名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第五章 キリスト教倫理 n.5

2018/03/27

 第五章 キリスト教倫理 n.5:禁欲主義の反動

 性に関するこうした見解が一般に広まっていたところにおいては,性関係が
起こると,それは明らかに,アメリカの禁酒法(注:Prohibition と大文字に
なっていることに注意)のもとでの飲酒のように,獣的かつ荒々しいものとな
りがちであった。愛の技術は忘れられ,結婚は獣的になった。

 禁欲主義者たちが,人間の心に,貞節(禁欲生活)が重要であるという,深
くかつ永続的な確信を植えつけた勲功(services 功績)は,極めて大きかっ
たが,しかし,その功績も,彼らが結婚に及ぼした有害な影響によって大きく
相殺された。教父たちの膨大な著作の中から,結婚制度についての美しい記述
が2,3抜粋されてきた。しかし,概して,教父たちの結婚に対する態度(結
婚観)ほど粗野かつ不快なものを想像することは困難であろう。死の破壊(死
による破壊)を回復するという崇高な目的のために自然が計画(設計)し,ま
た,リンネ(注:Carl von Linne 1707-1778:スウェーデンの博物学者)が示
したように,花の世界にまで広がっているこの関係は,常にアダムの堕落の結
果として扱われ,結婚はほとんどもっぱら,その最も低級な面のみが考察され
た。結婚が引き出すやさしい愛及び,それに伴って生じる(follow in its 
train)神聖かつ美しい家庭的な特質は,ほとんど完全に考慮から省かれてしま
った。

 禁欲主義者の目的(目標)は,人びとを純潔の生活に引きつけることであり,
その必然の結果として,結婚は,劣った状態として扱われた。結婚は,実際,
種の繁殖のために必要なものであり,また,それゆえ,正当化できるものであ
り,また,人びとをより大きな罪を犯させないために必要なものであると考え
られた。しかし,それでもなお,結婚は真の神聖さを熱望する人なら誰でもそ
こから逃れられる堕落した状態である,と見なされていた。聖ヒエロニムスの
威勢のよい言葉を借りると,「純潔の斧で結婚という木を切り倒すこと」は,
聖者の目的(end)であった。そして,聖ヒエロニムスが結婚を賛美することに
同意したとすれば,それは,単に,結婚によって純潔な人間(子ども)を産み
出す(生み出す)からにほかならなかった。結婚の契りが結ばれたあとでさえ
,禁欲主義者の情熱にはトゲ(sting)が残っていた。そのトゲが,家庭生活の
ほかの関係をどんなに辛いものにしたかは,すでに見たとおりである。この中
に −(つまり)あらゆるものの中で最も神聖な結婚の中に− そのトゲは十倍の
苦しみを注ぎこんだのである。

 何か強い宗教的情熱が,夫あるいは妻をとらえれる時はいつも,その最初の
影響として,幸福な結びつきを不可能なものにした(のである)。宗教心の強
いほうの配偶者が,素早く,独りで禁欲生活を送ることを望んだ。あるいは,
少なくとも,表面上は別居しなくても(注:if no ostensible separation 
took place/ if = even if),結婚したまま別居するという不自然な生活を
することを望んだ。

 この種の考え方(the order of ideas)が,教父たちの勧告的な著作や聖人
の伝説(文学)の中で占めている膨大な箇所を,この文学部門に関する知識が
少しでも持っている人であれば誰もが知っているにちがいない。このようにし
て,たとえば ほんの2,3の例を挙げるなら 聖ニルスは,すでに子供を二
人ももうけていたのに,流行(はやり)の禁欲主義への憧れにとらわれた。そ
して,彼の妻は,長い年月をかけて説き伏せられて,別居することに同意した
。聖アモンは,結婚式の夜(初夜)に花嫁を迎えるにあたって,結婚している
状態の罪悪について長い演説をし,その結果,すぐさま別居することに意見が
一致した。聖メラニアは,長いこと熱心に夫の説得に努めた末,やっと夫と床
を別々にする(同衾しない)ことを承諾させた。聖アブラハムは結婚当夜,妻
のもとを逃げ去った。いくらか後の伝記(言い伝え)によると,聖アレクシウ
スも,同じ手段を講じたが,何年もたって,エルサレムから父親の家に戻って
きた。家では,妻がまだ捨てられたことを嘆いていた。彼は懇願して,慈善行
為として宿を与えられ ,そこで,死ぬまで,軽蔑され,認められことなく,
人に知られることもなく,死ぬまで暮らした(とのことである)。
(レッキー著『ヨーロッパ道徳史』第二巻,pp.339-341) 

It is evident that, where such views concerning sex prevailed, sexual
 relations when they occurred would tend to be brutal and harsh, like
drinking under Prohibition. The art of love was forgotten and marriage
 was brutalized.
The services rendered by the ascetics in imprinting on the minds of
 men a profound and enduring conviction of the importance of chastity,
 though extremely great, were seriously counterbalanced by their 
noxious influence upon marriage. Two or three beautiful descriptions 
of this institution have been culled out of the immense mass of the
 patristic writings; but in general, it would be difficult to conceive
 anything more coarse or more repulsive than the manner in which they
 regarded it. The relation which nature has designed for the noble 
purpose of repairing the ravages of death, and which, as Linnaeus has
 shown, extends even through the world of flowers, was invariably 
treated as a consequence of the fall of Adam, and marriage was 
regarded almost exclusively in its lowest aspect. The tender love 
which it elicits, the holy and beautiful domestic qualities that 
follow in its train, were almost absolutely omitted from 
consideration. The object of the ascetic was to attract men to a life
 of virginity, and as a necessary consequence, marriage was treated as
 an inferior state. It was regarded as being necessary, indeed, and 
therefore justifiable, for the propagation of the species, and to free
 men from greater evils ; but still as a condition of degradation from
 which all who aspired to real sanctity could fly. To "cut down by the
 axe of Virginity the wood of Marriage" was, in the energetic language
 of St. Jerome, the end of the saint ; and if he consented to praise 
marriage, it was merely because it produced virgins. Even when the 
bond had been formed, the ascetic passion retained its sting. We have
 already seen how it embittered other relations of domestic life. Into
 this, the holiest of all, it infused a tenfold bitterness. Whenever 
any strong religious fervour fell upon a husband or a wife, its first
 effect was to make a happy union impossible. The more religious 
partner immediately desired to live a life of solitary asceticism, or
at least, if no ostensible separation took place, an unnatural life of
separation in marriage. The immense place this order of ideas occupies
 in the hortatory writings of the fathers, and in the legends of the 
saints, must be familiar to all who have any knowledge of this 
n he had already two children, was seized with a longing for the 
prevailing asceticism, and his wife was persuaded, after many tears,
 to consent to their separation. St. Ammon, on the night of his 
marriage, proceeded to greet his bride with an harangue upon the evils
 of the married state, and they agreed, in consequence, at once to 
separate. St. Melania laboured long and earnestly to induce her 
husband to allow her to desert his bed before he would consent. 
St. Abraham ran away from his wife on the night of his marriage. 
St. Alexis, according to a somewhat later legend, took the same step,
 but many years after returned from Jerusalem to his father's house, 
in which his wife was still lamenting her desertion, begged and 
received a lodging as an act of charity, and lived there despised, 
unrecognized, and unknown till his death.
(note: W. E. H. Lecky, History of Europen Morals, vol. ii, pp. 339-
341)
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM05-050.HTM

 <寸言>
 人口密度が低く自然環境が厳しくない地域においては禁欲主義はそれほど発
達しないであろう。
 禁欲を強いる社会的圧力は、禁欲する者が一部に限られ、禁欲によって社会
的評価が高くなる場合は長続きするであろうが、そうでない場合は、人間性は
反逆し、長続きしない。社会が豊かになっていき、身分制社会が崩壊すれば、
個々人は主張するようになり、為政者もそれを無視できなくなる。

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創刊日:2014-12-19  
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