名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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現代は「酔いしれた時代」か? それとも・・・「冷めた時代」か?

2018/01/24

 酔いしれた我々の時代(現代)に正気をもたらすことにおいて,歴史(書)
は演ずべき重要な役割をもっていると,私は思います。これは,任意の想定上
の「歴史の教訓」(注:みすず書房版の中村訳では "lessons of history" が
「歴史課程」という訳になってしまっている!)によって,あるいは,実際に
,安易に決まり文句に入れられた任意のものによって,もたらされると,私が
言おうとしているのではありません。歴史家のためだけでなく,教育によって
何らかの物の見方の広がりを与えられたすべての人たちのために,歴史(書)に
とって可能であり,また歴史(書)がなすべきことは,現在の出来事や,それら
の出来事の過去や未来に対する関係について,ある一定の平静な心(精神の平
静さ)や、ある一定の考え方や感じ方,を生み出すことです。私は,トゥキデ
ィデス(紀元前460年頃 - 紀元前395年:古代アテナイの歴史家)は,自分の歴
史(書)をアッテイカの悲劇を模範にして書いたというコーンフォードの学説を
承認すべきかどうかわかりません。しかし,トゥキディデスがそうしたのであ
れば,彼が記録した出来事は,彼のその行為を十分正当化しているし,アテナ
イ人たちは,自分自身をありえそうな(実際起こりそうな)悲劇における役者
の照明に照らしてみたならば,悲劇的な結果を避けるだけの知恵を彼らはもっ
ていたことでしょう。悲劇は倣慢から生じるというのは古い(古代の)教義で
すが,それは古いものであってもなお真理であり,倣慢は,傲慢が常に導いた
災害を忘れた人々の間に,いつの時代にも再発します(繰り返し起こります)。
どの時代にも繰返してそれがつねにそこへと導いてきた悲劇を忘れた人たちの
間に起ります。我々の時代においては,人類は以前の時代に知られたあらゆる
ものを越えるほどの倣慢さに集団的にふけってきました。過去において,プロ
メテウスは,ゼウスの暴逆によって彼の慈愛に満ちた仕事を制止された,自称
解放者と見なされましたが,現在我々は,プロメテウスの現代の追随者を制止
するゼウスのいることを望み始めています。プロメテウスは,(天界から日を
盗んで)人類に奉仕しようとしました。彼の現代の追随者たちは,人類の情熱
に奉仕しています。(ただし)それはただそれらの追従者が気が狂っていて,
破壊的である場合に限られています。現代の世界では,実験室により聡明な人
間がおり,権力の座には愚か者がいます。より賢い人間は,アラビアンナイト
のジン(妖霊)のように奴隷です。人類は,愚か者の指導の下に,また聡明な
奴隷の巧妙なエ夫によって,集団で自らの(人類の)の根絶を準備する偉大な
仕事に従事しています。このテーマ(人類根絶という主題)をそれにふさわしい
扱い方のできる(現代の)トウキディデスがいることを願っています。権力の
座にいる者が,もし歴史感覚を十分もっていたなれば,近づいていることが誰
にもわかっており,誰も望んでいない大惨事を避ける方法を見つけるだろうと
,私は考えざるをえません。なぜなら,歴史はあれこれの民族国家,あれこれ
の大陸の説明であるだけではありません。歴史の主題は,人類であり,人類は
,他の(人間以外の)あらゆる他の生命形態を,また,人類に対する大きな危
険において,生命のない自然の(様々な)力をさえ,支配する技術によって,地
位を高めてきた,進化の奇妙な産物です。しかし,人類は,聴明であるにもか
かわらず,人類を一つの家族と考えることを(今日まで)学びんできていませ
ん。
(注)プロメテウス:ギリシア神話に登場する男性神。ゼウスの反対を押し切
り,(人類のためになると考えて)天界の火を盗んで(未熟な)人間に与えた
。しかし、ゼウスの予言どおり,人間はその火を使って武器を作り戦争を始め
た。この神話から,「プロメテウスの火」とは,原子力など,人間の力ではコ
ントロールできないほど強大かつリスクの大きな科学技術の暗喩として用いら
れている。

I think that in bringing sanity to our intoxicated age, history has an
important part to play. I do not mean that this is to be brought about
 by any supposed "lessons of history," or indeed by anything easily 
put into a verbal formula. What history can and should do, not only 
for historians but for all whose education has given them any breadth
 of outlook, is to produce a certain temper of mind, a certain way of
 thinking and feeling about contemporary events and their relation to
 the past and the future. I do not know whether one should accept 
Cornford's thesis that Thucydides modeled his history on Attic 
tragedy; but, if he did, the events that he recorded fully justified
 his doing so, and the Athenians, if they had seen themselves in the 
light of actors in a possible tragedy, might have had the wisdom to 
avert the tragic outcome. It is an ancient doctrine that tragedy comes
 of hubris, but it is none the less true for being ancient, and hubris
 recurs in every age among those who have forgotten the disasters to 
which it has always led. In our age, mankind collectively has given 
itself over to a degree of hubris surpassing everything known in 
former ages. In the past, Prometheus was regarded as a would-be 
liberator, restrained in his beneficent work by the tyranny of Zeus,
 but now we begin to wish that there were some Zeus to restrain the
 modern followers of Prometheus. Prometheus aimed to serve mankind: 
his modern followers serve the passions of mankind, but only in so 
far as they are mad and destructive. In the modern world there are 
clever men in laboratories and fools in power. The clever men are 
slaves, like Djinns in the Arabian Nights. Mankind collectively, under
 the guidance of the fools and by the ingenuity of the clever slaves,
 is engaged in the great task of preparing its own extermination. 
I wish there were a Thucydides to treat this theme as it deserves. 
I cannot but think that if the men in power were impregnated with a
 sense of history they would find a way of avoiding the catastrophe
 which all see approaching and which none desire, for history is not
 only an account this nation or that, nor even of this continent or
 that; its theme is Man, that strange product of evolution which has
 risen by means of skill to a mastery over all other forms of life,
 and even, at great peril to himself, to mastery over the forces of 
inanimate nature. But Man, in spite of his cleverness, has not 
learned to think of the human family as one.
 出典:Bertrand Russell : History as an art (1954)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-190.HTM

 <寸言>
 現代は「酔いしれた時代」か、それとも「理性が拡大した冷めたあるいは覚
めた時代」か? いずれにせよ、マスコミの発達及び国際化の進展によって、
「より酔いしれ易い時代」になっていることは確かなようである。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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