名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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日常言語学派(オックスフォード学派)の言語説の誤謬

2017/11/17

 現在(注:1953年当時),英国で最も影響力を持っているる哲学の学派は,私
の同意できないような言語説(学説)を主張している。(注:言語分析のみが
哲学の課題であるとし,哲学の問題とされているものはほとんどが間違った言
語使用からきたものであるとする主張で当時の英国哲学を支配していた立場。
この立場は,日常言語学派あるいはオックスフォード学派と呼ばれており,代
表者はライル,オーステイン,ストローソンなど。)
 私はこの学派の学説(主張)を誤り伝えることを望まない。しかし,いかな
る学派のいかなる反対者(異議を唱える者)も,その学派を支持する者からは
,その学派の学説(主張)を誤り伝えていると考えられるであろう。その学説
は,私の理解しているところでは,通常の意味(日常語としての意味)で使わ
れる言葉を持った日常言語は,哲学にとって十分であり,専門語や日常語の意
味の変化は(哲学においても)必要ない,というものである。私自身は,この
見解をまったく受け容れることができない。
 私は,以下の理由によって,この学派(の主張)に反対する。

(1) それは(その学説は),不真面目だから。

(2) それは,古典的教養しかもたない者が数学,物理学,神経病学に関する(自
らの)無知の言い訳を可能にするものだから

(3) それは,その学説に反対することがあたかも民主主義に対する犯罪である
かのように(注:哲学にまったく知識がない一般市民でもわかる言葉を使わな
いのは非民主主義者であるかのごとく),お世辞たらたらの正直さを装った者
によって,発展されているから。

(4) それは,哲学をとるに足らないつまらないものにするから。

(5) それは,哲学者たちの間に,常識からとってきた間抜けさ(混乱した頭)を
ほとんど不可避的に永続化させるものだから。

The most influential school of philosophy in Britain at the present 
day maintains a certain linguistic doctrine to which I am unable to
 subscribe. I do not wish to misrepresent this school, but I suppose 
any opponent of any doctrine is thought to misrepresent it by those 
who hold it. The doctrine, as I understand it, consists in maintaining
 that the language of daily life, with words used in their ordinary 
meanings, suffices for philosophy, which has no need of technical 
terms or of changes in the signification of common terms. I find 
myself totally unable to accept this view. I object to it: 

(1) Because it is insincere; 

(2) Because it is capable of excusing ignorance of mathematics, 
physics, and neurology in those who have had only a classical 
education; 

(3) Because it is advanced by some in a tone of unctuous rectitude, 
as if opposition to it were a sin against democracy; 

(4) Because it makes philosophy trivial; 

(5) Because it makes almost inevitable the perpetuation among 
philosophers of the muddle-headedness they have taken over from 
common sense. 

 出典: The cult of "common usage" (1953).
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1002_CoCU-010.HTM

 <寸言>
 日常言語学派は哲学を教養ととらえる一般の人たちにとっては受け入れやす
い立場。「精確な」言葉遣いをしている哲学者や哲学に違和感を抱いている一
般人にとって受け入れやすい哲学観とも言える。しかし、哲学は単なる言葉遊
びや教養ではないとかんがえるラッセルのような哲学者には受け入れられない
哲学観であろう。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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