名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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一般読者向けの歴史書の書き方

2018/01/13

 こういった一般的でかなり散漫な考察を離れて,歴史(書)が歴史家(歴史研
究者)ではない読者に可能な最良の結果を生み出すためには,どのように書か
れるべきかという問題に移りましょう。

 第一にきわめて単純な要件があります。(即ち,)歴史(書)は,興味深いもの
でなければなりません。歴史(書)は,何か特別な理由によってあるひとそろい
の歴史的事実を知りたいという人たちだけでなく,詩やすぐれた小説を読むの
と同じ気持で歴史(書)読む人たちにも興味深いものでなければならないという
意味で,私は言っています。このことは,歴史家はまず彼の語っている事件や
彼が描写している人物(characters)について感情をもつべきである,という
ことを要求します。歴史家が事実を捻じ曲げてはいけないということはもちろ
ん必須なことですが,彼が執筆する(歴史書の)頁を満たす衝突や闘争(とい
った出来事に関する記述)において,一方の側に組してはならないということ
は必須ではありません。一つの党派を別の党派よりも好まない,また,自分の
描く人物中に英雄や悪党を登場させることを許容しないという意味での、公平
な歴史家は,退屈な著作家でしょう。読者に興味をもたせようとするならば,
歴史家は劇的事件において一方の側に立つことを許されなければなりません。
 このことが歴史家を一方的にさせるとすれば,唯一の治療法は反対の偏見を
もった他の歴史家を(読者が)見つけることです。例えば,宗教改革の歴史は
プロテスタントの歴史家によって書かれれば興味深いものになる可能性があり
ます。また、カトリックの歴史家によって書かれた時も,同等に,興味深いもの
となる可能性があります。もし,あなたが宗教戦争の時代に生きたらどのよう
に感じただろうかを知りたければ,恐らく,プロテスタントとカトリックの歴
史を両方とも読めば解るでしょうが,全体の事件系列を完全に公平(超絶)の
気持で眺める歴史家(の著作)のみを読むのであればうまくいかないでしょう。

 カーライルは,彼の「フランス革命史」について,自分の本はそれ自体一種
のフランス革命だと言いました。これは確かであり,彼のフランス革命史は,
歴史的記録としては不充分ですけれども,ある永続的な長所を有しています。
(読者が)本書を読むと,人民(パリ市民)が行ったことの理由がわかります。
これは,歴史書が読者のためになすぺき最重要なことの一つです。かつて,私
は,アガソクレス(シュラクサイの僭主,BC317年〜BC289年)について,シケ
リアのディオドロス(注:シケリア(=シチリア)島で生まれた古代ギリシア
の歴史家)の言い分(所見)を読みましたが,そこでは彼は純然たる悪漢として
現われていました。私は後に最近の参考書でアガソクレスを調べ,彼はものや
わらかで,政治家らしく,また,彼に帰せられたあらゆる罪は多分無実だとし
て,描かれているのを,知りました。
 私はこの二つの説明のうち,どちらがより正しいかを知る手段をまったくも
っていませんが,しかし,体裁をつくろった説明はまったく興味をひかないと
理解しています。劇的なあらゆるものの調子を落し,英雄はそれほど英雄的で
はなく,悪人たちをそれほど邪悪でないようにするという,一部の現代の歴史
家が陥りがちな傾向を,私は好みません。疑いもなく,劇的事件(drama)への
愛は歴史家を迷わせる可能性があります。しかし,虚偽の論証を要しない劇的
事件は沢山あります。ただし,文学的な熟練のみがそのような劇的事件を読者
に伝えることができるのです。

Leaving these general and rather discursive considerations, let us 
come to the question how history should be written if it is to produce
 the best possible result in the non-historical reader. Here there is
 first of all an extremely simple requirement: it must be interesting.
 I mean that it must be interesting not only to men who for some 
special reason wish to know some set of historical facts, but to those
who are reading in the same spirit in which one reads poetry or a good
 novel This requires first and foremost that the historian should have
 feelings about the events that he is relating and the characters that
he is portraying. It is of course imperative that the historian should
 not distort facts, but it is not imperative that he should not take 
sides in the clashes and conflicts that fill his pages. An historian 
who is impartial, in the sense of not liking one party better than 
another and not allowing himself to have heroes and villains among his
 characters, will be a dull writer. If the reader is to be interested,
 he must be allowed to take sides in the drama. If this causes an
 historian to be one-sided, the only remedy is to find another 
historian with an opposite bias. The history of the Reformation, for
 example, can be interesting when it is written by a Protestant 
historian, and can be equally interesting when it is written by a 
Catholic historian. If you wish to know what it felt like to live at
 the time of the Wars of Religion you will perhaps succeed if you 
read both Protestant and Catholic histories, but you will not succeed
 if you read only men who view the whole series of events with 
complete detachment. Carlyle said about his history of the French 
Revolution that his book was itself a kind of French Revolution. 
This is true, and it gives the book a certain abiding merit in spite 
of its inadequacy as an historical record. As you read it you 
understand why people did what they did, and this is one of the most
 important things that a history ought to do for the reader. At one 
time I read what Diodorus Siculus has to say about Agathocles, who 
appeared as an unmitigated ruffian. I looked up Agathocles afterward
 in a modern reference book and found him represented as bland and 
statesmanlike and probably innocent of all the crimes imputed to him.
 I have no means of knowing which of these two accounts is the more
 true, but I know that the whitewashing account was completely 
uninteresting. I do not like a tendency, to which some modern 
historians are prone, to tone down everything dramatic and make out
 that heroes were not so very heroic and villains not so very 
villainous. No doubt a love of drama can lead an historian astray;
 but there is drama in plenty that requires no falsification, though
 only literary skill can convey it to the reader. 
 出典:History as an art  (1954)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-100.HTM

 <寸言>
記述が平板かつ退屈で、読むことが苦痛であるような歴史の本は、義務的に読
む専門家以外、一般読者は誰も読もうとしないであろう。歴史は科学であり、
客観的でなければならないということで無味乾燥な歴史本を書く著者の意図は
何であろうか?

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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