名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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ショーの科学に対する軽蔑 − ショーの知的限界

2017/09/01

 ショーは,(他の)多くのウイットに富んだ人と同じく,ウィット(機知)
を知恵の適切(十分)な代用物と考えた。彼は,それがどんなに馬鹿げた考え
であっても,その考えに賛成しない人を愚か者に見せるほど,とても巧妙に擁
護することができた。私は,かつてサミュエル・バトラー(注:Samuel Butler
, 1835-1902:ユートピア小説 Erehon で有名。また,生涯に渡って進化論の批
判を続けた。因みに Erewhon は Nowhere のアナグラム)を讃える「エレホン
晩餐会」で彼に会い,驚いたことに,彼はその聖人(バトラー)が発したすべ
ての言葉を,さらには,オデュッセイア(注:Odyssey オデッセイ。ホメロス
作と伝えらているギリシア叙事詩)はある婦人が書いたものだというような,
冗談のつもりでのべた説さえも,絶対の真理(福音)として受け取っているの
を知った。ショーに対するバトラーの影響は,大部分の人が思っているよりも
はるかに大きい。ショーのダーウィンに対する反感は,バトラーに由来してお
り,そのことが後に彼をベルグソンの讃美者にしたのである。ダーウィンと闘
う言い訳としてバトラーが採用した見解が,ソビエト連邦において公式に強要
された正統主義(注:遺伝ではなく,環境因子が形質の変化を引き起こし,そ
の獲得形質が遺伝するというルイセンコ学説のこと。)の一部になったという
のは奇妙な事実である。
 ショーの科学に対する軽蔑は,弁護しがたいものであった。トルストイと同
じく,ショーは,自分が知らないいかなるものについてもその重要性を信じる
ことができなかった。また,生体解剖にはげしく反対した(注:人間に対するも
のではなく,医学の進歩に必要なマウスなどの生体解剖のこと)。私は,その
反対の理由は動物に対する同情ではなく,生体解剖が提供する科学的知識に対
する不信の念だと考える。彼の菜食主義もまた,博愛家的な動機によるもので
なく,むしろ『メトセラ』(ショー作の戯曲)の最後の幕で彼が十分な表現を行
なったような,彼の禁欲主義的衝動によるものと思われる。

Shaw, like many witty men, considered wit an adequate substitute for 
wisdom. He could defend any idea, however silly, so cleverly as to 
make those who did not accept it look like fools. 1 met him once at an
"Erewhon Dinner" in honor of Samuel Butler and I learned with surprise
 that he accepted as gospel every word uttered by that sage, and even
 theories that were only intended as jokes, as, for example, that the
 Odyssey was written by a woman. Butler's influence on Shaw was much 
greater than most people realized. It was from him that Shaw acquired
 his antipathy to Darwin, which afterward made him an admirer of 
Bergson. It is a curious fact that the views which Butler adopted, in
 order to have an excuse for quarreling with Darwin, became part of 
officially enforced orthodoxy in the U.S.S.R.
Shaw's contempt for science was indefensible. Like Tolstoy, he 
couldn't believe in the importance of anything he didn't know. He was
 passionate against vivisection. I think the reason was, not any 
sympathy for animals, but a disbelief in the scientific knowledge 
which vivisection is held to provide. His vegetarianism also, I think,
 was not due to humanitarian motives, but rather to his ascetic i
mpulses, to which he gave full expression in the last act of 
Methuselah. 
 出典: Bernard Shaw, 1953.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1036_GBS-060.HTM

 <寸言>
 ラッセルの言葉に「面白いだけで真実だと思ってしまう人が多い」というの
があるが,バーナード・ショーの言葉にも言えることであろう。彼の場合は、
聴衆だけでなく、本人までそう思ってしまう傾向があったようである。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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