名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
読者と一緒に育てていきたいと思っています.


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要するに,手短に言えば・・・

2017/08/26

 (執筆法に関する)単純な格言がいくつかある。それらは,おそらく,私の義
兄のローガン・ピアサル・スミスが私に提供したものほど単純ではないだろう
が,解説的な文章の執筆者には勧めることができると思われる。
 第一に,短い単語(短語)でよい場合に長い単語を決して使うな。
 第二に,非常に多くの限定(注:qualifications 「いろいろな意味内容」
あるいは,いろいろな修飾語付き,といったニュアンスか)を持つ一つの陳述
文を作りたい場合には,その限定のいくつかは別の文章にせよ。
 第三に,文章の始まりにおいて,文の終わりで矛盾である(ことがわかるよ
うな)期待を読者に持たせてはいけない。たとえば,社会学の著作において現
れそうな次のような文章をとってみよう。

 「多くの因子が標準からずれている個人を社会的に都合のよいやり方で生み
 出すように,実際の場合においてはわずかの比率しか満足されないようなあ
 る一定の先行諸条件が,生れつきにせよ,環境によるにせよ,好都合な事情
 (状況)のある種の幸運な集中を通して,偶然に結合した場合にのみ,人間は
 望ましくない行動様式を完全にまぬがれる。」

 この文章を(普通の)英語に直せるかどうか見てみよう。私は(私なら)次の
文を提案する。

 「全ての人,あるいは(ともかくも)ほとんど全ての人間は悪党である。
 そうでない人は生まれと養育の両方において,異常な幸運をもったに違い
 ない。」

 この文は前の文より短くて理解しやすいと同時にまったく同じこと(内容)を
言っている。しかし,私は,最初の文ではなく,二番目の文を使う大学教師は
お払い箱(首)になるのではないかと恐れる。
 これは,私の読者でたまたま大学教師かもしれない人への助言(の言葉)で
ある。私は,もしやろうと思えば,数理論理学を使うことができるのを皆さん
が知っているので,平易な英語を使うことが許されている。
 「亡くなった妻の妹(or姉)と結婚する者もいる。」という陳述(一文)を
例にしてみよう。私は,これについて何年も研究した後にやっとわかる言語で
表現することができ,このことが私に自由を与える。私は若い大学教師たちに
(は),彼らの最初の業績は,博学な少数の人にのみ理解される専門語を使っ
て書かれるべきだと提案したい(注:「誰にでもわかる言葉で書くと,論文を
審査する偉い先生に内容が薄いと低い評価をされてしまう」という皮肉)。こ
のことを背景にもって初めて,その後ずっと,彼ら大学教師(たち)は,「人
々(大衆)によって理解される」言葉で言わなければならないことを(全て)
言うことができるのである。今日,我々の人生そのものが大学教師たちの手に
委ねられており,彼らが私の助言をとり入れてくれたら,我々は彼らに対しま
さしく感謝あるのみであろう。

There are some simple maxims--not perhaps quite so simple as those 
which my brother-in-law Logan Pearsall Smith offered me--which I think
 might be commended to writers of expository prose. First: never use a
 long word if a short word will do. Second: if you want to make a 
statement with a great many qualifications, put some of the 
qualifications in separate sentences. Third: do not let the beginning
 of your sentence lead the reader to an expectation which is 
contradicted by the end. Take, say, such a sentence as the following, 
which might occur in a work on sociology:


 "Human beings are completely  exempt from undesirable behaviour-
patterns only when certain prerequisites, not satisfied except in
a small percentage of actual cases, have, through some fortuitous
concourse of favourable circumstances, whether congenital or 
environmental, chanced to combine in producing an individual in 
whom many factors deviate from the norm in a socially advantageous
 manner".

 Let us see if we can translate this sentence into English. I suggest
 the following: 

"All men are scoundrels, or at any rate almost all. The men who are 
not must have had unusual luck, both in their birth and in their 
upbringing." This is shorter and more intelligible, and says just 
the same thing. But I am afraid any professor who used the second 
sentence instead of the first would get the sack.

This suggests a word of advice to such of my hearers as may happen to
 be professors. I am allowed to use plain English because everybody 
knows that I could use mathematical logic if I chose. Take the 
statement: "Some people marry their deceased wives' sisters". I can
 express this in language which only becomes intelligible after years
 of study, and this gives me freedom. I suggest to young professors 
that their first work should be written in a jargon only to be 
understood by the erudite few. With that behind them, they can ever 
after say what they have to say in a language "understanded of the 
people". In these days, when our very lives are at the mercy of the
 professors, I cannot but think that they would deserve our gratitude
 if they adopted my advice.
 出典: How I write, 1951.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0951_HIW-040.HTM

 <寸言>
 条件をいろいろつけてあることを控え目に主張するよりも、断定的な言い方
をして、ただし〜の場合は除く、といった言い方のほうが理解しやすい。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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