名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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歴史(歴史書/歴史学)が他の科学と異なる点 −芸術としての歴史)(1)

2017/12/27

[注:これは,ラッセルが事前に執筆した原稿を,講演会で話すために使った
ので,オリジナル原稿では「書く」となっていたのを,講演では「話す」と変
えられているという事情があることに留意する必要があります。]

 私は,震えるような恐怖を感じながら,この講演(注:オリジナル原稿は
「エッセイ(小論)」となっているが,講演した時には修正している。以下同
様)の主題に近づいています。聴講者の中には,私の大変尊敬している専門的
歴史家がおられることを存じあげており,それらの人たちに,歴史家はどのよ
うに仕事をするべきかについて教えたいと願っているように思われることは,
全く望んでいません。

 私は生産者としてではなく,消費者としてお話します。商店においては,
「消費者は常に正しい」という格言があります。しかし学者は(その中に私自
身も含めたい)商店主よりずっと尊大です。消費者が(店主から)提供される
ものを好まないとしたら,それは彼(消費者/お客)が俗物(実利主義者)で
あり,彼自身何がよいのか知らないからです(と学者なら考えます)。

 ある程度まで私はこの態度に共感します。数学者は,決して一般読者を喜ば
そうとしてはいけません。自然科学の真面目な面は主に専門家に向けのもので
なければなりませんが,自然科学(physical sciences)のより冒険好きな実
務家(実践家)は,人をぞくぞくさせるような本を時々書きます。しかしそう
いった類いの本は,同僚の科学者からは,まともな仕事の一部とはみなされず
に,彼らの専門家としての評判を高めるよりはむしろ低くします。

 私はこの点で歴史(学)は数学や物理学とは異なった位置にあると考えます。
困ったことに,物理学者は存在しなければいけませんし,計算器(計算機)が
もっと安くなるまで,数学者も存在しなければならないですが,幸福にもそれ
が達成されれば(安くなって誰もが買えるようになれば),人に計算を教える
ことは意味をもたなくなるであろうし,九九の掛算表は時代おくれの教育用具
として(同じく時代遅れの)(カンパ材製の)鞭のわきにに置いておくことが
できます。

 しかし歴史(学)は,違ったカテゴリーに入るように私には思われます。掛
算表は役に立つが,ほとんど美的なものだとみなすことはできません。人間の
運命に関する本質的な知恵は,人間の運命についてのもっと困難な細目を想い
出すことによって発見できるということはめったにありません(注:精緻な計
算をしても発見不可能)。

 私は他方において,歴史(学)は詩の場合には一般に認められているように
,万人の精神的備品の望ましい部分(部品)であると(強く)主張します。歴
史(学)がこの機能を果たすことができるとしたら,それは,,専門的な歴史
家ではない人たちに訴えることによってのみその機能を果たすことができます
。私自身常に,歴史(書)を読むことに多大の興味をもってきましたし,生産
者ではなく消費者として,私は,歴史書の中に探し求めていたものを与えてく
れた歴史家たちに感謝しています。私が話したいと思うのはこの観点からです
。歴史家でない人が,歴史から学びとるべきことについて明らかにしたと望ん
でいます。また,これ(歴史家でない人が,歴史から学びとるべきこと)は,
非歴史家も意見をのべる権利をもっている主題であると,みなさんもお認めに
なるであろうと,私は思います。

I am approaching the subject of this lecture (essay) with considerable
 trepidation. I know that among my hearers (readers) there are 
professional historians whom I greatly respect, and I should not at 
all wish to seem desirous of instructing them as to how their work 
should be done. I shall speak (write) as a consumer, not a producer. 
In shops they have a maxim: "The customer is always right." But 
academic persons (among whom I should wish to include myself) are more
 lordly than shopkeepers: if the consumer does not like what he is 
offered, that is because he is a Philistine and because he does not
 know what is good for him. Up to a point I sympathize with this 
attitude. It would never do for a mathematician to try to please the 
general reader. The physical sciences in their serious aspects must be
 addressed primarily to specialists, though their more adventurous 
practitioners write occasional books designed to make your flesh 
creep. But such books are not regarded by their fellow scientists as
 part of their serious work, and detract from, rather than add to, 
their professional reputation. I think that in this respect history 
is in a position different from that of mathematics and physical 
science. There have to be physicists, worse luck, and there have to 
be mathematicians until calculating machines become cheaper, but when
 that happy consummation has been reached, there will be no point in
 teaching anybody to do sums, and the multiplication table can be 
placed alongside the birch as an out-of-date instrument of education.
 But history seems to me to be in a different category. 
The multiplication table, though useful, can hardly be called 
beautiful. It is seldom that essential wisdom in regard to human 
destiny is to be found by remembering even its more difficult items.
History, on the other hand, is so I shall contend a desirable part of
 everybody's mental furniture in the same kind of way as is generally
 recognized in the case of poetry. If history is to fulfill this 
function, it can only do so by appealing to those who are not 
professional historians. I have myself always found very great 
interest in the reading of history, and I have been grateful to 
those historians who gave me what I, as a consumer, though not a 
producer, was looking for in their books. It is from this point of 
view that I wish to speak (write). I wish to set forth what those who
are not historians ought to get from history. And this is a theme upon
 which you will, I think, admit that non-historians have a right to 
express an opinion. 
 出典:History as an art  (1954)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1057_HasA-010.HTM

 <寸言>
 ただ精確さだけにこだわり、歴史の流れが感じられない歴史書は退屈であり
、価値があまりない。歴史学者の歴史書があまり歓迎されず、作家による歴史
書を歓迎し、歴史の教訓を学ぶ人が多いのは、歴史書の役割をその作家がよく
理解しているからであろう。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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