名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ジョウゼフ・コンラッドとの出会い

2017/09/09

 私は,1913年9月,我々の共通の友達であるオットリン・モレル夫人(1873-
1938:ラッセルの愛人として有名)によって,ジョウゼフ・コンラッド
(Joseph Conrad, 1857-1924, 英国の小説家。南ポーランドの出身で,船員生
活をへて英国に帰化。海洋小説で有名。)と知り合った。私は,長い間彼の著
書の熱烈な愛読者であったが,紹介がなければ,進んで知り合いになろうと試
みることはなかったであろう。私はケント州のアッシュフォードの近くにある
彼の家へ,幾分不安げな期待をもって,訪ねていった。(彼と会っての)第一
印象は驚くべきものであった。彼は英語をとても強い外国のアクセントで話し
,その物腰には海を暗示させるようなものはまったくなかった。彼はどこから
どこまで・貴族的なポーランド紳士であった。彼の海に対する,また英国に対
する感情は,ロマンチックな愛情−ー(即ち)ロマンを汚さないままにするの
に十分な,ある一定の距離を保った愛情であった。彼の海への愛は早くから始
まり,両親に船員として暮らしたいと言った時,両親は彼にオーストリア海軍
へ入ることを勧めたが,彼は冒険や熱帯の海や鬱蒼とした森(ジャングル)に
囲まれた不思議な河を望んだ。そうして,オーストリア海軍はそういった望み
をかなえるものをまったく提供しなかった。家族は彼が英国商人の商船隊に入
ろうとしているのを知ってぞっとしたが,彼の決意は揺るがなかった。彼は,
誰でも彼の著書から読みとれるように厳格なモラリストであり,政治的には革
命(注:1917年のロシア革命前夜であることに注意)に共感を抱いていなかっ
た。彼と私は多くの意見において決して一致することはなかったが,ごく根本
的なところで(注:人間観や価値観において)驚くほど一致していた。
 ジョウゼフ・コンラッドとの関係は,私のそれまで持ったいかなる関係とも
異なっていた。彼とはめったに合わず,長い年月にわたって会わなかった。仕
事(注:outwork 勤務による仕事ではなく,職場外=主として自宅での仕事の
こと)では,お互いほとんど関係なかったが,人生や人間の運命に関しては,
ある一定の見方を共有し,ごく始めの頃から強い絆ができた。我々が知りあっ
てからすぐに彼が書いてよこした手紙から一文を引用することを,恐らく,彼
は許してくれるであろう。(しかし)自慢話になってはいけないので(modesty
 forbids),私が彼について感じたことをとても精確にその一文は表現してい
るという事実(を示す)以外,引用してはならないと,私は感じる。彼が表現
し,私も同様に感じたことを彼の言葉で示せば,次のとおりである。

 「あなたが私ともう二度と会わず,私の存在を明日忘れようとも,変わるこ
となく死ぬまで[usque ad finem = (ラテン語で)最後まで/死ぬまで],私
(の心)はあなたとともにあることでしょう」。

I made the acquaintance of Joseph Conrad in September 1913, through 
our common friend Lady Ottoline Morrell. I had been for many years an 
admirer of his books, but should not have ventured to seek 
acquaintance without an introduction, I traveled down to his house 
near Ashford in Kent in a state of somewhat anxious expectation. 
My first impression was one of surprise. He spoke English with a very
 strong foreign accent, and nothing in his demeanor in any way s
uggested the sea. He was an aristocratic Polish gentleman to his 
finger tips. His feeling for the sea, and for England, was one of 
romantic love -- love from a certain distance, sufficient to leave the
 romance untarnished. His love for the sea began at a very early age.
When he told his parents that he wished for a career as a sailor, they
 urged him to go into the Austrian navy, but he wanted adventure and 
tropical seas and strange rivers surrounded by dark forests; and the 
Austrian navy offered him no scope for these desires. His family were
 horrified at his seeking a career in the English merchant marine, 
but his determination was inflexible. He was, as anyone may see from
 his books, a very rigid moralist and politically far from sympathetic
 with revolutionaries. He and I were in most of our opinions by no 
means in agreement, but in something very fundamental we were 
extraordinarily at one. 
My relation to Joseph Conrad was unlike any other that I have ever 
had. I saw him seldom, and not over a long period of years. In the 
outworks of our lives, we were almost strangers, but we shared a 
certain outlook on human life and human destiny, which, from the very
 first, made a bond of extreme strength. I may perhaps be pardoned for
 quoting a sentence from a letter that he wrote to me very soon after
 we had become acquainted. I should feel that modesty forbids the 
quotation except for the fact that it expresses so exactly what I felt
 about him. What he expressed and I equally felt was, in his words, 
"A deep admiring affection which, if you were never to see me again 
and forgot my existence tomorrow, would be unalterably yours usque ad
 finem"
 出典: Joseph Conrad, 1953.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1040_CONRAD-010.HTM

 <寸言>
 コンラッドの名著(小説なので,名作)に『闇の奥』がある。ラッセルが最
も気に入っている小説であるが、これは有名な映画「地獄の黙示録」の原作で
ある。舞台こそ、アフリカではなくベトナム(戦争)に移しているが、モチー
フは同じである。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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