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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第六章 ロマンティックな恋愛 n.4

2018/04/11

 中世後期における恋愛についての最良の記述の一つは,ホイジンガの著書
『中世の秋』(1924年刊)に見いだされる。彼は次のように述べている)


 十二世紀に,(フランス)プロヴァンスの抒情詩人(troubadours トロバド
ゥール)によって,満たされない欲求が詩的な恋愛像の中心に置かれたとき,
文明の歴史における重要な転換がもたらされた。古代人(Antiquity)も恋の
苦しみを歌いはしたが,その苦しみは,ただ,幸福の期待あるいは痛ましい挫
折として考えられただけであった(幸福の期待あるいは痛ましい挫折として以
外,決して抱かれることはなかった)。ビュラモス(注:愛する恋人 Thisbe 
がライオンに殺されたと思い自殺)とティスべ,(また)ケパロスとプロクリス
(注:ケパロスの妻)の感傷をそそる点は,彼らの悲劇的な結末にある。(即ち
,) すでに享受した幸福の悲痛な喪失にある。

 これに対して,宮廷詩は,欲求そのものを主要なモチーフとし,そのために
,否定的な基調(negative ground-note)を帯びた恋愛の概念が創造されてい
る。新しい詩的理想は,官能的な恋愛との関連をすっかりあきらめることなく
,あらゆる倫理的願望を取り入れることができた。恋愛は,いまや,あらゆる
道徳的・文化的な完璧さが花開く場所となった。恋する宮廷人は,その恋愛ゆ
えに,純粋かつ有徳であった。精神的要素がますます支配的になり,ついに,
13世紀の末ごろに,ダンテとその仲間たちの清新体(派)(注:Dolce Stil 
Novo 13世紀イタリアの文学運動)は,結局,神を敬い,神を直観する状態を
もたらす才能は恋愛にあり(恋愛に帰せられる)として終わる(とするように
なる)。

 ここで,一つの極限に達したのである。イタリアの詩は,徐々に,恋愛感情
のより高踏的でない表現に立ち返らなければならなかった。ペトラルカは,精
神化(霊化)された恋愛と,古代のモデルのもっと自然な魅力との間で揺れ動い
ている(注:is divided between どちらを選ぶべきかで迷っている)。間も
なく,宮廷恋愛の不自然な方式は捨てられる。そして,その微妙な区別は復活
することはないだろう。そしてそのときには,すでに宮廷的な恋愛観に潜んで
いたルネッサンスのプラトン主義が,精神的な傾向を持った恋愛詩の新しい形
式を生み出す(のである)。

One of the best accounts known to me of love in the later Middle Ages
 is to be found in Huizinga's book on The Waning of the Middle Ages (1924).

When in the twelfth century [he says] unsatisfied desire was placed by
 the troubadours of Provence in the centre of the poetic conception of
 love, an important turn in the history of civilization was effected. 
Antiquity, too, had sung the sufferings of love, but it had never 
conceived them save as the expectation of happiness or as its pitiful
 frustration. The sentimental point of Pyramus and Thisbe, of Cephalus
 and Procris, lies in their tragic end; in the heartrending loss of a
 happiness already enjoyed. Courtly poetry, on the other hand, makes 
desire itself the essential motif, and so creates a conception of love
 with a negative ground-note. Without giving up all connection with 
sensual love, the new poetic ideal was capable of embracing all kinds 
of ethical aspirations. Love now became the field where all moral and
 cultural perfection flowered. Because of his love, the courtly lover
 is pure and virtuous. The spiritual element dominates more and more,
 till towards the end of the thirteenth century, the dolce stil nuovo
 of Dante and his friends ends by attributing to love the gift of 
bringing about a state of piety and holy intuition. Here an extreme 
had been reached. Italian poetry was gradually to find its way back 
to a less exalted expression of erotic sentiment. Petrarch is divided
 between the ideal of spiritualized love and the more natural charm of
 antique models. Soon the artificial system of courtly love is 
abandoned, and its subtle distinctions will not be revived, when the
 Platonism of the Renaissance, latent, already, in the courtly c
onception, gives rise to new forms of erotic poetry with a spiritual
 tendency.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM06-050.HTM

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創刊日:2014-12-19  
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