名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
読者と一緒に育てていきたいと思っています.


全て表示する >

バーナード・ショーの奥さん

2017/08/30

 アデルフィ・テラス(注:18世紀後半に,ロンドンのストランド通り沿いに建
てられた建物)でショー夫妻とともにした昼食は,いくらか奇妙な体験であっ
た。ショー夫人は非常に(ショーの)有能なマネージャー(監督者)であり,シ
ョーにいつもおいしい野菜を提供し,(ショーの)客たちは皆,自分たちのよ
り伝統的なメニューを残念に思ったほどであった。しかし,ショーは自分のお
気に入りの逸話を,いくらか頻度が多目であるが,繰り返し話したい気持をお
さえることができなかった。絨毯地製の旅行かばん(carpetbag)に頭(首)
を突込んでからかばんを閉じて自殺した叔父さん(の話)に到ると,ショー夫
人の顔に何ともいえぬ退屈な様子がいつも現れ,もし誰かが彼女の隣の席に坐
っていれば,その人はショーのいうことをよく聴いていないように気を使わな
ければならなかった。けれども,このことは,夫人の彼に対する心使いを妨げ
るものではなかった。私は,若くて美しい女流詩人が,自分が創作した詩をシ
ョーに読んできかせることを期待して同席した昼食のことを覚えている。我々
が別れを告げると,ショーは彼女(女流詩人)がこの目的(自分の詩の朗読)
のために残っていると教えてくれた。それにもかかわらず,我々がお別れをし
た時,彼女が(入り口の)靴ぬぐいの上に立っているのを発見した。その時,
ショー夫人は私の見てはならないやり方で彼女をそこへうまく連れ出していた
のである。それからあまりたたないうちに,この同じ女性が,ショーが彼女の
愛を受け入れなかったために,ウェルズ(注:イングランド南西部サマセット
州にある都市)において,喉を切ったということを知り,私は前よりもいっそ
うショー夫人を尊敬するようになった。
 ショーに対する夫人らしい心使いはなかなか大変だった(楽な仕事ではなか
った)。彼ら(ショー夫妻)とウエッブ夫妻とがみな80歳に近づいたころ,彼
らはサウス・ダウンズの私のところへやってきた(注:ラッセル夫妻が当時住
んでいた兄の別荘 Beacon Hill School。1931年に兄が亡くなるとラッセルの
ものとなるが,財政上の問題でしばらくしてから売却した。)。私の家には上
からの眺めがとても素晴らしい塔があり,みんな階段をのぼった。ショーが先
頭に立ち,ショー夫人は最後にのぼったが,彼が階段を登っている間中,
「GBS(ジョージ・バーナード・ショーの頭文字),階段をのぼりながらしゃ
べっちゃいけません!」と彼女の叫ぶ声が下から聞こえてきた。だが彼女の助
言はまったく効果はなく,彼の警句(sentences)はまったくさまたげられる
ことなく,流れつづけた。

Lunching with Mr. and Mrs. Shaw in Adelphi Terrace was a somewhat 
curious experience. Mrs. Shaw was a very able manager and used to 
provide Shaw with such a delicious vegetarian meal that the guests all
 regretted their more conventional menu. But he could not resist a 
somewhat frequent repetition of his favorite anecdotes. Whenever he 
came to his uncle who committed suicide by putting his head in a 
carpetbag and then shutting it, a look of unutterable boredom used to
 appear on Mrs. Shaw's face, and if one were sitting next her one had 
to take care not to listen to Shaw. This, however, did not prevent her
 from solicitude for him. I remember a luncheon at which a young and 
lovely poetess was present in the hopes of reading her poems to Shaw. 
As we said good-by, Shaw informed us that she was staying behind for 
this purpose. Nevertheless, when we departed we found her on the mat, 
Mrs. Shaw having maneuvered her there by methods that I was not 
privileged to observe. When I learned, not long afterward, that this
 same lady had cut her throat at Wells because he refused to make love
 to her, I conceived an even higher respect than before for Mrs. Shaw. 
Wifely solicitude toward Shaw was no sinecure. When they and the Webbs
 were all nearing eighty, they came to see me at my house on the South
 Downs. The house had a tower from which there was a very fine view, 
and all of them climbed the stairs. Shaw was first and Mrs. Shaw last.
 All the time that he was climbing, her voice came up from below, 
calling out, "GBS, don't talk while you're going up the stairs!" But
 her advice was totally ineffective, and his sentences flowed on quite
 uninterruptedly. 
 出典: Bernard Shaw, 1953.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1036_GBS-030.HTM

 <寸言>

 次の逸話はとても有名。(ラッセルにもほとんど同じような逸話があった。)

 ある時、イサドラ・ダンカンはショーに結婚を申し込み、こう言った。

 「あなたの頭脳と私の肉体を持った子供が生まれたらどんなにすばらしい事
でしょう」

 しかしショーはこう答えて拒絶した。

 「私の肉体とあなたの頭脳を持った子供が生まれたら大変ですよ」

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。