名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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労働党を支持して贅沢に暮らす英国王の愛人(レディ・ウォーリック)

2017/09/06

 この後,第一次世界大戦が終るまで,彼(H. G. ウェルズ)とはあまり会わ
なかった。ドイツとの戦争に関する(彼の)以前の態度にもかかわらず,彼は
,1914年(注:第一次世界大戦勃発直前)にはとても好戦的になった。彼は"戦争
をやめるための戦争"についての標語を創案した。「プロシヤの軍国主義に反
対するこの戦争を熱烈に支持する!」(注:これが標語の一部と思われます。)
と,彼は言った。第一次世界大戦のごく初期の頃,ウェルズは、ブロシヤの全
軍事機構は,リエージュ(注:Liege ベルギー東部ワロン地域のリエージュ州
にある工業都市)の防御の前に無力になると述べたが,そのリエージュはその
1日後あるいは2日後に(ドイツによって)陥落した。シドニー・ウェッブは
,ドイツとの戦争についてはウェルズと同じ意見であったが,一つにはウェル
ズに対する道徳的な不承認のために,一つにはウェルズがウェッブからフェビ
アン協会の指導権を勝ち取るために綿密な運動をしたことによって,彼と親し
くするのをやめてしまっていた。ウェルズのウェッブ夫妻に対する敵意は(ウ
ェルズの)いくつかの小説に表現されており,決してやわらげらることはなか
った。

 第一次大戦終了後,私とウェルズの関係は,再び,より親密になった。私は
彼の『世界史概観』(Outline of History),特にその始めの部分,を賞賛し,
非常に多くの問題について彼の意見に同意した。彼は大量の資料をまとめる
(体系づける)計り知れない精力と能力をもっていた。そしてまた,きわめて
陽気で愉快な話し手であった。彼の物の見方は生き生きしており(His eyes 
were very bright),議論において,彼は対談相手に個人的な関心を持つより
も,主題(対談のテーマ)に非個人的な興味・関心を抱いているのが感じられ
た。私は週末によくエセックスの彼の家を訪ねたが,そこでは,日曜の午後に
は,彼は(彼の家に)集まった一行を連れて,隣人のレディ・ウォーリック
(注:F.E."Daisy" Greville, Countess of Warwick, 1861-1938: Albert 
Edward, Prince of Wales,後の エドワード七世の愛人)を訪ねるが常であっ
た。レディ・ウォーリックは,労働党の活発な支持者であり,彼女(所有)の
大庭園には,エドワード七世から与えられた巨大な緑の磁器製の蛙で囲まれた
人口池(注:lake といっても湖にあらず)があった。この彼女の個性の両面
(注:労働党の支持者であるとともに貴族的であること)に合わせて会話する
ことは,少し難しかった。

After this I did not see much of him until the First World War had 
ended. In spite of his previous attitude about war with Germany, he 
became exceedingly bellicose in 1914. He invented the phrase about 
"a war to end war." He said that he was "enthusiastic for this war 
against Prussian militarism." In the very first days, he stated that
 the whole Prussian military machine was paralyzed before the defenses
 of Liege which fell a day or two later. Sidney Webb, although he 
agreed with Wells about the war, had ceased to be on good terms with 
him, partly from moral disapproval, partly because Wells undertook an
 elaborate campaign to win from Webb the leadership of the Fabian 
Society. Wells's hostility to the Webbs was expressed in several 
novels, and was never appeased. 
After the end of the first war, my relations with Wells became again
 more friendly. I admired his Outline of History, especially its 
earlier parts, and found myself in agreement with his opinions on a 
great many subjects. He had immense energy and a capacity to organize
 great masses of material. He was also a very vivacious and amusing 
talker. His eyes were very bright, and in an argument one felt that he
 was taking an impersonal interest in the subject rather than a
personal interest in his interlocutor. I used to visit him at weekends
 at his house in Essex where, on Sunday afternoons, he would take his
 house party to visit his neighbor Lady Warwick. She was an active 
supporter of the Labor Party, and her park contained a lake surrounded
by huge green porcelain frogs given her by Edward VII. It was a little
 difficult to adapt one's conversation to both these aspects of her 
personality. 
 出典: H. G. Wells, 1953.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1037_WELLS-040.HTM

 <寸言>
 人間にはいろいろな側面があり、言行不一致がみられるのも珍しいことでは
ない,ということ。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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