名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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人間の恐怖心や嫌悪心を利用する教会

2017/08/08

 教会(キリスト教)において行なわれている恐怖心と嫌悪心の利用に対する
,第二の,そして最も根本的な異議(反対)は,これらの感情は,いまや,教
育的,経済的,及び,政治的改革によって,人間性から,ほとんど全て排除す
ることができるということである。教育改革がその基礎(注:人間性からの排
除の基礎)でなければならない。なぜなら,憎悪心や恐怖心を感じる人は, 
− 普通のキリスト教徒においてはそうであるように,多分無意識であるだろ
うが− (同時に)これらの感情を賞賛したり,永続化させたりもするだろう
からである。恐怖心を排除しようと意図した教育を創りだすことは,決して困
難なことではない(注:うっかりしたためか,大竹勝・訳『(ラッセル)宗教は
必要か』にはこの一文が訳出されていない)。必要なことはただ,子供を親切
に取り扱い,悲惨な結果をもたらさないで自主性を発揮することができる環境
に子供をおき,暗闇であろうと,鼠(二十日鼠)であろうと,社会革命であろ
うと,そういったものに不合理な恐怖心を持っている大人に接触させないこと
である。子供に厳しい罰や,脅かしや,重々しくかつ過度な叱責にさらしては
ならない(を与えてはならない)。子供を,憎悪(心)から救うためにはもっ
と手がこんだ処置が必要である。嫉妬を生じさせるような状況は,多様な子供
たちの間における細心かつ厳格な公平さによって,ごく注意深く避けなければ
ならない。子供は,彼に関係のある大人の少なくとも何人かの深い愛情の対象
であるということを自覚する(できる)ようでなければならず,また,生命や
健康に関係する場合を除いて,子供の自然な活動と好奇心とは,妨害されては
ならない。特に,性に関する知識や因襲的な人々が不適切だと考えるような事
柄についての会話においてタブー(禁忌)があってはならない。これらの簡単
な教え(教訓)が,最初から守られているならば,子供は恐怖心がなく,友好
的(な人間)になるであろう。

The second and more fundamental objection to the utilization of fear 
and hatred practised by the church is that these emotions can now be 
almost wholly eliminated from human nature by educational, economic, 
and political reforms. The educational reforms must be the basis, 
since men who feel hatred and fear will also admire these emotions and
 wish to perpetuate them, although this admiration and wish will 
probably be unconscious, as it is in the ordinary Christian. 
An education designed to eliminate fear is by no means difficult to 
create. It is only necessary to treat a child with kindness, to put
 him in an environment where initiative is possible without disastrous
 results, and to save him from contact with adults who have irrational
 terrors, whether of the dark, of mice, or of social revolution. 
A child must also not be subject to severe punishment, or to threats, 
or to grave and excessive reproof. To save a child from hatred is a 
somewhat more elaborate business. Situations arousing jealousy must be
 very carefully avoided by means of scrupulous and exact justice as 
between different children. A child must feel himself the object of 
warm affection on the part of some at least of the adults with whom 
he has to do, and he must not be thwarted in his natural activities 
and curiosities except when danger to life or health is concerned. 
In particular, there must be no taboo on sex knowledge, or on 
conversation about matters which conventional people consider 
improper. If these simple precepts are observed from the start, 
the child will be fearless and friendly.
 出典:Has Religion Made Useful Contributions to Civilization? 1930
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0466HRMUC-200.HTM

 <寸言>
 教会(宗教家)も政党(政治家)も人間(国民)の恐怖心や嫌悪心を利用す
ることが少なくない。現代政治においては政教分離が原則となっているが,人
間の恐怖心や嫌悪心を利用(悪用)することにおいては,案外,政党(たとえ
ば公明党)と宗教団体(創価学会)とは親和性があるのかも知れない。
 そうでなければ、野党の時と与党の時とでは、(公明党と創価学会のように)
推進する政策が180度異なっても平気ということはないだろう。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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