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(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第四章「男根崇拝,禁欲主義および罪」n.8

2018/03/21

 第四章 男根崇拝,禁欲主義および罪 n.8:禁欲主義発生の原因?

 これまで考察したどれよりもはっきりしない原因が(ほかにもあって),古
代世界の後期に次第に強まってきた禁欲主義と関係があったのではないか,と
私は思っている。人生が愉快に見え,人間が精力的で,現世に存在する(生き
る)喜びが十分あり,完全な満足が得られる時代もある。(また)人間が飽き
飽き(倦怠)しているように見え,この世もその喜びも不十分で,人びとが現
世(注: sublunary scene 月下=この世界)の本来の虚しさを埋め合わせよう
と,魂の慰めや来世に頼ろうとする時代もある。

  「雅歌」のソロモンと「伝道の書」のソロモンとを比較してみよ。前者は全
盛期の古代世界を,後者は衰退期の古代世界を表わしている。私は,この違い
の原因が何であるかを理解している,と公言するつもりはない。もしかすると
,戸外の活動的な生活の代わりに,座りっぱなしになりがちな都会生活を選ん
だためというような,ごく単純かつ生理学的な原因であったかもしれない。も
しかすると,ストア学派の哲学者たちは肝臓の働きが不活発であったのかもし
れない。もしかすると,「伝道の書」の作者は,運動不足のためにいっさいが
むなしいと思ったのかもしれない。

 それはともかく,このような気分は,容易に,性を非難する態度に導くこと
は疑いない。おそらく,これまで示唆した諸原因,及びその他さまざまな原因
が,古代後半の数世紀の一般的な倦怠を生み出すのに寄与した(力を添えた)
のであろう。そして,禁欲主義は,この倦怠の一つの特色であったのである。

 不幸にして,キリスト教倫理が形成されたのは,この退廃的で病的な時代の
ことであった。その後の時代の精力旺盛な男性たちは,生物学的な価値の感覚
や,人間の生命が連続しているという感覚をすっかり失った,病み,疲れ,幻
滅した人びとの人生観にそむかない行動をするように,最善を尽くさなければ
ならなかった。けれども,これは次章の話題(次章でとりあげるテーマ)であ
る。

Chapter IV Phallic Worship, Asceticism and Sin, n.8

I suspect that other causes more obscure than any we have yet 
considered had to do with the increasing asceticism of the ancient 
world in its later days. There are epochs when life seems cheerful, 
when men are vigorous, and when the joys of this mundane existence are
 sufficient to give complete satisfaction. There are other epochs when
 men seem weary, when this world and its joys do not suffice, and when
 men look to spiritual consolation or a future life to make up for the
 natural emptiness of this sublunary scene. Compare the Solomon of the
 "Song of Songs" with the Solomon of Ecclesiastes; the one represents 
the ancient world in its prime, the other in its decay. What is the 
cause of this difference I do not profess to know. Perhaps it is 
something very simple and physiological, such as the substitution of a
 sedentary urban life for an active life in the open air; perhaps the 
Stoics had sluggish livers; perhaps the author of Ecclesiastes thought
 that all is vanity because he did not take enough exercise. However 
that may be, there is no doubt that a mood such as this leads easily 
to a condemnation of sex. Probably the causes we have suggested, and 
various others also, contributed to the general weariness of the later
 centuries of antiquity, and of this weariness asceticism was one 
feature. Unfortunately it was in this decadent and morbid period that
 the Christian ethic was formulated. The vigorous men of later periods
 have had to do their best to live up to an outlook on belonging to 
diseased, weary and disillusioned men who had lost all sense of 
biological values and the continuity of human life. This topic, h
owever, belongs to our next chapter. 
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM04-080.HTM

 <寸言>
 社会の全盛期には多くの人が元気になり、衰退期には多くの人が元気がなく
なる。また、いかなる時代いおいても、その人の全盛期には意気盛んになり、
衰退期には意気消沈する。
 それはそれとして、キリスト教倫理が形成されたのは,退廃的で病的な時代
のことであった。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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