名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論』第四章「男根崇拝,禁欲主義および罪」n.3

2018/03/15

 
 第四章 男根崇拝,禁欲主義および罪 n.3

 古代の異教徒の宗教のすべてに,男根崇拝の要素がかなり含まれており,
(そのため)初期キリスト教の教父たちは,多くの論争の武器を手に入れた。
しかし,教父たちの論争術(polemics)にもかかわらず,男根崇拝は,中世を
通じてその痕跡をとどめていたのであり,ただプロテスタンティズム(キリス
ト教の新教の教義)のみが,ついにその名残りを根絶することに成功した。
 フランダースやフランスでは,淫猥な(ithypahllic 男根を見せている)聖徒
はめずらしくなかった。たとえば,ブルターニュ(Brittany)の聖ジル,アンジ
ューの聖ルネ,ブールジュの(Bourges)聖グルリション,聖ルノー,聖アルノ
ーなどである。南フランス全体の中で最も評判の高かった聖フ一夕ンは,リヨ
ンの最初の司教であったと言われていた。アンブラン(Embrun)にある彼の聖廟
がユグノー教徒(Huguenots,)によって破壊された時,この聖者の驚くほど巨大
な男根像(phallus)が廃嘘から救い出されたが,それは,大量のブドウ酒が
献酒されて(注がれて)いて赤く染まっていた。彼の崇拝者たちは,ブドウ酒
をその男根に注ぎかけ,その後で,不妊や性的不能を治す特効薬として,その
神酒を飲むこと(potation)が習わしであった(のである)。 (出典:ブリ
フォールト,前掲書 p.40)
 神聖娼婦(聖なる売春)も,古代においては,非常に広く行きわたっていた
制度である。ある地方では,普通のちゃんとした婦人が寺院に行き,司祭か,
あるいは,たまたま出会った男と性交を行った。また,ある場合には,女性の
司祭自身が神聖な売春婦であることもあった。多分,このようなすべての慣習
が起こったのは,神々の恵みによって女性の多産を,あるいは,交感呪術によ
って作物の豊穣を確保しょうとする試みからであったと思われる。

Chapter IV Phallic Worship, Asceticism and Sin, n.3

Considerable elements of phallic worship existed in all the pagan 
religions of antiquity, and supplied the Fathers with many polemical
 weapons. In spite of their polemics, however, traces of phallic
 worship survived throughout the Middle Ages, and only Protestantism
 was finally successful in extirpating all vestiges of it.
In Flanders and in France ithyphallic saints were not uncommon, such 
as St. Giles in Brittany, St. Rend in Anjou, St. Greluchon at Bourges,
 St. Regnaud, St. Arnaud. The most popular throughout southern France,
 St. Foutin, was reputed to have been the first bishop of Lyons. When
 his shrine at Embrun was destroyed by the Huguenots, the phenomenal 
phallus of the holy personage was rescued from the ruins, stained red
 from abundant libations of wine, which his worshippers had been in 
the habit of pouring over it, drinking thereafter the potation as an 
infallible remedy against sterility and impotence.(Briffault, loc.
 cit/, p.40)

Sacred prostitution is another institution which was very widespread 
in antiquity. In some places ordinary respectable women went to a 
temple and had intercourse either with a priest or with a casual 
stranger. In other cases, the priestesses themselves was sacred 
harlots. Probably all such customs arose out of the attempt to secure
 the fertility of women through the favour of the gods, or the 
fertility of the crops by sympathetic magic.
 出典: Marriage and Morals, 1929.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM04-030.HTM

 <寸言>
 聖職者は神の(ための)戦士であり、(目的の「高貴さ」でカモフラージュ
した)神聖娼婦はいわば「従軍慰安婦」と言えるかも知れない。
 

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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