィクトリア朝時代の女性は −現在でも非常に多くの女性はそうであるが
− 精神的な牢獄の中にいる。この牢獄は,はっきりと意識されることはなか
った(人間の意識に明らかなものではなかった)。それは,潜在意識的な抑制
(抑圧)から成り立っていたからである。今日の若い人びとの間では,この抑
制(抑圧)は衰えてきており,その結果,山ほどの淑女ぶり(性的潔癖さ)の
下に埋められていた本能的な欲望が再び意識のなかに現われてきている。この
ことは,現在,一つの国や一つの階級だけではなくて,あらゆる文明国とあら
ゆる階級の性道徳に,非常に革命的な影響を及ぼしつつある。
 
Chapter VII: The Liberation of women, n.3

The political emancipation of women, however, concerns our theme only 
indirectly ; it is their social emancipation that is important in 
connection with marriage and morals. In early days, and in the East 
down to our time, the virtue of women was secured by segregating them.
 No attempt was made to give them inward self-control, but everything
was done to take away all opportunity for sin. In the West this method
 was never adopted wholeheartedly, but respectable women were educated
from their earliest years so as to have a horror of sexual intercourse
 outside marriage. As the methods of this education became more and 
more perfected, the outward barriers were more and more removed. Those
 who did most to remove the outward barriers were convinced that the 
inward barriers would be sufficient. It was thought, for example, that
 the chaperon was unnecessary, since a nice girl who had been well 
brought up would never yield to the advances of young men, whatever 
opportunities of yielding might be allowed her. It was generally held
 by respectable women when I was young that sexual intercourse was 
displeasing to the great majority of women, and was only endured 
within marriage from a sense of duty; holding this view, they were not
unwilling to risk a greater degree of freedom for their daughters than
 had seemed wise in more realistic ages. The results have perhaps been
 somewhat different from what was anticipated, and the difference has
 existed equally as regards wives and as regards unmarried women. 
The women of the Victorian age were, and a great many women still are,
 in a mental prison. This prison was not obvious to consciousness, 
since it consisted of subconscious inhibitions. The decay of 
inhibitions, which has taken place among the young of our own time,
 has led to the reappearance in consciousness of instinctive desires
 which had been buried beneath mountains of prudery. This is having
 a very revolutionary effect upon sexual morality, not a only in one
 country or in one class, but in all civilized countries and in all
 classes.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM07-030.HTM

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