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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第六章 ロマンティックな恋愛 n.8

2018/04/17

 第六章 ロマンティックな恋愛 n.8:恋愛成立のためにはほどよい障害が必要

 ロマンチックな恋愛は,ロマン主義運動において頂点(注:apogee 月や人工
衛星が地球から最も遠ざかる点)に達した。そして,おそらく,シェリー(P. B.
 Shelley, 1792-1822)をその主要な使徒として見てよいだろう。シェリーは
,恋に落ちたとき,詩で表現するのがふさわしい,美しい情緒と想像力に富む
思想で満たされた。当然のことながら,シェリーは,こういう結果を生み出す
情緒はまったく善いものであると考え,そうして,恋愛を抑えつけなければな
らない理由はまったく見いださなかった。

 けれども,シェリーの議論(論拠)は,誤った心理学に依拠していた。シェリ
ーに詩を書くにいたらせたものは,彼の欲求に対する(いろいろな)障害であ
った。もしも,高貴にして不運な貴婦人エミリア・ヴィヴィアーニが女子修道
院へ連れ去られなかったなら,シェリーは,『エピサイキディオン』(注:
Epipsychidion : シェリーが1821年に発表した長詩)を書く必要を感じなかっ
ただろう。(また,)もしもジェーン・ウィリアムズがかなり貞節な妻でなか
ったなら,決して「追憶」を書かなかったであろう。シェリーが痛烈に批判し
た社会的な障害は,彼の最良の仕事への刺激の不可欠な一部であった。シェリ
ーの中に存在したロマンチックな恋愛は,因習的な障害はいまだ存在している
けれどもまったく克服できないものでもない,といった不安定な均衡状態に依
存している。(つまり)もしも,障害が強固すぎたり,あるいは,存在しなかっ
たりしたら,ロマンチックな恋愛は栄えそうもない(のである)。

 一つの極端な例として,中国の制度をとりあげてみよう。この制度において
は,男性は,自分の妻以外には,ちゃんとした女性に会うことはまったくない
。妻がもの足りないと感じれば,彼は売春宿(注:brothel フランス語で,粗
末な小屋))へ行く。妻は,彼のために選ばれ,多分,結婚式当日まで彼とは
会わない。その結果,彼のすべての性関係は,ロマンチックな意味での恋愛か
ら完全に隔離されたものになり,彼には恋愛詩を生み出すような求愛の努力を
する機会をまったくもたない。

 これに対して(これとは反対に),完全に自由な状態では,すばらしい恋愛詩
を作る才能のある男性も,自分自身の魅力で大きな成功を収める見込みがある
ので,女性の愛情を勝ち取るために(to achieve a conquest),最大限想像力
を発揮する必要はめったにないであろう。このように,恋愛詩は,因習
(convention)と自由との,ある一定の微妙なバランスに依存しおり,このバ
ランスが崩れてどちらかの方向に傾いている場合には,恋愛詩が最良のかたち
で存在しそうもない(のである)。
 
Romantic love reached its apogee in the romantic movement, and one may
 perhaps take Shelley as its chief apostle. Shelley when he fell in 
love was filled with exquisite emotions and imaginative thoughts of a
 kind lending themselves to expression in poetry; naturally enough, he
 considered that the emotion that produced these results was wholly 
good, and he saw no reason why love should ever be restrained. His 
argument, however, rested upon bad psychology. lt was the obstacles to
his desires that led him to write poetry. If the noble and unfortunate
 lady Emilia Viviani had not been carried off to a convent, he would
 not have found it necessary to write Epipsychidion; if Jane Williams 
had not been a fairly virtuous wife, he would never have written The 
Recollection. The social barriers against which he inveighed were an 
essential part of the stimulus to his best activities. Romantic love 
as it existed in Shelley depends upon a state of unstable equilibrium,
 where the conventional barriers still exist but are not quite 
insuperable ; if the barriers are rigid, or if they do not exist, 
romantic love is not likely to nourish. Take as the one extreme the 
Chinese system : in this system a man never meets any respectable 
woman except his own wife, and when he feels her insufficient, he goes
 to a brothel ; his wife is chosen for him and is probably unknown to
 him until the wedding-day ; consequently all his sex relations are 
entirely divorced from love in the romantic sense, and he never has 
occasion for those efforts of courtship which give rise to love 
poetry. In a state of complete freedom, on the other hand, a man 
capable of great love poetry is likely to have so much success 
through his charm that he will seldom have need of his best 
imaginative efforts in order to achieve a conquest. Thus love 
poetry depends upon a certain delicate balance between convention
 and freedom, and is not likely to exist in its best form where 
this balance is upset in either direction.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM06-090.HTM

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