名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ラッセル『結婚論(結婚と性道徳』序論

2018/02/20

 序 論 n.1

 古代であれ,現代であれ,社会を特徴づけるものとして二つの要素があり,
それらの2つの要素は最高に重要性を持っていてかなり密接に相互に関連して
いる。(即ち)一つは経済制度であり,もう一つは家族制度である。今日,二
つの影響力を持つ学派があり,一方は,あらゆるものを経済的な原因(源泉)
から導き出すのに対して,他方は,あらゆるものを家族あるいは性的な原因
(源泉)から導き出す。前者はマルクス(学)派であり,後者はフロイト(学)派
である。

 私自身はどちらの学派の信奉者でもない。なぜなら,経済と性との相互の結
びつきは,因果的効力(causal efficacy 因果作用)の点から見て,一方が他
方よりも優位であることをはっきり示しているとは,私には思えないからであ
る。たとえば,疑いもなく,産業革命は性道徳に深刻な影響を及ぼしてきたし
,これからも及ぼすと思われるが,逆に,清教徒の性道徳は,心理的に見れば
,産業革命の原因の一部(ひとつ)として不可欠であった。

 私自身は,経済的な要因と性的な要因のどちらにも優位(性)を与えるつも
りはないし,事実,両者をはっきりと切り離すことはできない。経済は,本質
的には,食物を手に入れることに関係しているものであるが,人間の場合,食
物は個人のためにだけ求められることはめったになく,家族のために求められ
る(欲せられる)のであって,家族制度が変化するにつれて,経済的動機もま
た変化する(のである)。

 もし仮に,プラトンの『国家』に書かれているように,子供が両親からとり
あげられて国家によって養育されるとしたら,生命保険だけでなく,私的な
(個人的な)の貯蓄の大部分の形態はほとんど影を消してしまうであろう。す
なわち,もしも,国家が父親の役割を引き受けるとしたら,事実上(ipso 
facto),国家が唯一の資本家になるだろう。徹底した共産主義者はしばしば
逆の主張,即ち,もし,国家が唯一の資本家になるようであれば,我々の知っ
ているような家族(形態)は生き残ることはできない,と主張してきた。たと
え,これは誇張しすぎだとしても,私有財産と家族との間に密接な関係がある
ことは否定できない。しかも,この関係は相互的なものであり,一方が原因で
他方が結果である・と言うことはできない。

In characterising a society, whether ancient or modem, there are two 
elements, rather closely interconected, which are of prime importance: 
one is the economic system, the other the family system. There are at 
the present day two influential schools of thought, one of which 
derives everything from an economic source, while the other derives
 everything from a family or sexual source, the former school that of
 Marx, the latter that of Freud. I do not myself adhere to either 
school, since the interconnection of economics and sex does not appear
 to me to show any clear primacy of the one over the other from the 
point of view of causal efficacy. For example: no doubt the industrial
 revolution has had and will have a profound influence upon sexual 
morals, but conversely the sexual virtue of the Puritans was 
psychologically necessary as a part cause of the industrial 
revolution. I am not prepared myself to assign primacy to either the
 economic or the sexual factor, nor in fact can they be separated with
any clearness. Economics is concerned essentially with obtaining food,
but food is seldom wanted among human beings solely for the benefit of
 the individual who obtains it; it is wanted for the sake of the 
family, and as the family system changes, economic motives also 
change. It must be obvious that not only life insurance but most forms
 of private saving would nearly cease if children were taken away from
their parents and brought up by the state as in Plato's Republic; that
 is to say, if the State were to adopt the role of the father, the 
State would, ipso facto, become the sole capitahst. Thoroughgoing 
Communists have often maintained the converse, that if the State is to
 be the sole capitalist, the family, as we have known it, cannot 
survive; and even if this is thought to go too far, it is impossible
 to deny an intimate connection between private property and the 
family, a connection which is reciprocal, so that we cannot say that
 one is cause and the other is effect.
 出典: Marriage and Morals, 1929, Introduction.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM-INTRO01.HTM

 <寸言>
 Marriage and Morals (1929)には,『ラッセル幸福論』,及び『ラッセル教
育論』とともに,岩波文庫に安藤貞雄氏による名訳があります。しかし,残念
ながら,『ラッセル幸福論』『ラッセル教育論』ほど売れておらず,新刊書店
で見かけることもほとんどありません。
 なお,安藤氏の邦訳は,「訳者あとがき」によれば,少し残念ながら,原本
テキストとして初版第6刷(1938年刊)を使用しているとのことです。しかし
,初期の刷りのものには,誤解をまねく表現(人種差別的な表現)があるとの
指摘を友人から受け,(それはラッセルの本心ではないということで)その部
分を修正をしています(読者にとっては重要な修正です!)。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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