名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
読者と一緒に育てていきたいと思っています.


全て表示する >

ラッセル『結婚論』第四章「男根崇拝,禁欲主義および罪」n.7

2018/03/20

 第四章 男根崇拝,禁欲主義および罪 n.7:キリストの花嫁

 よくあることであるが,嫉妬と性的疲労が同時に働くときには,性を否定す
る情熱の強度がとても大きくなる可能性がある。禁欲主義が非常に(性的行動
が)放縦な社会において成長し易い主要な原因はそのためである,と私は考え
る。

 けれども,歴史的現象として見た場合の(修道士の)独身主義には,(同様に
重要な as well)他の原因もある。神々への奉仕に身をささげている男女の司
祭は,これらの神々と結婚したとみなされ,それゆえ,生きている人間
(mortals 俗人)との性交はすべて控える義務があると見なされる(のである)。
彼らは,当然,例外的に神聖であると考えられるようになり,そのようにして,
神聖性と独身主義とが結びつく。カトリック教会では,今日にいたるまで,修
道女(尼僧)はキリストの花嫁とみなされている。そして,これこそ,修道女が
生きている人間(俗人)と交わるのは邪悪であるとされる理由の一つであるこ
とは確かである(確実である)。

Chapter IV Phallic Worship, Asceticism and Sin, n.7

Where jealousy and sexual fatigue co-operate, as they often do, the 
strength of the anti-sexual passion may become very great. I think 
this is the main reason why asceticism is apt to grow up in very 
licentious societies.
Celibacy as an historical phenomenon has, however, other sources as 
well. Priests and priestesses dedicated to the service of divinities 
may be regarded as married to these divinities, and as therefore 
obliged to abstain from all intercourse with mortals. They will 
naturally be considered exceptionally holy, and thus an association is
 brought about between holiness and celibacy. Up to our own day in the
 Catholic Church, nuns are regarded as the brides of Christ. And this 
is certainly one of the reasons why it is thought wicked for them to
 have intercourse with mortals
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM04-070.HTM

 <寸言>
 新興宗教では教祖が神と同一視されるため、神の花嫁である女性信者(ただ
し、美人か性的魅力のある女性)が教祖様に性的奉仕することは神聖なる「奉
仕活動」となる。
教祖様が女性信者に「手をつけた」ことが週刊誌などで時々報じられている。
たとえば、・・・。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。