名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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歴史書の執筆において文体やリズムは重要

2018/01/15

 「文才」(文章技術の才/文学的能力)は,意味が幅広く一般的な成句(熟
語)であり,もっと明確な(特定の)意味を付与する価値があるかも知れませ
ん。

 第一に,この語の狭義の意味で,文体(スタイル/様式),特に,言い回し
(用語の選択)やリズムがあります。ある種の言葉は (注:words と複数形),
特に科学的目的でつくられたものは,辞書的な意味しか持っていません。(た
とえば)「四面体」(tetrahedron)という語をある頁にみつけると,あなた
はすぐにうんざりし始めるでしょう,しかし「ビラミッド」という語は,ファ
ラオ王(古代エジプトの王)やアズテック族(の人々)を心に浮かばせる,洗
練された豊かな単語です。リズムは感情に依存するものです。強く感じられた
ことは,自然に,リズミカルかつ多用な形で表現されます。こういう理由で,
特に,著作家(作家)はある種の感情の新鮮さを必要としますが,それは疲労
やその分野(その道)の権威者の助言を求める必要性によって打ち砕かれがち
です。これはおそらく完徳の勧め(神のように完全な人となりなさい,という
キリストの教え/実行不可能な[理想的]助言)ですが,歴史家は,実際に一
章を作文する前に,素材をよく消化して心に入れておき,自分の言おうとする
ことを確かめるためにペンをおくことのないようにすべきだと思います。いか
なる人の記憶も間違いやすいので,事実の検証(確証)は不必要だと言ってい
るわけではないですが,それは文章を書いている時ではなく,書いた後にすべ
きです。文体は,それが良いときは,著者の感じ方のごく個性的な表現であり
,それゆえに,とりわけ,最も称賛すべき文体であっても,まねることは致命
的です。メルマン(著)『英国教会史』のどこかで −私はこれを記憶にもとづ
いて書いていますが− 「修辞学は,単なる技術として考えられるが,いまだ素
晴らしい技術として研究されている」と言っています。仮にメルマンの肩越し
に見下ろせば,ギボン(注:名著『ローマ衰亡史』の著者)の亡霊は,この一
文をによって傷つけられたにちがいありません。

"Literary skill" is a large and general phrase, and it may be worth 
while to give it a more specific meaning. There is, first of all, 
style in the narrow sense of the word, especially diction and rhythm.
 Some words, especially those invented for scientific purposes, have
 merely a dictionary meaning. If you found the word "tetrahedron" on
 a page, you would at once begin to feel bored. But the word "pyramid"
 is a fine, rich word, which brings Pharaohs and Aztecs floating into
 the mind. Rhythm is a matter dependent upon emotion: What is strongly
 felt will express itself naturally in a rhythmical and varied form.
 For this reason, among others, a writer needs a certain freshness of
 feeling which is apt to be destroyed by fatigue and by the necessity
 of consulting authorities. I think though this is perhaps counsel of
 perfection that before an historian actually composes a chapter, he
 should have the material so familiarly in his mind that his pen never
has to pause for verification of what he is saying. I do not mean that
 verification is unnecessary, because everybody's memory plays tricks,
 but that it should come after, and not during, composition. Style, 
when it is good, is a very personal expression of the writer's way of
 feeling, and for that reason, among others, it is fatal to imitate
 even the most admirable style. Somewhere in Milman's History of 
Christianity (I write from memory), he says: "Rhetoric was still 
studied as a fine, though considered as a mere, art." The shade of
 Gibbon, if it was looking over Milman's shoulder, must have been
 pained by this sentence. 
 出典:History as an art  (1954)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-110.HTM

 <寸言>
 読みやすくリズムのある文章は,頭にはいりやすく心地よく読み進めること
ができる。どんなに客観的な書き方をしていても、文章に流れがなく、読みづ
らい場合は、頭にはいってこず、退屈になり、途中で読むのをやめたくなる。
一般向きの歴史書の場合は、後者は最悪であろう。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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