名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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現代の世界が必要とするもの

2018/01/25

 人類(人間)はジャングルをなくしましたが(開発して無くしましたが),ジ
ャングルの法則によって支配されることをまだ許しています。人類(人間)は
,人類(humanity)共通の任務という感覚をほとんど持っていません。つまり,
過去における人類共通の任務の達成とか,未来におけるさらに偉大かつ可能な
人類共通の任務の達成という感覚をほとんど持っていません。人類(人間)は
,同胞を共通の目的を持つ協力者と見ないで,相手を殺されないと自分を殺す
であろう敵として見ます。自分が属している宗派や政党が何であれ究極的かつ
永遠の英知を体現(具現化)しており,反対の党派は,永遠かつ絶対的な愚か
さを体現していると信じています。歴史的な教養を持ったいかなる人にとって
も,そのような見解(物の見方)は,不合理にみえます(馬鹿げています)。
過去のいかなる人類の部分も,自分でそう思ったほど善良ではなかったし,敵
によってそう思われたほど邪悪ではありませんでした。しかし,過去において
は,人類は,もたつきながらですが,また,一時的に悲惨な後戻りをしつつ,
争っていながらも,その共通の目的を達成することができました。しかし,我
々の時代(現代)においては,新しい賢さ(例:科学技術)は,新しい知恵が伴
うことによってのみ,人類の生存と両立可能です。必要とされる知恵は,一つ
の意味においてだけ新しいものです。それは人間の諸集団(多くの集団)),
特に強大な権力を統御している人たちにアピールするものでなければならない
という点です。それは,以前には公言されたことがまったくなかった(か)と
いう意味では,新しいものではありません(注:過去にも公言はされていたの
で)。それは,多くの時代にわたって(長年に渡って),賢人によって公言さ
れてきましたが,彼らの英知は心に留められることはありませんでした。今や
,英知が夢想家の怠惰な夢にすぎない(もの)として扱うことができる時代は
過去のものとなりました。今後来るべき惨害の恐怖によってひどく憂鬱になっ
た時には,私は,時々,世界が必要とするのは,威嚇と最も深い同情とを併せ
持った声で,次のように公言する預言者であると考えたくなります。即ち,人
類が今進んでいる道は誤った道であり,我々の子供を死に導く道であり,あら
ゆる希望を消滅に導く道であるが,人類が欲すればたどることのできる別の道
があり,この別の道は,過去に存在したいかなるものよりもより良い世界に導
くものである,と。
 しかし,予言者のこの洞察は,一時的な慰みを与えることはできますが,世
界の必要とするものはもっと困難なことであり,もっと稀なことです。予言者
が東側(注:東西冷戦時代のこと)に現れたならば,粛正されるでしょう。も
し,西側に現れたならば,東側には聞かれずに,強く非難されて汚名をきせら
れるでしょう。それがどれほど偉大かつ雄弁であったとしても,世界を救うこ
とのできるのは,いかなる一人の個人の行動によるのではありません。世界の
最強の国々の支配者とその追随者たちが,無益な憎悪の泥沼のなかで,恥ずべ
き死の方向へのみいざなっている鬼火を追跡していたことに気づくようになっ
て(なった時に)始めて世界は救われることができます。集団的な愚行は,ま
だ全世界にわたってはいません。まったくその愚行に加わっていない国々もあ
りますし,部分的にのみその餌食になっている国々もあります。人類が過去と
同様に未来をもつことを希望するのは遅すぎはしません。人々がこの希望を十
分にはっきりと感じて,それにダイナイックなカを与えれば,歴史の自覚(歴
史を自覚すること)は,そこから慈愛に満ちた訴えを感じとるに違いない最大
のカの一つであると,私は信じます。(終)

Although he has abolished the jungle, he still allows himself to be 
governed by the law of the jungle. He has little sense of the common 
tasks of humanity, of its achievements in the past and its possible 
greater achievements in the future. He sees his fellow man not as a 
collaborator in a common purpose, but as an enemy who will kill if he
 is not killed. Whatever his sect or party may be, he believes that it
 embodies ultimate and eternal wisdom, and that the opposite party 
embodies ultimate and absolute folly. To any person with any 
historical culture such a view is absurd. No portion of mankind in the
 past was as good as it thought itself, or as bad as it was thought by
 its enemies; but, in the past, humanity could achieve its common 
purposes in spite of strife, though haltingly and with temporarily 
disastrous setbacks. But in our age the new cleverness is only 
compatible with survival if accompanied by a new wisdom. The wisdom 
that is needed is new only in one sense: that it must appeal to masses
of men, and above all, to those who control great power. It is not new
 in the sense that it has never been proclaimed before. It has been 
proclaimed by wise men for many ages, but their wisdom has not been 
heeded. Now, the time is past when wisdom could be treated as nothing
 but the idle dream of visionaries. Sometimes in the moments when I am
 most oppressed by the fear of coming disaster, I am tempted to think
that what the world needs is a Prophet who will proclaim, with a voice
 combining thunder with the deepest compassion, that the road upon 
which mankind is going is the wrong road -- a road leading to the 
death of our children and to the extinction of all hope-- but that 
there is another road which men can pursue if they will, and that this
 other road leads to a better world than any that has existed in the
 past. But, although this vision of a prophet can afford a momentary
 consolation, what the world needs is something more difficult, more 
rare. If a prophet were to arise in the East, he would be liquidated;
 if a prophet were to arise in the West, he would not be heard in the
 East and in the West would be condemned to obloquy. It is not by the
 action of any one individual, however great and however eloquent, 
that the world can be saved. It can be saved only when rulers and 
their followers in the most powerful countries of the world become 
aware that they have been pursuing a will-o'-the-wisp which is 
tempting them only toward ignominious death in a mire of futile 
hatred. The collective folly is not yet universal. Some nations stand
 wholly outside it, some are only partially victims to it. It is not 
too late to hope that mankind may have a future as well as a past. 
I believe that if men are to feel this hope with sufficient vividness
 to give it dynamic power, the awareness of history is one of the 
greatest forces of which the beneficent appeal must be felt.
 出典:Bertrand Russell : History as an art (1954)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-200.HTM

 <寸言>
  現実は厳しいが希望を失わないラッセル。人類の多くが「共存」「共生」の思想に立たなければならないが、特に強大な権力を持っている東西の権力者を覚醒させなければ力を持つことができない。権力者に対して遠くからブツブツ文句を言っているだけでは、平和を築くとこはできない。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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