名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第五章 キリスト教倫理 n.11

2018/04/03

 第五章 キリスト教倫理 n.11:感情のこもった言葉

 ジュレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832:功利主義の経済学者と
して著名)は,行動の源泉(としての動機)の一覧表を作った。彼は,その中
で,人びとが(それを)称賛するのか,非難するのか,あるいは,中立的に扱
うのかに従って,あらゆる人間の欲求を三段(三層)のカラム(欄)に分けて
挙げている。そうして,(たとえば)一段目のカラムには「大食(gluttony)」
とあるが,それと向かい合った(opposite it),次のカラムには「社交的な食
事(social board)の楽しさを愛すること」とある。また,衝動に称賛の名称
をつけるカラムでは,「公共精神」とあるが,それと向かい合った,次のカラ
ムには「悪意 (spite)」(という記述)が見いだされる。

 倫理上の話題について明噺に考えてみたい人に対しては,(他ならぬ)この
点において(in this particular)ベンサムを真似ることを私はお薦めしたい。
そして,非難を伝える語のほとんどすべてには,称賛を伝える同意語があると
いう事実に慣れたあとで,称賛も非難も伝えない語を使用する習慣を身につけ
ることをお薦めする。「不貞(adultery)」も「姦通(私通)(fornication)」
も,非常に強い道徳的な非難を伝える語であるので,そういう語が使用されて
いる限り,明噺にものを考えることは困難である。

 けれども,それ以外に(他に),我々の道徳を堕落させようと思っている扇
情的な(好色的な)作家の使う語がある。(たとえば,)そういう作家は,
「勇敢な(恋愛)行為」だとか,「法律の冷たい束縛によって足かせをされな
い恋愛」といった言い方をするだろう。これらの(二組の)語のセットには
(注:前半にあげた2つの語と後半にあげた2つの語),ともに偏見をかき立
てる意図がある。もしも,われわれが冷静に考えたいと思うなら,どちらの組
の語も(使用を)意図的に避けなければならない。

 不幸なことに,これによって,必然的に,我々の文学的なスタイルが損なわ
れるにちがいない。称賛の言葉も,非難の言葉も,ともに装飾的で面白い。毒
舌や激賞で読者を惹きつけることができるし,また,ちょっとしたスキルで,
著者は,読者の感情を思いのままの方向に喚起することもできる。けれども,
我々は,理性に訴えたいので,たとえば「婚外の性関係」などといった,無味
乾燥な中立的な言葉を使わなければならない。

 しかしそれでも,多分,これはあまりにも厳格な教訓だろう。というのは,
結局,我々が扱っているのは,人間の情緒が強く関係している事柄であり,か
りに文章から完全に情緒を排除してしまったなら,扱っている主題の内容
(subject-matter)を伝えることができないかもしれないからである。

 あらゆる性的な事柄に関して,当事者の観点から記述するか,それとも,ね
たみ深い部外者の観点から記述するかによって,極端が存在する(生じる)。
我々自身がすることは「勇敢な(恋愛)行為」であり,他人がすることは「姦
通(私通)」になる。それゆえ,情緒的な色彩を帯びた言葉も忘れないように
しなければならない。そして,時折,我々もそれを使用するかもしれない(使
用してもよいだろう)。しかし,控えめにそうしなければならない。そして,
大部分においては(in the main),中立的かつ科学的に精確な言葉遣い(表
現法)で満足しなければならない。

Chapter V Christian Ethics、n.11

Jeremy Bentham made a table of the springs of action, where every 
human desire was named in three parallel columns, according as men 
wish to praise it, to blame it, or to treat it neutrally. Thus we 
find in one column "gluttony", and opposite it, in the next column,
 "love of the pleasures of the social board". And again, we find in 
the column giving eulogistic names to impulses, "public spirit", and
 opposite to it, in the next column, we find "spite". I recommend 
anybody who wishes to think clearly on any ethical topic to imitate
 Bentham in this particular, and after accustoming himself to the fact
that almost every word conveying blame has a synonym conveying praise,
 to acquire a habit of using words that convey neither praise nor 
blame. Both "adultery" and "fornication" are words conveying such 
immensely strong moral reprobation that so long as they are employed
 it is difficult to think clearly. There are, however, other words 
used by those lascivious writers who wish to corrupt our morals: 
such writers will speak of "gallantry", or "love unfettered by the 
cold bonds of law". Both sets of terms are designed to arouse 
prejudices ; if we wish to think dispassionately, we must eschew the
 one set just as much as the other. Unfortunately this must inevitably
 ruin our literary style. Both words of praise and words of blame are
 colourful and interesting. The reader can be carried along by an 
invective or panegyric, and with a little skill his emotions can be 
aroused by the author in any desired direction. We, however, wish to
 appeal to reason, and we must therefore employ dull neutral phrases,
 such as "extra-marital sexual relations". Yet perhaps this is too 
austere a precept, for after all we are dealing with a matter in which
human emotions are very strongly involved, and if we eliminate emotion
 too completely from our writing, we may fail to convey the nature of 
the subject-matter with which we are dealing. In regard to all sexual 
matters there is a polarity according as they are described from the 
point of view of the participants or from that of jealous outsiders. 
What we do ourselves is "gallantry" ; what others do is "fornication".
 We must therefore remember the emotionally coloured terms, and we may
 employ them on occasion; but we must do so sparingly, and, in the 
main, we must content ourselves with neutral and scientifically 
accurate phraseology.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM05-110.HTM

 <寸言>
 恋愛においては極端な言葉を使うのもよいであろうが、対話の場においては
可能な限り客観的な感情を表さない言葉を使うほうがよい。その場合、多くの
政治家は人気がなくなり、当選しにくくなるかも知れないが、大衆受けするこ
とを言い続ける必要性から、一部の者に対しては利益誘導できても国民全体の
ためにならないことしてしまう可能性は減るであろう。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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