名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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世間知らずの「上品な」人々

2017/08/12

 男性よりも女性のほうが「上品」であることはもちろんであるが,「上品」
な人々は,全て女性であると想定してはならない。聖職者(牧師たち)は別と
して,「上品」な人々は他にも多くいる。たとえば,大金持になり,今は実業
から引退し財産を慈善事業に使っている人々がいる。治安判事(注:治安を維
持するために任命書をもって選任される下級裁判官)もまた,(ほとんど皆,
「上品」な人々である。けれども,法と秩序の支持者たちがみな「上品」な人
々であるとは言えない。私が若かった頃,ある「上品」な婦人から,死刑反対
の論拠(理由)として (注:capital punishment 死刑),絞首刑執行人(注:
hangman)は「上品」な人間とは言えないという意見が出されたのを聞いたこと
を覚えている。私は個人的に絞首刑執行人をひとりも知っていないので,私は
この論拠を経験的にテストすることができないでいる。けれども,私は汽車
(train)の中で,その人が誰であるか(その人の職業)を知らずに絞首刑執行人
に会った婦人を知っている。寒い日であったので,膝掛けを(その男に)借し
てやろうとしたら,彼はこう言った。「ああ,奥様,私がどんな人間が知って
いたら,そのようなことはなさらないでしょう」。この言葉は,結局,彼は
「上品」であったことを示しているように思われる。だが,これは例外的なこ
とだったに違いない。ディケンズの(小説)『バーナピー・ラッジ(Barnaby 
Rudge)』のなかに出てくる絞首刑執行人は,まったく「上品」な男ではないが
,それが多分より典型的な絞首刑執行人であろう。

 しかし(注:名文家のラッセルにはめずらしく however が3つ続いている。
そこで,「けれども」「だが」「しかし」と訳に変化をつけてみた),絞首刑
執行人は「上品」ではなさそうというだけの理由で死刑を強く非難した,さき
ほどあげた「上品」な婦人に,我々は同意すべきだとは,私は思わない。「上
品」な人であるためには,現実との粗野な接触から保護されているという必要
があり(注:世間知らずである必要があるという皮肉),その保護をしている
人々は,彼らが保とうとするところの「上品」さを共有することを期待できな
い(注:たとえば,奥様は世間知らずで上品な趣味をお持ちだが,それを実現
するために,夫は金の亡者で下品な場合が少なくないなど)。例えば,大勢の
黒人労働者を輸送している大洋航海船が難波した場合を想像してみよう。一等
(室)の婦人の乗客が −多分みな上品な婦人たちであろうが− まず救助される
だろう。これを可能にするためには,(救命)ボートを黒人の労働者がどっと
押し寄せないように監督している男たちがいなければならない,そして,こう
いった人々は,「上品」なやりかたで成功するだろうことはありそうにない。
救助された婦人たちは,自分たちが救助されるや否や,溺死した哀れな黒人た
ちに対して,かわいそうに思い始めるであろうが,彼女たちの優しい心は,彼
女たちを守った荒々しい男たちのおかげで可能となったのである。

It must not be supposed that all nice people are women, though, of 
course, it is much commoner for a woman to be nice than for a man. 
Apart from ministers of religion, there are many other nice men. For 
example: those who have made large fortunes and have now retired from
 business to spend their fortunes on charity; magistrates are also 
almost invariably nice men. It cannot, however, be said that all s
upporters of law and order are nice men. When I was young, I remember
 hearing it advanced by a nice woman, as an argument against capital
 punishment, that the hangman could hardly be a nice man. I have never
 known any hangmen personally, so I have not been able to test this
 argument empirically. I knew a lady, however, who met the hangman in
 the train without knowing who he was, and when she offered him a rug,
 the weather being cold, he said, "Ah, Madam, you wouldn't do that if
 you knew who I am," which seems to show that he was a nice man after
 all. This, however, must have been exceptional. The hangman in 
Dickens' Barnaby Rudge, who is emphatically not a nice man, is 
probably more typical.
I do not think, however, that we ought to agree with the nice woman 
I quoted a moment ago in condemming capital punishment merely because
 the hangman is not likely to be nice. To be a nice person, it is 
necessary to be protected from crude contact with reality, and those
 who do the protecting cannot be expected to share the niceness that
 they preserve. Imagine, for example, a wreck on a liner which is 
transporting a number of colored laborers; the first-class female 
passengers, all of whom are presumably nice women, will be saved 
first; but in order that this may happen, there must be men who keep
 the colored laborers from swamping the boat, and it is unlikely that
 these men will be able to succeed by nice methods. The women who 
have been saved, as soon as they are safe, will begin to feel sorry
 for the poor laborers who were drowned, but their tender hearts are
 rendered possible only by the rough men who defended them.
 出典:Nice People, 1930 (pub. in 1931)
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0464NP-030.HTM

 <寸言>
 自分が世間知らずで上品な趣味を持つために夫が下品なやり方で金を得たり
,権力を振るったりしていたことに気づかせられる事態が世間に明るみにでる
やいなや,セレブ気取りでいた奥様や娘さんは,夫や親の不祥事によって,天
国から地獄へと追いやられる。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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