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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第六章 ロマンティックな恋愛 n.7

2018/04/16

 第六章 ロマンティックな恋愛 n.7:ルネッサンス(時代)における恋愛詩

 ルネッサンス(時代)において,異教信仰への急激な変化のために,恋愛は,
詩的であることに変わりはなかったが,通常,プラトニックなものではなくな
った。ルネッサンス(時代の人々)が中世の慣習をどのように考えていたかは,
ドン・キホーテと彼のドルシネア(姫)(注:ドン・キホーテが作り上げた妄想
上の貴婦人)に関する記述に見ることができる。それでも,中世の伝統も影響
を残さなかったわけではない。シドニー(Sir Philip Sidney, 1554-1586:
エリザベス朝のイングランドの詩人)の『アストロフェルとステラ』はその伝
統に満ちているし,シェイクスピアが W・H 氏にささげたソネットも,その影
響を相当に受けている。しかし,大体において,ルネッサンス(時代)の特徴
的な恋愛詩は,陽気かつ率直である。
              
 あなたの床の中で私をあざ笑わないでおくれ
 こんなに凍え死にそうな寒い夜の間は

と,あるエリザべス朝の詩人が歌っている。この感情は率直かつあけっぴろげ
であり,全然プラトニックなものではないことは,認めなければならない。け
れども,ルネッサンス(時代)は,中世のプラトニックな恋愛から,詩を求愛の
手段として利用することを学んでいた。『シンベリーン』に登場するクローテ
ンは,自分で恋愛詩を作ることができずに三文文士(penny-a-liner へっぽこ
文士)を雇わなければならないので嘲笑われる。三文文士は,「聴け,聴け,
ヒバリ」を作り出すが(turn out),これは,努力によるなかなかの出来と言っ
てよいだろう。

 不思議なことに,中世(時代)以前には,恋愛を扱った詩は多数あったけれど
も,直接求愛の一部となるものはほとんどなかった。中国には,夫が家にいな
いことを嘆いている女性(妻)を描写した詩があり,インドには,霊魂(死者
の魂)が神である花婿の到来を待ちこがれている花嫁として描かれている神秘
的な詩がある。しかし,男たちは,自分が望む女性を自分のものにするために
ほとんど骨を折る必要がなかったので,音楽や詩で女性に言い寄る必要はほと
んどなかった,と推察される(人は推察する)。芸術の観点からすれば,女性
があまりにも手に入りやすいのは,確かに残念なことである。最も望ましいの
は,女性を手に入れるのは困難ではあるが,不可能ではない,ということ(状
況)である。こうした状況は,ルネッサンス以後,多かれ少なかれ存在してき
た。この困難は,一部は外的なものであり,一部は内的なものであり,後者は
,因習的な道徳の教えに起困する良心の呵責から生じたものであった。

Chapter V Christian Ethics

In the Renaissance, as a consequence of the revulsion towards 
Paganism, love usually ceased to be platonic although it remained
 poetic. What the Renaissance thought of the medieval convention is
 to be seen in the account of Don quixote and his Dulcinea. 
Nevertheless the medieval tradition remained not without influence ;
 Sydney's Astrophel and Stella is full of it, and Shakespeare's 
Sonnets to Mr. W. H. are considerably influenced by it. On the whole,
 however, the characteristic love poetry of the Renaissance is 
cheerful a.nd straightforward.

Do not mock me in thy bed
While these cold nights freeze me dead

says an Elizabethan poet. This sentiment, it must be admitted, is 
straightforward and uninhibited, and by no means platonic. 
The Renaissance had, however, learnt from the platonic love of the 
Middle Ages to employ poetry as a means of courtship. Cloten in 
Cymbeline is laughed at because he cannot produce his own love poem,
 but has to hire a penny-a-liner, who turns out Hark, hark, the 
lark-quite a creditable effort, one would say. It is curious that 
before the Middle Ages, although there had been a good deal of poetry
 concerned with love, there was very little that was directly a part
 of courtship. There is Chinese poetry representing the grief of a 
lady because of the absence of her lord ; there is mystical Indian 
poetry, in which the soul is represented as the bride longing for the
 advent of the bridegroom, who is God ; but one gathers that men had 
so little difficulty in securing the women they desired that it hardly
 ever became necessary to woo them with music and poetry. From the 
point of view of the arts, it is certainly regrettable when women are
 too accessible ; what is most to be desired is that they should be 
difficult but not impossible of access. This situation has existed 
more or less since the Renaissance. The difficulties have been partly
 external and partly internal, the latter being derived from scruples
 due to conventional moral teaching.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM06-080.HTM

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